9 疑義4
「つまりはあなた、密輸を懸念しているんですね?」
そのものずばり、スウガの考えていたことを少女―カサネは指摘した。
二人の兄妹は、今や、容疑者として、窓のない兵舎の一角で事情聴取を受ける羽目に陥っていた。
「…そうだ。この国で貿易を許されているのは、西にあるケンジュールの街の港だけだ。
俺はそこの出身だが、あんな緑のでる染料は輸入されていない。染色済みの衣の輸入は一般向けには許可されていない。
だったらあれは密輸しかありえない」
ベーラの宿から程近い、兵士たちの詰め所。
その一室にカサネとオウタは連行された。話をききたい、といいながらその扱いは逮捕同然だった。
法体系を調べて絶対辞職においこんでやる、とひそかにカサネは毒づいた。
ともあれ、この状況をどうやって打破するか。それが問題だった。
「うーん。密輸ではない、と口で言っても信じてはくれないだろうなぁ」
「もちろんだ」
「間髪いれずに…」
オウタが絶句していると、スウガはいらついたように脚を組みなおし、向かいに座った二人をにらんだ。
「信じてほしけりゃこっちの質問にまじめに答えろ。お前らはどこの出身で、何の目的でどこに向かい、何をする気だったか、更にあの衣をどこで手に入れたのか、手放したのはなぜか」
カサネは延々と続く質問項目にうんざりした。
横目でちらっとオウタをみると、彼も同様にため息をもらしてこちらをみていた。
「知っているということよりも知らないということを証明する方が難しいんだね」
「痴漢疑惑みたいだな。やったということよりやってないと証明するほうが…」
「なんの話をしてるんだ、お前ら!」
バンッと机を叩いて怒鳴ったが、二人は特にこたえた様子も見せない。それどころかカサネは眉根を寄せて不満をもらした。
「うわ、嫌いだわそういう威嚇。時代錯誤」
「まあ時代はよくわかんないから古いのは仕方ないとしても、黙秘権くらい認めて欲しいよな」
スウガのこめかみに血管が浮き出ていた。
そろそろ爆発するかな、と気にはなったが、カサネはなんといってごまかそうか本気で悩んでいた。
異世界からやってまいりました、といったところでブタ箱行き、下手をすれば死罪も免れないだろう。
「なんと答えたものか…」
無意識に口に出してしまった言葉に、スウガは耳ざとく反応した。
「適当に答えて逃げられるなんて考えるなよ」
「はいはい、思ってません」
仕方ない、と腹をくくった。
というよりも、やけになった。
「わかりました、正直に答えましょう。
今まで暮らしていたのは日本国で、私と兄は学生でした。
私たちの記憶では昨日の夜にあたる頃に自宅から外にでようとして、気付いたらこの国にいました。
一文無しなので着ていた服を売って小金を作ろうとしました。
緑の衣料の価値が高そうだったので古着屋にふっかけてみました。
おかげさまで高く売れました。
この国について早々、女郎屋に売られそうになったので男装しています。
今後の予定は未定です。
以上!!」
「補足するなら、おれたちの国では緑だの赤だの、鮮やかな服は珍しくなかった。密輸じゃない」
ひょうひょうといってはみたが、相手の反応は芳しくない。
「…その話のどこを信じろというんだ?」
「やっぱりそう思う?」
「ふざけるな!」
「「ふざけてない」」
きっぱりと言い放つよく似た二人に、逆にスウガが一瞬気圧された。
「意識のないうちにこの国に運ばれたといいたいのか?」
「ああ、そうね。拉致っていうのかもしれないなあ、こういうの。
ほら、ここの国、鎖国してるみたいだし、周りの国の人間が適当に探りいれようとして民間人放りこんでみたとか」
意識はあったし、時間も経過していないのだから、拉致路線が絶対に違うのは二人がよくわかっていた。しかし、それらしい理由で納得させなければならない。うまいいいわけとも思われなかったが。
「他国の密偵か」
「違うって」
予想通りの話の通じなさに、オウタもカサネもため息が出るばかりだ。
この世界の時間の区分がどのようになっているかはわからないが、深夜よりも明け方に近いのは確かだろう。ろくに睡眠もとれなかったカサネの顔色は悪かった。細いからだを大儀そうに椅子に預けている。オウタはカサネを気遣ってスウガに休息を求めた。
「なあ、今日のところはこの辺にして、休ませてくれないか。俺たちだってどうしていいかわからないなりに行動して疲れてるんだよ」
「休みたいならさっさと口をわれ」
なんて非人道的な、と肩を落とす。戦時中の人の恐怖がわかるようだ。
ちくしょう、と毒づくと、初めて危機感を持ったと思われたのだろう。スウガがにやりと笑って、今度こそ、という風に身を乗り出した。
が。
「…カサネ?」
カサネが椅子からずり落ちそうになり、オウタはあわてて彼女の腕をつかんで引き寄せた。あっけないくらい簡単に彼女はこちら側に倒れた。顔色はますます悪い。
ふと、思い当たることがあり、オウタはカサネの額に手を当てた。予想通り、熱い。
「…熱がある」
スウガに向けられた目つきは恐ろしいほどとがっていた。
カサネの体が簡素な寝台にそっと横たえられる。
おぶっていたオウタは凝った肩をぐるりとまわして骨をならした。
カサネの微熱の正体はストレスだ。
幼い頃から我慢強くて感情表現に乏しいところがあった彼女は、無意識にストレスを溜め込みやすかった。
そのため、ストレスを発散するすべを知らない子供のうちはよく熱をだして寝込んだものだった。
大昔のことだが、オウタもカサネに熱をださせたことがある。
男の子は往々にして妹をいじめるものだが、オウタもその例に漏れず、カサネを『ぶー子』呼ばわりしてからかったことがあった。
しかしカサネは全く気にするそぶりもみせなかった。
意地になって毎日のように『ぶー子』と囃して苛めていたら、突然カサネが倒れた。
親がゆっくりと話を聞きだすと、カサネはそれを非常に嫌がっていたらしく、両親からこっぴどく怒られた。それ以来、妹をいじめるとろくなことにならない、と学習した。
賢く、大人びたところのあったカサネは、小学校に入学するころには、熱を出す前に自分で解決する方法を身につけていたし、倒れるまでにいたることはほとんどなかった。
だが今回のことはあまりにも急で、なにより彼女自身でどうにかできる問題でもない。
熱をだすには十分な原因になった。
「まあ、おかげで休める場所ももらえたし。宿代払う前でラッキー…」
一人でこぶしをふりあげてみたが、むなしいだけだった。オウタもかなり疲れていた。カサネの使う寝台とつながった二段の寝台へ体を倒し、すぐに眠りについた。