第10話
「伽羅ちゃん!」
ぴょんと飛びついた虹音を、伽羅は抱きかかえる。
少し重くなった気がする。声が低くなり、身体も大きくなったが、それでも齧歯族の特徴なのか、霊獣族の伽羅に比べればかなり小さい。
「伽羅ちゃん、お熱は大丈夫?」
上目遣いで首を傾げる虹音の姿は可愛らしく、伽羅は目が痙攣するのを初めて感じた。
首に回された虹音の腕は、細いが熱を帯びている。成人前にも何度も抱き上げたが、成人後はこれほど美味しそうに感じるのかと、ごくりと生唾を飲み込むと、先ほど飲んだ丸薬の味を思い出した。
世界一不味い丸薬だと言われるのも、あながち嘘ではないらしい。
「すっかり良くなった。寂しい思いをさせて悪かった。虹音は、熱は?」
「昨日の夜、ちょっと出た。でもそれは僕が成長している証だって、お医者様が仰ってたよ」
「そうだな。ずいぶん昔のことなので、忘れていたが、私の時もそうだった」
「あなたの時は、城中を凍らせていましたけどね」と呟いた日向の言葉を、伽羅は無視することにした。
「どう?伽羅ちゃんから見て、僕ってかっこよくなってる?それともかわいい?伽羅ちゃんはどっちの僕が好き?」
(((発言がかわいすぎだろ!!)))三人の脳内の言葉は完全に一致した。これを小悪魔と言わずになんと言えば、いいのだろうか。
「私は――かわいくて、かっこよくても、虹音が好きだよ」
「僕も伽羅ちゃんが大好き!」
ぎゅーっと抱き付いてくる虹音の反応を見るに、伽羅の返事は満点だったようだ。
ほっと息をなでおろし、伽羅は虹音を抱きかかえたまま、ソファへと座る。
大人になっても、これは変わらない。虹音があーんと口を開けるも変わらない。その口に伽羅がお菓子を運ぶのも。
「あのね、なっきーが結婚式に呼んでって。ママンも連れてきてくれるって」
「なっきー――夏樹殿のことか。虹音は母上のことを恨んでないんだな?」
「パパンは分からないけど、僕は恨んでないよ。だってやりたいことをやる勇気は、ママンが教えてくれたもの。だから僕はここに来たんだよ?」
「……そうか」
いつものように虹音の髪を撫でると、手触りが違った。
成長している証なのだろう。すこしだけ固くなっている。
「でも結婚式にパパンやにいに達は呼ばないで欲しいの。きっと死んじゃうから」
「死んだら悲しいもんな?」
「うん、死んでも生まれ変わるからいいやって思っていたけど、それは違うって、分かったんだ。だから齧歯族の家族は呼ばないで」
「ああ、できれば祝ってもらいたいが、そこは諦めよう」
「伽羅ちゃんの花嫁姿は綺麗だろうね。僕、長生きできるように頑張るよ」
むんっと決意をあらわにする虹音を、伽羅はぎゅっと抱きしめる。
日向と霧雨は空気を読み、足早に部屋を出て行った。その気づかいに感謝する。
「結婚すれば、私の寿命が虹音に分け与えられ、同じ年月を生きていく事になる。だからずっと一緒だ」
「そうなの!良かった。あ、じゃあ齧歯族の発情期間は2日間だけど、霊獣族になると変わるの?」
「ああって、2日?2日しかないのか!?」
「うん、2日ってお医者様が言っていたよ。成人して今日が3日目だから、気持ちが治っちゃった」
「気持ち?」
「うん、僕はずっと、伽羅ちゃんと一緒にいたかったの。でも伽羅ちゃん、お熱が出てたでしょ?だから僕、ずっと悶々しながら我慢したんだよ?でも発情期、終わったみたいだね。今は何とも思わないの。発情期って面白いね」
「我慢………………」
自分だって我慢していたのにと、伽羅は唇をかみしめる。
虹音から求められていたにも関わらず、それに応えられなかった自分に涙が出そうだ。
だが、その行為は初めてになるのだ!望んでいたとは言え、緊張する。
しかも自分がリードする?そんな自信は持てない。実は怖くて、布団に隠れていたなんて、今更言えない。
だがその結果が、こんな事になるとは!
まさか発情期間が2日間しかないとは!霊獣族は1ヶ月以上あるのに!
次の機会はいつなのか……もしや20年後?いや、愛し合うだけなら発情期は関係ないのか?などと悩んでいいると、虹音が今まで見たことのなかった笑みを浮かべた
「そんな顔してないで?嘘だよ。伽羅ちゃんが、仮病を使って僕から逃げるから、ちょっと意地悪をしちゃったの」
「あ……うそか……」そして仮病がバレている。伽羅の視線は罪悪感から、右に左に忙しい。
「意地悪な僕は嫌い?」
「いや――嘘をついた私が悪いのだから……」
「うん、伽羅ちゃんが悪いよね?だったら伽羅ちゃんは僕にお仕置きされなきゃね?」
「……お仕置き?」不穏な言葉を聞いた伽羅は、虹音と視線を交わす。
これまでと違った虹音の目の輝きに、悪寒が走る。
純真無垢で、かわいいと思っていた虹音。
それは自分の思い込みだったのではと、頭をよぎる。
「あのね。伽羅ちゃん、確かに齧歯族の発情期間は2日間だけど、1週間に1回ペースなの」
「は?」
「期間が短いでしょ?だから子だくさんなの」
「そう……か」
「でもそれ以前にね。愛する人が目の前で発情期を迎えているんだよ?それに応えない男なんていないよね?伴侶失格だよね?」
「……え?」
伽羅は首に回された虹音の腕をはずそうとするが、はずれない。
蛇に睨まれた鼠ということわざを思い出す。いや、あれはネズミではなくカエルだ。などと現実逃避している間に、虹音の唇が近づいてくる。
「大丈夫、怖くないよ。僕に任せて?」
かわいい子鼠だと思っていたのに、違ったらしい。これではどちらが強者か分からない。
子沢山な齧歯族、出産率の低い霊獣族。
初めから勝負は決まっていたのかも知れない。
伽羅の覚悟は決まった。もう、逃げたりしない。
苦々しい丸薬の後味を再び思い出したが、そこは無視をし目をつむる。
60年待ちに待った愛おしい番が自分を求めているのだから。
~fin~
これで終わりです。
初めは純真無垢な女の子✖️欲求不満な王で話を作ってましたが……なぜでしょうね。純真無垢な女の子って書いていると、悪役令嬢もののヒロインのように、裏のある嫌な女の子になっちゃうんですよね。
結果、自分の性癖にささる話になっちゃいました。
こんな話ですが、最後まで楽しんで頂きありがとうございました。評価していただけると、とっても嬉しいです。