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黒幕との初対面

 幸い、わたしは原作本の大ファンだ。


 小学五年生の夏休み。

 図書館で『堕天使と聖女リアナ』を手に取ってから、食事もとらず蝉のように本にくっついて全十巻(約6000頁)を夏休み中に読破。お小遣いを貯めて全巻&ファンブックを収集した。


 そのおかげで、本の内容どころか登場人物のセリフ一字一句を正確に暗記している。


 当時、母からは「あんた、その記憶力と集中力を勉強に活かせないの?」と散々なじられたけど。


 転生した今、原作の記憶だけが救済への希望の道筋になるとは思いもしなかった。


 前世のお母さん、わたしはこの力で絶対に『養分吸われてミイラ化のジ・エンド』だけは回避します。


——と、決意したものの。

 物語はすでに中盤辺りまで進んでいた。








 ルクシフェリアが悪役マルヴェリオスと初対面を果たすのは、原作本の全十巻中、三巻目の終盤だ。


 三巻では、ルクシフェリア・ロウヴェルが悪役令嬢に墜ちていく様が描かれる。


 光の一族の長女であり、金髪の髪に紫水晶に似た瞳を持つ美しい令嬢ルクシフェリア。

 彼女は一族が神々の不興を買ったことで裁かれ、没落の道を辿る。


 残されたのは家名と復讐心のみ。

 こうして彼女の心は「聖なる存在」への嫌悪感で満たされていった。

 神々に愛される「聖なる存在」の象徴である聖女は、ルクシフェリアにとって決して許せない存在となった。


  そして没落後も、ルクシフェリアは一族の復興を諦めなかった。

 復讐と復興を誓った彼女は、光の一族の生き残りであるにも関わらず禁忌である『堕落の魔術』に手を出してしまう。


『堕落の魔術』というのは影を操る魔術だ。


 影を操れば、物だけでなく人を思い通りに動かせる。

 攻撃だけでなく隠密や情報収集にも優れた魔術だが、下手すれば命さえも簡単に奪うことができる。


 それ故に禁術とされ、その魔術本は光の一族が厳重に管理していた。


 そのせいで光の一族であるルクシフェリアはいとも簡単に『堕落の魔術』の本を手に入れ、使えるようになってしまった。もちろん持って生まれた彼女の才能もある。


 こうしてルクシフェリアは『堕落の魔術』と完璧な交渉術や策略を使って、社交界で暗躍を始めた。そして闇の魔術師マルヴェリオスの居場所を突き止めることに成功する。


 彼女の目的を達成するには、マルヴェリオスやその配下たちの能力は便利だった。

 協力するフリをして利用するつもりだったのだ。

 (結局、彼女はマルヴェリオスを愛してしまい、利用するつもりが逆に利用されてとんでもない死に方をしてしまうのに!)




 ともかく、彼女はこうして自らマルヴェリオスの根城である廃城を訪れた。


 こうしてマルヴェリオスと初対面を果たす場面が三巻の終盤に当たる。


「まさか、こんな朽ち果てた城でお目にかかるなんて。これも〝運命〟とでも言うべきでしょうか?」


 これは、偶然を装ったルクシフェリアがマルヴェリオスとの初対面で発したセリフ。


 皮肉を込めた言い回しで先手を取るところが悪役令嬢らしいなぁ。なんて当時、のん気に感心していた自分を一発叩きたい。


 そして、ルクシフェリアは黒のベルベッドドレスの裾をつまみ、優雅にお辞儀をする。

 彼女が黒を身に着けたのは、一族への喪を意味しているだけじゃない。復讐を誓っているからこそだ、とファンブックの解説で読んだことがある。


「運命だと? それなら随分と歪んだ運命だ。君のような〝光の一族〟が、私のような者に興味を持つとはな」


 尊大な物言いはマルヴェリオスが人間よりも高位である証だ。

 彼は物語の重要人物で、同じ悪役でもルクシフェリアとは力の差が歴然だった。彼の手にかかればルクシフェリアの細い首なんて、赤子の手をひねるように簡単に折れるだろう。


 それでも、原作の中のルクシフェリアにはマルヴェリオスを味方につける勝算があった。

 マルヴェリオスは闇の魔術を使って各地で暴虐を尽くしながらも、その真の目的を知る者はほとんどいない。


 ルクシフェリアだけが掴んでいたのだ。

 彼が何故、禁術や古代の遺物を収集しているのかを。彼の計画や真の目的も。


 だから単身、会いに行った。

 マルヴェリオスに協力者として名乗り出るフリをして利用するために。


「興味などはありませんわ。ただ、この国の未来を握る力を持つ者と話をするのが、わたくしの義務でしてよ」


「君の〝義務〟とやらが光の名を借りた堕落だというなら、確かに我々は似た者同士だ」


「似た者同士、ですって? それは光栄ですわ。でも、わたくしがあなたと似ているのは〝駒を動かす力〟においてのみ」


「駒を動かす力か……。だが、どうだろう」


 そして、ここから。


「君には、せいぜい駒が似合いだ」


 これが、わたしが前世を思い出す引き金になったマルヴェリオスのセリフ。







 さて、どうしよう。

 物語は三巻目の終盤まで進んでしまった。


 ルクシフェリアが悪役令嬢になるきっかけ、一族の滅亡もすでに起きてしまった。


 禁術にも手を出した後。

 最凶の悪役との出会いも果たしてしまった。

 会話も割と進んでいるし。


 絶体絶命。背水の陣。

 どうして今になって前世の記憶が鮮明に蘇ってしまったのか。


 ここで今さら「すみません、やっぱり無かったことにしてください」と土下座したところで、「はいそうですか」と見逃してもらえるわけがない。


 マルヴェリオスの根城を知って乗り込んだ挙句、挑発までしたのだ。タダでは済まない。一瞬にして、彼の纏う黒い炎で焼き殺されてしまいかねない。


 黙り込んだわたしに、訝し気な視線が向けられるのを感じる。


 こわい。


 前世の記憶を思い出してしまったわたしにはルクシフェリアの復讐心や復興を願う気持ち以上に、その末路に待ち受ける残酷な死への恐怖が在った。


 うねうねとした触手が自分の全身に突き刺さるのを想像して、ぞわっとした悪寒が背筋を駆け抜ける。


 一族を滅ぼした神々や聖女への憎しみが消えたわけじゃない。一族の復興だって成し遂げたい。

 だからって『養分吸われてミイラ化のジ・エンド』だけは、絶対の絶対にダメ!


  散々悩んだ結果、わたした原作通りのセリフを言葉にすることにした。


「……では、試してご覧になります? 駒にしては、わたくしは少々動きが良すぎると思いますけれど」


 だけど、原作のように上手くはいかない。

声を低くして銀色の瞳を挑戦的にのぞき込むどころか、声は震えているし、目は泳ぐ。


 前世を思い出すまでは、わずかに怯んでいても完璧な悪役令嬢としてマルヴェリオスに対峙できていたのに。どうしたって脳裏に触手でジ・エンドのイメージがちらついてしまう。


 とりあえず、ぷるぷる震える手で扇を取り出し、口元を隠す。少しでも震えや動揺を隠さないと。


 一瞬、剣呑な顔をしたマルヴェリオスを見てもうダメだと思ったが、その後きちんと原作通りのセリフが返ってきた。


「興味深い。君の〝光〟がどれほどの闇に染まっているのか、確かめる価値はありそうだ」


 彼のローブを纏う黒い炎が一瞬だけ舞い上がり、わたしの顔をわずかに照らす。


 セリフが合ってさえいればいいのか。それとも、原作補正の効力というやつだろうか。


 安堵しながら再び口を開こうとしたとき、マルヴェリオスは続けた。


「もし、染まっていなくても安心していい。そのときは私が君の〝光〟を闇で覆いつくしてあげよう」


 あ、あれ? こんなセリフ、原作にはなかったはず。

 内心首を傾げたものの、そこまで考える余裕なんてない。わたしは慌てて準備していたセリフを続けた。


「ご期待に沿えるよう、精一杯務めさせていただきますわ」


  ここで微笑み。くるりと背を向けて、その場を去る。


 原作とは違うセリフもあったものの、無事にマルヴェリオスとの初対面を果たした。


 だ、大丈夫だよね?






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