春のパーティー
国で一番のお金持ち、ランドー伯爵家から春のパーティーの招待を受けた。
白い封筒に銀の薔薇の封蝋。宛名は、ルクシフェリア・ロウヴェル。
間違いなくわたしに宛てられた招待状だ。
ランドー伯爵家は元々商人の家系だったが、財を成して国軍へ貢献、その結果として爵位を授かった。
権力や地位を除けば、国一番の財力を持つ家門。
その陰では、『金稼ぎのためならどんな仕事もする』なんて黒い噂も流れている。
現ランドー伯爵はわたしよりも二つ年上で、わたしの両親とは交流がなかった。お互い、前ランドー伯爵が生きていた頃に、王国主催のパーティーで挨拶をする程度。
正直、招待状をもらう謂れはない。
それでも、このパーティーはわたしにとっての大チャンスだ。
ランドー伯爵が開く春のパーティーとならば大規模なものになるだろうし、わたしのような没落した一族出身の者を招待するぐらいだ。国中の貴族が参加するはず。
その中から、信頼できる人物を探すんだ。
わたしは気合を入れて、クローゼットの扉を開く。
並んだドレスの中から取り出したのは、腰元から花弁のように薄い布が重なった紺色のドレス。落ち着きのある悪目立ちしない、それでいて野暮ったくも見えないシンプルなデザイン。
原作のルクシフェリアは、いつも喪の意味を込めて黒のドレスを着ていた。
今のわたしも毎日のように黒色のドレスを着ている。本当は原作へのリスペクトで黒色のドレスを着たいけど、さすがに春のパーティーで黒色のドレスを着ている人は他にいない。
みんな、春というテーマに合わせた淡いグリーンやピンク、黄色、オレンジやパステルカラーのドレスを選ぶことが多い。そんな場所で全身真っ黒な恰好では、変に浮いてしまう。
TPO大事。
その代わり、流行のカチューシャと靴では黒色を選んだ。
そうして挑んだ春のパーティー。
会場には、すでにかなりの人が集まって談笑を楽しんでいた。
「見て…、光の一族の……」
「ルクシフェリア・ロウヴェルだ」
「彼女も来たのか……」
わたしの姿を見つけた人々が、目を丸くさせた後でこそこそと囁き合う。
噂をされることも、嫌な視線で見られることも慣れたけれど、注目を浴びることには慣れない。どきどきと心臓が速く脈打つし、今すぐ人目のつかない場所へ逃げたい。
とにかく、とりあえずは主催者に挨拶を済ませないと。
そう思いながら周囲を見渡せば、背後から声をかけられた。
「ルクシフェリア様……?」
振り返れば、グラスを片手に持つ若い男性が経っていた。
アッシュグレイといった表現がぴったりの髪に、整った顔立ちの色白な人。赤髪で派手目なクラウレオンとは違った方向の美男だ。
白い上着に銀色の刺繍が美しく、細身で柔らかい印象の彼にぴったりと似合っている。
ふと、その彼の上着の胸元に、銀の薔薇とライオンの刺繍を見つけて誰だかピンときた。
「ランドー伯爵ですね?」
にっこり。
できるだけ優雅に見えるように微笑みかける。
「この度は、お招きいただき、ありがとうございます」
「やはり、貴女でしたか! お久しい……! 昔、王国主催のパーティーに参加したとき、庭で一緒に遊んだのを覚えていますか?」
「ええ、もちろん」
覚えていない。
「お互いにさまざまな苦労がありましたね。それでもこうして再会できたことを嬉しく思います。今日は、一緒に春の訪れを楽しみながら祝いましょう」
「ええ。楽しませていただきますわ」
よし。これで主催者への挨拶は済んだし、早速前回の社交で目をつけた人たちに声をかけなくちゃ。
わたしは微笑みを残して、その場を去ろうとする。
ところが。
「では、早速、春の庭をご案内しますね。こちらです」
にこりと笑うランドー伯爵。
えぇえ。
するりと腕を取られて、何故かエスコートされる形に。
「え、あの、え……」
ずるずると半ば引きずられるようにして、庭への連行が決まってしまう。
どうして???