第5話
伽羅のお見合いは続いている。
だが日に日に数は減っている。
兎形国の王子は、恐怖が最大値になったようで、2度目の邂逅で気絶し、そのまま帰ることになった。
3回目の邂逅ですり寄ってきた有鱗族の王子は、伽羅の手を取ろうとしたので、伽羅は無意識に威圧を発した。恐怖から気絶した有鱗族の王子は、当日逃げるように帰った。
牛族と羊族は4度目で帰宅した。理由は地に足が付かないのが不安だからという。それでは意味がないと伽羅を始めとした霊獣族は納得した。
鳥綱属の王子は伽羅と仲良くなり、片思いの相手がいる事を打ち明けた。「だったらさっさと告白しろ!」と伽羅に後押しされ、5回目の邂逅で帰った。
ネコ族と犬族の王子はまだいる。常にいがみ合っている彼らは、どちらかが帰るまで、帰る気はないのだろう。そこに伽羅への思慕は見えない。伽羅も部屋に行っても挨拶をするだけだ。
ちなみに馬族は一日目に帰った。自分より強い女は好きではないと言って。
そして伽羅は今、霊長族の王子の部屋を辞し、偶蹄族の王子の元へと向かっている。
「霊長族の王子は、あなたにご執心ですね」
日向がため息交じりに皮肉を言うのは訳がある。
霊長族の王子、神羅は眉目秀麗ではある。だがその頭は霊獣国の王配になることに支配されている。
自分が霊獣国の王配になれたら、ああするこうするとプレゼンしているが、こんな愚かで弱い王配に誰も仕えないと日向はため息を付く。
だが強さに関しては、今の時点の話だ。伽羅の夫となり王配となったものは、伽羅と同等もしくは以下の力を得ることができる。それを知っているから霊長族の王子は、居丈高に話をするのだろう。
「イラつくばかりで、殴らないように抑えるのが精いっぱいだ。早く帰って欲しい」
うんざりした様子の伽羅は、その長い髪をぐっとかき分ける。
伽羅だって、神羅の相手をするのは限界なのだ。だが威圧を放っても、苦虫を嚙み潰したような表情をしても、神羅に帰る様子は見えない。
「その霊力制御装置を外せば、もう少し威圧も強くなりますが……」
「いやだ!そうすると虹音に会えないではないか!!」
伽羅の虹音への気に入りようは異常なほどで、6回目の邂逅の予定を早めるために、いつもは渋るデスクワークを早めに終えるほどだ。
「確かに虹音様は癒しの存在ですが……」
「ああ、かわいくて仕方がないんだ。私も早く虹音のような子供が欲しいのに――くっ、誰にも触手が動かん!このままではまた20年後に見合いだ」
「欲求不満が続くと言うわけですか。ちなみにお気に入りの虹音様にそういった欲求は動かないので?」
「お前!あんな清らかで、純粋で、無垢な存在に――欲情などできるわけないではないか!?お前はけだものか!!」
「ふむ――ではやはり違うのでしょうね」
日向を始めとした側近たちは、伽羅の虹音への執着に、これはもしや?と疑いの念をもって見ている。
だがこの様子だと違うらしい。
「各部族それぞれ違いはあれど、ある一定の年齢を迎えると成熟し、発情期を迎え成人します。虹音様の齧歯族の成人年齢は13歳。虹音様に伺ったところ、現在は14歳という事なので間違いなく成人しています。となると、やはり虹音様は伽羅様の番ではないのでしょう」
「14――種族の寿命の違いは知っていたが、なんとも儚い生き物だ。彼が産まれたとき、私はもう成人していて、伴侶探しに躍起になっていたのだから」
「そこは獣だった時の寿命と、始祖神の力によりますからね。齧歯族の始祖神は序列も最下位ですから」
「そうだな……」
それ以上は言えず、伽羅は口を閉じる。
次の見合いは20年後。その時に虹音が生きているのだろうかと考え始めると、胸が張り裂けそうだ。
「さて、気を取り直してください。偶蹄国王子、夏樹様のお部屋が近づいてきました。夏樹様はお嫌いではないのですね?」
「ああ、嫌いではないが……夏樹殿も私のことをなんとも思っていないと思うぞ?そもそもなんで残っているのか、皆目見当もつかん」
「まぁ、そこは良いでしょう」とおざなりな返事をして、日向はノックをする。すると扉の先から落ち着いた低い声が聞こえた。
◇
「夏樹殿……いかがお過ごしかな?」
毎度同じ言葉をかける伽羅に、偶蹄国王子夏樹は鋭い視線を送る。
偶蹄国の王子、夏樹はがっしりした体形をしている。髪は黒く短い。虹音の髪とは正反対のごわごわした髪だな、と伽羅はいつも思っている。
だがその立ち振る舞いは洗練されていて、王子だと一目見れば分かる。
「快適に過ごしております。伽羅王にはお気遣いいただき、ありがとうございます」
夏樹の太い声からでる返事も、定例文の様だ。
この後は、対面ソファにかけ、紅茶を飲みながら適当な話をするのがいつもの流れだ。
今日は何を話そうか……ネタ切れ気味な伽羅は頭をフル回転させる。そもそも伽羅は会話が苦手だ。王となる身なのでそれなりに教育は受けたが、やはりそこは不得意分野もある。
虹音とは何も考えずに会話ができるのに……などと現実逃避をしていると、珍しく夏樹から会話が降られた。
「今回は齧歯族の王子がご存命ですね?」
「え?ああ、今までのことを言うのなら、それは霊獣族の無策が招いた犯罪だと思っている。今回こそはその様なことがないよう、細心の注意を計るつもりだ」
「我々と離れた西の塔に案内し、更に強靭な防護結界を敷いていますね?遠くから拝見しましたが、実に見事です。蟻の子一匹入れない様子に、実はもうお亡くなりになっていて、隠蔽しているのかと疑ってしまいました」
「まさか――そのようなこと!」
「ええ、窓から小さな姿がぴょっこっと出ていましたので、私の杞憂に終わったようです。疑ってしまい申し訳なく……」
「いや、それは……我々の不徳の致すところだ。だが……」
続けようとした言葉を伽羅は飲み込む。
前回もその前も偶蹄族の王子は一日目に帰っていた。とりあえず義理は果たしたと言うように。
今回もそうなるだろうと思っていたが、夏樹はまだここにいる。
そして齧歯族の王子に気を配っているとなると、伽羅の胸がざわめく。
「ああ、ご安心ください。齧歯族の王子を傷つける気は毛頭ございません。ただ個人的に頼まれていましてね」
「ぶしつけな質問だが、誰に何を頼まれていると?」
「ある人物に……齧歯族の王子の安全の確保を頼まれていまして……これ以上は聞かないでいただきたく」
伽羅はソファに深く座り直し、軽く威圧を放つ。それを受けた夏樹は、涼しい顔をして笑って見せる。
どうあっても話す気はないようだ。
「なぜ、今その話を?齧歯族の王子の安全は確保されたから、帰るとでも?」
「そう言えたら良かったのですが……伽羅王、あなたは虹音王子の部屋に一番長くいるのを、ご理解されていますか?」
「………………」居心地の良さに、何時間も居座ることもある。それどころか、予定日以外に会いに行きたい衝動を抑えることも必死だと言えず、伽羅は夏樹を睨みつける。
無言を肯定を受け取った夏樹は、本題を切り出すために、息を大きく吸う。
「私が分かっていることは、他も分かっていると言う事。そしてあなたの無意識の行動が、虹音王子を危険にさらす可能性があります。あの塔に入ることは不可能に近い。だが入ってしまえば問題ない。霊獣族の力を奪う結界がはっているため、他部族が襲撃した場合、霊獣族では虹音王子を守ることは出来ないでしょう。伽羅王が彼を想うなら、あの部屋から出すべきです」
「そんなことをしたら、虹音が死んでしまう」
「虹音王子を今までの霊獣族と同じに思わないほうが良い。彼をよく知る人物がそう言っていました」
「それは誰だ!?齧歯族でもない人物がなぜ、それを言う!?」
「――――――」
ぐっと押し黙る夏樹に一瞥をくれ、伽羅は立ち上がった。
「西の塔に兵士を多く配置する」
「感謝いたします……」
夏樹の返事を聞き、伽羅は足早に部屋を出る。
一刻も早く、愛おしい彼に会いたいと願いながら。