プロローグ
これほどまでに美しいものを目にしたことがあっただろうか。
月明かりが差し込む廃城の大広間。
中央を飾る巨大なステンドグラスには、光と闇を象徴する紋章が描かれ、月光に淡く照らされている。
左右から伸びて中央へと合わさる階段には金の薔薇をモチーフにした緻密な装飾が施されていたが、長い年月と戦争によって至るところに傷跡が見える。
「だが、どうだろう」
低空を滑るような男の声がした。
わたくしとは対側の階段に、黒焔を纏ったローブ姿の男が立っている。
凍てついた仄暗い双眸がわたくしをとらえていた。
目に映るすべてが美しい。
でも、それ以上に恐ろしかった。
カツ、カツ、と軍靴の音を鳴らし、黒焔を纏った闇がゆっくりと近づいてくる。
このままでは闇に覆いつくされる。
黒い焔に焼かれて、侵食されて、蝕まれて、喰らわれる。
そんな錯覚に体が縛りつけられている間に、男の形をした闇が目の前まで迫っていた。
じわじわと嫌な汗が背中を伝う。手足の指先はすっかり冷え切っていた。
そして、
「君には、せいぜい駒が似合いだ」
耳元で聞き覚えのあるセリフが囁かれる。
途端、わたくしの脳内で何かがぱちんと弾けた。
『月明かりに照らされた廃城の大広間』に、『君には、せいぜい駒が似合いだ』のセリフ。
これは『堕天使と聖女リアナ』に出てくる悪役が、悪役令嬢とはじめて顔を合わせる場面だ!
そして、ハッと気づく。
————ここが前世で愛読していた本の世界であり、わたくし…、わたしこそが悪役令嬢ルクシフェリア・ロウヴェルであるということに。