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第3話

「うわぁぁ、すごーい!!」

パタパタと足音を立て、次に天井を見上げた、虹音(こうと)はくるくると回る。

齧歯族の王族として生まれた虹音(こうと)は、王城に住まう。当たり前のことだ。

だが、世界で最上位の霊獣族の王城は、自分たちの城と何もかもが違った。


そもそも空に浮く城だ。太陽は大きく、空も近い。

城は巨大で、齧歯族の城が何個も入りそうだ。

城から見える城下町は、美しく、活気に満ちている。


「ひゅうがっちょ!すごいね!おっきい!高い!天井が!!すっごい!!廊下が広い!踊れる!!」


霊獣国の王城にたどり着いた虹音(こうと)は細心の注意を払われながら、西の塔へと迎えられた。

王城は都市の中心地にあり、中庭を取り囲むような造りとなっている。

中庭の西側に高い塔があり、虹音(こうと)は直接そこに降り立った。

齧歯族の弱さを知っている日向は、共に迎えに行った騎士たちを下げ、自身と侍従ひとりのみとなったところで、琥珀を駕籠から降ろした。


「先の方より……随分と幼く見えますが――?」

今後、虹音(こうと)の担当となる侍従、霧雨が目を細める。


「私にもそう見えるが、『齧歯族屈指の美少年』だと言っていたので、今回は成人して間もない見合い相手を寄越したのかもしれない」

「美少年?確かに可愛らしいお姿ですが……霊獣国王の見合い相手ですよ?霊力が強い相手をと、連絡済みのはずです」

「そこまで気を回している余裕はない。今回こそ死なせないようにしないと……」

「そうですね。私も細心の注意をし、お仕えいたします。ところで『ひゅうがっちょ』とは?」

「………………」

日向は無言を貫く。指輪を渡したお礼に妙なあだ名をつけられたとは言い辛い。

それが嬉しかったとはもっと言い辛い。


「私は伽羅様の元へ行く。後のことは、くれぐれも頼んだぞ?」

霧雨が視線を落とすことで了承の意を伝えると、日向は姿を消した。

それに気づいた虹音(こうと)は口を膨らませる。

(ちぇ、もっとお話ししたかったのに……)と。



◇◇



虹音(こうと)に与えられた西の塔を下り、中庭を通り、南へと日向は向かう。当然のように建物に入り、廊下を進むと、警備の騎士が守る荘厳な扉にたどり着いた。扉の前で名を告げると、気だるげに応じる声が聞こえた。


「ただいま、戻りました」

扉を閉めたと同時に深く礼をすると、執務机に座る女性が顔を上げた。


「……無事だったようだな?」

「はい、西の塔の廊下を闊歩される様子を確認いたしました。我らの霊力を遮断する結界、齧歯国王子の身を守る指輪、ともに問題なく作動してるかと……」

「そうか、そこまでは前回と同じか……」

「そうですね。前の方は伽羅様と対面された直後に、お亡くなりに……」

「あの嘆きにも似た悲鳴を思い出すと……いまだに心が痛む」

「………………いや!伽羅様は彼らの悲鳴を1回しか聞いてないじゃないですか?!私は前々回の方が王城に入ったと同時に、発せられた悲鳴も覚えいていますし、更にその前の方の時は霊獣国に入ったと同時に悲鳴を上げて――ああ、事前情報で分かっていたとはいえ、あそこまで弱いとは――もっと対策を練るべきだったと、未だに後悔の念に堪えません」

「わ――悪かった。だから齧歯族は見合い候補から除外しようと……何度も言っているじゃないか!」

「そういうわけにはまいりません。伽羅様の(つがい)が霊獣族から見つからない今、他部族に声を掛けるしか手段はありません。これも世界平和の為、一刻も早く見つけることが優先されますので、ご了承ください」

深いため息を返事とし、伽羅は手に持つペンを置いた。


「どうして私だけ(つがい)が、霊獣族ではないんだ……。父も祖父も、その前もずっと霊獣族だったのに」

「学者が言うには、血が濃すぎるが故に本能で他部族の遺伝子を求めるのだろうと。現に私の祖母は奇蹄族です。霊獣族も多部族との混血が多い中、王族のみが純血を守っていましたから」

「その結果が私か……」

子沢山な齧歯族と違い、長寿な霊獣族の夫婦に子供が生まれることは稀だ。伽羅は霊獣国王夫妻の唯一の子供だが、たったひとりの王族でもある。


「その類まれなる霊力は確かに純血の証でしょう。ほら、感情を抑制してください、霊力が漏れ始めていますよ?」

「――――ぐっ」

容赦ない日向の言葉に伽羅は、不満をあらわにする。

近衛騎士隊長の日向は、伽羅と幼馴染のため遠慮がない。また暴走する伽羅を止めることができる、頼もしい存在のひとりでもある。


「それだけ霊力が溢れていると、前回の二の舞です。ほら、早く抑えてください」

「抑えろと簡単に言うが――――抑えられるか!発情期だぞ!!!」

ごうっと嵐のような霊力が伽羅の身体より迸る。と同時に部屋が見る間にピシピシと凍り付き、天井の明かりが音を立てて儚く崩れ、凍り付く窓が哀れな悲鳴を上げる。


「妙齢の女性が――大声で発情期などと――」

ため息を付きながらも、展開した結界で部屋を守る日向は、扉の外にいる騎士たちの気配を探る。

おそらく気絶したのだろう。守るのが少し遅れたと、反省しつつも、鍛錬が足りないと、呆れもする。


「お前はいいよな!?成人したと同時に(つがい)に会えたのだから!いや、ほとんどの霊獣族が成人と同時に伴侶を迎えると言うのに!なんで私だけが!こんな!!こんな――――」

「あなたの欲求不満を私にぶつけないでください」

「は――恥ずかしい台詞を吐くな!これだから妻帯者は!!!」

熟れたトマトの様に赤くなる伽羅に、同情の視線を送り、日向は結界を解く。伽羅も少しは落ち着いたようだ。


巨大な力を持つ霊獣族は破壊衝動が強い。この世界をうっかりすれば滅ぼしてしまう彼らに、始祖神は(つがい)という絶対的な伴侶を与えた。

愛する人がいるこの世界を、滅ぼしたいとは思わないでしょ?という始祖神の自身の経験を踏まえた結果だ。


そもそも始祖神はこの世界を崩壊させんと、暴れまわっていた龍だった。その龍を創造心が止めたことで、平和が成り立った。更に創造神と竜はなぜか互いが惚れこみ、婚姻した。伴侶とした龍を創造神は始祖神に格上げし、ついでに一部の部族の霊格もあげたというのが、この世界の真実だ。


この結果、霊獣族は成人したと同時に(つがい)を得て、結ばれる。

それが同種族であっても、他種族であっても、結婚と同時に寿命を分け与え、同じ時に死ぬと言う徹底した契約を結ぶ。

他種族からしたら異常な執着愛だが、それを受け入れる相手ではないと結ばれないと言うから、驚きだ。

霊獣族の始祖神の、創造神に対する深い愛が窺い知れる。


「しかし年々抑えが効かなくなっていますね。これでは虹音(こうと)様も危ういかと……」

「こうと?」

「ええ、今代の齧歯族の王子です。そうだ、齧歯国王より手紙を頂いておりました」

差し出された手紙を受け取ると、伽羅は封を開け、さっと目を通し、日向へと返した。


「齧歯族屈指のかわいさだから、多少のことはお目こぼしくれと……」

「それは虹音(こうと)様を見送りに来た王子も仰っていました。くれぐれもお目こぼしくださいと」

「それはつまり……今回こそは無事に帰してくれ、ということだな?」

「そうでしょうね。前回の方も、その前の方の時も、丁寧に埋葬してお返ししました。私は詰られるのを承知で赴きましたが、なぜか感謝の言葉をいただきました。しかも謝罪金は辞退され、弱い我らが悪いのだからと仰っていましたが、心の内では違ったのでしょう」

「当たり前だ。人がひとり死んでいるんだぞ?仕方がないと言っている場合じゃない!く――だが、私の霊力は伴侶がいない分上がっていく一方だ。精神状態も酷い!こうなったら――おい、学者が用意した例の霊力制御装置を用意しろ!」

「確かにあれを装着すれば、伽羅様の霊力を限りなく抑えることができますが、その分、(つがい)探しが難航するのでは?」

「殺すよりましだ!それに霊力は抑えられても発情期は抑えられない」

「――――つまり、押し倒したい衝動にかられた相手が(つがい)というわけですか?――あなたは獣ですか?」

「お――お前!私は王だぞ!その私に向かって、なんてこと言うんだ!」

「違うんですか?」

「ぐッ――ち――違わないが――――」

「それはともかくとして、最近は霊長族の台頭も目立ちます。危険では?」

「ん?ああ、自分たちの元々の姿が、創造神に似ていたから選ばれた種族とか言ってるやつか……ほっとけ。霊力が0になってもあいつらから傷ひとつ受けんぞ」

「そうですね――ではその手はずを整えます」


すっと、近衛騎士らしい礼をし、日向は踵を返す。

この見合いで友人の(つがい)が見つかることを祈りながら。

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