第6話
伽羅が西の塔の警備兵を増やす指示をしているころ、虹音はテーブルの前で、伽羅の来訪を今か今かと待ちわびていた。
「虹音様、伽羅様より少し遅れると」
霧雨からの伝言に、虹音は頬を膨らませる。ほほえましい姿に、霧雨はホットチョコレートを提供することで慰める。
「今日は……誰がいなくなったの?」
「本日は誰もいなくなっていませんよ。私見ですが、今の方々は最後までいらっしゃるでしょう」
「最後まで!?僕以外にも最後まで残る方がいるの!?」
ちぇっと残念そうに口を窄ませ、虹音は地面を蹴る。
「今までも最後まで残る方はいらっしゃったのですよ?ですが王配になられる方に巡り合うことはありませんでした」
「――?おーはいって何?」
「王配とは、伽羅様の旦那様になられる方のことです」
「旦那様?霊獣族は寿命が長いんだよね?伽羅の旦那様は何人目?」
「ああ、齧歯族は一夫多妻制でしたね。霊獣族は一夫一妻制。つまり夫はひとり、妻はひとりです」
「そうなの?知らなかった。お見合いって本当に、旦那様選びをしているんだね?でも、なんで何度もお見合いをするの?」
「お気に召す方がいらっしゃらないからですよ。伽羅様のお眼鏡にかなう方がいないのです」
「そうなんだ。分かった!じゃあ、旦那様に選ばれないと、殺されるんだね?」
「は?殺す?何を――――――」物騒な、と続けようとしたところで、扉がノックされた。
ソファから飛び降り、勢いよく走りだす虹音は、元気よく扉を開ける。
「伽羅ちゃん!」
「待たせて悪かったな、虹音」
ひょいっと虹音を抱き上げて、伽羅は部屋に入っていく。
いつの間にか伽羅が抱き上げることが当たり前になっている。伽羅ちゃんと呼ぶのもそうだ。産まれた時から王であった伽羅を、ちゃん付けしたものはいない。虹音だけがそう呼ぶ。伽羅もそれが嬉しいと言う。
「ねぇ、伽羅ちゃん、今日は誰もいなくならないって聞いたよ?本当?」
「そうだな。残った奴らはしつこいな」
「伽羅ちゃんは僕に最後までいて欲しいって言ってたよね?僕もしつこいの?」
「虹音にはいつまでもいて欲しいと思っているぞ?定められている謁見回数は10回だが、虹音が望むならその先も霊獣国に残って欲しい」
「伽羅ちゃんが望むなら良いよ」
「本当か?ここに残ってくれるのか?」
「うん、良いよ。僕は、にいに達の子供に生まれ変わる予定だから、身体は伽羅ちゃんにあげるね」
虹音の言葉の意味が分からず、伽羅は目を大きく見開く。
だがすぐに理解する。
齧歯族の寿命は長くて50年。1000年生きる伽羅からすれば瞬きするほどの時間だ。
そのことを虹音は理解しているので、そのような発言をするのだろうと。
「虹音は齧歯国に帰らなくても良いのか?」
「僕は伽羅ちゃんの近くにいたい。ずっと」
ぎゅっと抱き着く虹音の体は小さく、傍から見れば親子の抱擁のようだ。
伽羅が虹音の背を撫でると、ふふっと笑う。
「あと4回か。ねぇ、伽羅ちゃん、僕は最後に殺してね?」
「は?」
「綺麗に殺してね。そしたらはく製にできるでしょ?」
「え?」
「だって僕はかわいいから。かわいい姿のまま、できるだけ長く飾って欲しいの」
「まて、何を言って……」
「だめなの?じゃあ、伽羅ちゃんが飽きるまでで良いよ。飽きたら捨てて」
「捨てる?いや、待て、なぜはく製に……そもそもなぜ、私が虹音を殺さなきゃいけないんだ!?」
「だって僕を旦那様に選ばないでしょ?」
「それとこれとなんの関係があるんだ!?殺すわけないだろ!」
「えーーー!!殺さないの!?なんで??」
「なんでって――いや、そもそも、待て、誰か虹音の言う事を通訳してくれ!霧雨!日向!!」
伽羅は混乱しているが、そばに控えていた日向も混乱している。
霧雨は先ほど頭に沸いた疑問を聞くときだと、虹音に近づく。
「虹音様、先ほども仰っていましたね?旦那様に選ばれない順に殺していくと……あなた様はお国からなんと言われてここにおいでなのですか?」
「え?パパンとにいにが、霊獣国王が20年ごとお見合いをするのは、他国の王子を殺すためだって。霊獣族は世界の破滅を好むから、それをなだめるために各部族は生贄を差し出すって言ってたよ」
「そんなわけないだろ!!」
「そうなの?じゃあ、なんで僕の前の人たちは死んじゃったの?」
「それは、不幸な事故というか…………」
「日向の言う通りだ。これまでのことは我々の過失だ。ちゃんと謝罪文も送っている。謝罪金も用意したが、必要ないと言われ、いやそれはいい。それより60年前、ちゃんと見合いの詳細な内容を、手紙で送ったはずだ!それを現王は見ていないのか?」
「60年前?えっとおじいちゃんの、おじいちゃんが王様だったころ?そんなの誰も知らないよ。見てないもの」
「祖父の祖父……4代前…………か?」
「4代前となると、文献も残っているか怪しいですね……寿命の違いがあだに……」
はぁっとため息を付く霊獣族3人を、虹音はきょとんとした顔で見ている。
(僕、死なないみたい)
少し、ではなくかなり嬉しい気持ちが胸にあふれてくる。
死ぬことを恐れたことはない。今だって死ねと言われたら、死ぬだろう。
虹音は伽羅の顔を改めてのぞき込む。
でも、伽羅と離れるのだけは嫌だ。死体だけでも側において欲しいと思っている。
生まれ変わっても記憶は引き継げないのだから。この素晴らしい人を忘れてしまうのだから。
「なんだ?私の顔になにかついているのか?」
「伽羅ちゃん、大好き!」
虹音がググっと抱き付くと、伽羅は頭をポンポンと叩く。
「いや、意味が分からないが……どちらにしろ、私は誰も殺さない。20年ごと見合いをするのは、部族以外から夫を探すためだ。私の番は霊獣族にはいないようなのでな」
「つがいってなに?」
「始祖神より定められた運命の相手だ。他部族の王子を20年ごと呼びよせているのは、私の相手がいるかもしれないからだ。まぁ、今のところいないが…………」
「運命の相手?それって僕じゃダメなの?」
「悪いな、虹音……お前のことは大好きだが、何かが違うらしい。どうだ?それでも私の側にいていくれるか?」
「僕は伽羅ちゃんから離れたくないから、ずっといる!」
「そうか…………」
なんとか誤解が解けたようだ。霊獣族の3人はほっと息をおろす。
伽羅がソファにかけると、いつになく虹音がしがみついて離れない。
「虹音?これでは大好きなお菓子が食べられないぞ?今日も城の料理長がとっておきなものを作ってくれたんだ」
「…………お菓子より、伽羅ちゃんが好き。伽羅ちゃんと離れたくないの!」
「まったく、子供の様だな」
幼子の様な虹音が、死を覚悟して霊獣国に来ていたのかと思うと、伽羅の心はズキズキと痛む。
「はぁ、齧歯族の誤解を解かないといけませんね」
日向がため息混じりに頭を掻くと、霧雨は安堵のため息を付いた。
伽羅は虹音の後ろ頭を撫でながら、その幸せをいつまでも、かみしめていた。