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第1話 連れ戻し
私、北山一紀の母方の祖父が死んだ。名刺を差し出せば「きたやま——、いっき?」と勘違いされるような私の名前を、ほぼ唯一きちんと「かずのり」と呼んでくれた祖父だった。母親や父親でさえ面白がって私のことをイッキと言うし相撲好きの父親は私の名前を少しもじって某力士の名前で呼んだ。
だから祖父の訃報を聞いたとき涙が溢れた。
それから半年ほど経って、私は家族と沼津に旅行に向かった。古い歴史のある旅館に泊まった。
私と母親は同じ部屋に泊まり、隣の部屋から父の兄のいびきが聞こえてきた頃、私もとうとう寝落ちた。
その夜、私は夢を見た。死んだはずの祖父が、ドアを開けて、母親を連れ戻そうとしているのだ。母親は、寝たままなのだろう、ぐったり倒れたままで、祖父に右腕を、祖母に左腕を預けていた。祖母は今も生きている。
私は跳ね起きた。無事を知らせようとしたのだ。母親は無事だったが、もしあのとき私が跳ね起きて、母に急を知らせようとしなかったら、今頃母はどうなっていたか——。