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第2話

霊獣国は、雲の上に都市を築く選ばれし一族だ。

大地に根付く殆どの部族が、その国を訪れることはできず、空を飛行できる鳥綱属ですら、入国できないのだから驚きだ。


故に見合い相手の虹音(こうと)には、霊獣族から迎えが来た。

これはどの部族でも同じ扱いだ。


だが齧歯族だけが特別に、国より遠く離れた砂漠地帯で対面することとなった。

霊獣族の平民ですら、齧歯族の王族を軽く越えるほどの霊力があるのだ。齧歯国の近くに降り立つと、国民の多くに被害が出ることが想定されるので、当たり前の措置だろう。


迎えに来た霊獣族は、か弱い齧歯族の為に何重にも渡って霊力を減らす道具を使っている。それでも発せられる僅かな威圧に、齧歯族の兵士達はバタバタと音を立てて倒れていく。


「も……申し訳なく……」

虹音(こうと)を迎えに来た近衛隊長、日向は、その端麗な顔に憐憫の情を表す。

20人ほどいた齧歯国の兵士で意識があるのは5人。その中で立っているのは2人。

日向の目の前で、表情を変えずに立っている2人は王族だろう。涼しい顔をしているが、その背中にはぐっしょりと汗をかいている。


「お気遣いなく。我々齧歯族は弱い生き物です。高貴な霊獣族の方々に気絶させられるなら本望でしょう」

「――ですが、あの兵士は息をしていないようで……」

「え?ああ、大丈夫ですよ。あれは仮死状態です。叩けば復活します」


仮死状態?そんな馬鹿な、と日向は倒れた兵士を凝視する。

ピクリとも動かない兵士の口からは、泡が漏れている。齧歯族のか弱さは十分すぎるほど知っている。これでもかと対策してきたにもかかわらず、この結果かと、嘆く心を必死に隠す。


(こうなると一刻も早く、この地を去るべきだろう)

さすが近衛隊長だけはある。即座に的確な判断をする日向は、ふたりの後ろにある駕籠に視線を送る。

白い布で覆われた華奢な駕籠の中から、人の気配がする。繊細な刺繍を施された布。手輿の棒に施された彫刻も見事だ。その中にいる貴人が、王の見合い相手であることは間違いないだろう。


「お名残惜しいでしょうが、我らがこの地にいてもご迷惑をおかけするばかり……ご縁があったとしても、なかったとしても、ふたたびお会いできるように、我ら一同、精いっぱい尽力いたします」

日向が美しい礼と共に言葉を繰り出すと、最後の見送りに来た次期齧歯国王の琥珀は首を振る。


「我ら一族、虹音(こうと)との別れはすませました。齧歯族屈指の美少年を霊獣国王に献上できること、我が一族の誉れとなるでしょう。ですが虹音(こうと)はまだ若い。あらゆる面で()()()()()()()()と幸いです」

どうか多少の無礼があってもお許しくださいと、琥珀は強調する。どうせ、死にに行く身なのだ。上位種であるならば、その程度は見逃して欲しいと。

更に琥珀は「この書状を何卒霊獣国王様へ」と日向に渡す。

恭しく受け取った日向は、必ず渡すことを誓った。


日向の心意気が分かったのだろう、ふたりが駕籠の後ろに下がるので、日向は駕籠に防護陣をはる。

これより空をかけるのだ。むき出しのままでは死んでしまう。更に霊獣族の霊力に影響されないように保護の膜も張る。これができるから、日向はいつも齧歯族の迎え役とされた。


手輿の棒を霊獣族の騎士が持ち、一気に空を駆ける。琥珀たちはその姿が見えなくなるまで、見続けた。

王城より選び抜かれた兵士たちの、最後の呼吸が耳に届く。彼らの恍惚とする表情に報いるように、美しく死んであれと、琥珀は虹音(こうと)への想いを始祖神に祈りささげた。



◇◇



琥珀は駕籠がふわりを浮き、少しだけ感じる浮遊感に眉根を寄せていると、外から声がかかった。

清涼とした声は、まるでのどを潤す水の様だ。


「この度、ご縁があり私があなた様の護衛役を引き受けました。名を日向と申します。虹音(こうと)様でよろしいでしょうか?」

「あ――はい!虹音(こうと)です!」


随分と高い声だ……一瞬、日向は違和感を感じるが、元気な声を聞けたので、良しとした。


「ご体調はいかがでしょうか?先の方はこの段階でご不快のご様子でしたが……」

「さきのかた……」

さきのかたとはなんだろう、虹音(こうと)は言葉の意味が分からず首を傾げる。だが自分の身体の様子を聞かれているのだけは、なんとなく分かった。


「えっと、僕は元気――あ、ちょっとなんかフワってするかも?」

「ふわ――でございますか?」

「う~ん、なんかお腹がふよふよって……」

「ふ……ふよふよ?」


虹音(こうと)は産まれて初めて感じた、地面から足が離れる浮遊感を語っているにすぎないが、日向にはそれが分からないため、霊獣族の霊力にやられているのだろうと判断する。

そもそも迎えの使者を待ち構えていた齧歯国の兵士たちが、自分たちが降り立っただけで倒れていったのだ。あのか弱さを見たのだから、納得できる。


虹音(こうと)様、駕籠から御手を出すことは可能ですか?」

「はぁい」

呑気な声と共に、駕籠の窓がスッと開いた。その先に見えた愛らしい赤い瞳に日向は息を呑む。


(随分と幼い瞳だ、前回の方も幼い方だと思ったが、更に……)

そう、日向は前回もその前も、それどころか、この見合い制度が始まってからずっと齧歯族の迎えの責任者だ。故にその脆弱さも知っている。


「これをお付けください」

日向は窓越しに宝石箱を渡す。

虹音(こうと)が受け取り、開くと、そこには輝く宝石があつらえた指輪が10本並んでいる。

「これは……魔法石なの?」

「はい、前回のものより強力に作りました。御身をお守りする道具です。我らの真摯な気持ちの証として、お受け取りください」

「しんし……」

残念ながら虹音(こうと)には真摯の意味が分からない。だが、自分は死を望まれていると思っているのだ。これをつけてさらに美しく着飾れと言っているのだろうと、納得する。


「ありがと!わぁ、勝手にぴったりのサイズになった!すごーい!」

きゃっきゃと声を上げる虹音(こうと)に違和感を感じるも、思考に蓋をし、日向は更に結界を強める。

今度こそ、無事に帰すために。

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