真夜中の悪夢
真夜中、ふと目を覚ますとクラウレオンが馬乗りになっていた。
あまりに驚き過ぎて、悲鳴も出てこない。
「えー……っと?」
休息モードに入っていた脳は全く働かない。
これがアニメなら、今、わたしの頭上にはクエスチョンマークが飛び交っているだろう。
窓から差し込む月明かりに半分だけ照らされたクラウレオンは無言で、じいっとこちらを見下ろしている。
今まで見てきたクラウレオンと全く違う。ストンと表情が抜け落ちたみたいで、無言なのが余計に怖い。
よくよく考えれば、彼は暗殺者だ。
そして、わたしと言えば、武器一つ持たない寝巻き姿の細っこい少女。
体勢的にも力関係的にもすべてが不利。逃げ出すことも不可能。
この状況は殺される一歩手前なのかもしれない。
ようやく働きだした脳内で、自分に置かれた今の状況が非常事態だと理解する。
そのとき、
「ラザルの塔に行ってたね。なんで?」
トーンの低い声が落ちてきた。どこか不機嫌そうだ。
これは慎重に言葉を選ぶ必要がある。必死に脳内をフル稼働して考える。
「ただの挨拶ですわ」
結果、口から出たのは当り障りのない内容。
「なんでアイツだけ? 魔女や獣王、毒女、ゼファルだっているだろ?」
「ずっとあの塔が気になっていて、そこに彼が居たから挨拶しただけのこと。特に意味はありませんわ」
「本当?」
「はい」
「俺のこと避けてる?」
「いいえ」
「でも、最近、部屋にいないことが多いよな?」
「偶々です」
一問一答で主導権を握られている。クラウレオンはわたしの言うことを信じ切れていない様子だった。
そこで形勢逆転を狙うことにした。
「もしかして、嫉妬ですか?」
「……」
こちらからの質問にクラウレオンは黙り込む。
暗くて表情がわからない。だけど、時間が止まったように動かなくなって、お互いに沈黙が続く。
質問を間違えたかもしれない。機嫌を損ねていたとしたら簡単に殺されてしまうのに。
わたしは一縷の望みに賭けて、再び口を開いた。
「ラザル・フィエンドとは何の関係もありませんわ。でも、わたしとクラウレオンはお友達でしょう?」
見えているかはわからないけど、精一杯のお愛想で笑う。
〝お友達〟なら殺したりしないよね? ね?
「そうだね」
よかった。
クラウレオンの声音は少し弾んで聞こえた。
「ようやくルクシフェリアも認めてくれたし、このまま一緒に寝てもいいよな?」
気づけば、いつものクラウレオンの調子に戻っている。
「いいえ。お友達は一緒に寝る理由になりませんわ」
「ちぇっ」
そう言いつつも、彼はゆっくりと寝台から降りた。
圧迫感が消えて、横隔膜が活発に動き出す。思いきり息を吸うことができた。
「じゃ、おやすみ、ルクシー」
少し離れたところから聞こえてきた声は、どろどろに溶けたアイスクリームみたい。わたしの心の隅っこに、ぼたり、ぼたり、と落ちてくる。
「おやすみなさい」
逃げ込むように頭から布団をかぶって、固く目をつぶる。
ああ、どうか早くこの悪夢から覚めますように。