7 疑義2
ベーラの宿の1階では、いまだに酒を飲んでいる男たちがいた。
他はカサネたちが掃除し終えて店じまいの様相だったが、しぶとく残った男たちには、女将も帰れと言いつつ酒を出していた。
その一角にはオウタも混じっている。
「へえ、じゃ、おっさんはこのまま北にいって家族と水入らずってわけか」
「そうそ。こいつ、女房に頼み込んで一緒になってもらったからよ、頭があがらねえんだよ」
「うるせえ、そういうお前もせっせとみやげ物選んでたじゃねえか」
互いの愛妻ぶりをひやかしつつ、酒を飲む。彼らはこの宿場を通り過ぎる行商人で、このベーラの宿にはそういった客が多かった。
彼らとくだらない話をしつつ、オウタは情報を集めていた。
ここはサガルという宿場町で、大陸(どれほどの大きさなのか検討もつかないが)でも東のほうに位置する。
ここから北にぬけると小さな村々の集まった郡があり、南には豊かな穀倉地帯が、西には厳しい山が連なり、それを抜けると王都があるらしい。
ほとんどの行商人は地図などもたないが、一人、自慢気に見せてくれた人がいたので助かった。
文字は書き込まれていない。
どうやら識字率は高くない。店の看板なども図柄で示すものがほとんどだった。
「兄ちゃんはどこいくんだい? 綺麗な坊主も連れてたなあ、確か」
「ああ、弟です。もう疲れたらしくて寝てますよ。まだ子供だから」
「十四、五歳ってとこか。背は伸びそうだがまだ子供だなあ、あんたもひょろひょろじゃねえか」
と笑ってオウタの背をばんばん叩いた。
本当はカサネは十六になる。あと半年もすれば十七だ。だが男にしては華奢な体つきからいくつか年下に見えたのだろう。
「親が死ぬまでは結構余裕のある生活してたもんで。これから奉公にいくとこなんですが心配ですよ」
「奉公ってえとこの辺なら…そうか、ダルウェルの街か」
「はい…」
よくわからないながらも適当に返事をした。相手もしたたかによっているので大して疑いも持たない。
「あそこはなあ、町全体が厳しい感じがするけどよ。世話好きが多くて結構すみやすいんだぜ」
と、客たちが口々にいろいろなことをいい始めた時。
店じまいの札が下げられたドアが開いた。
オウタと同じくらいの背の、しかし比べ物にならないくらい戦士として完成された身体。
赤っぽい褐色の髪。
動きやすそうな服と分厚い革のベスト。
そして、腰に下げた剣。
オウタはぎくりとする。明らかにここにいる客たちとは違う。その剣の腕を商売にしている人間だ。
やや遅れて小柄な少年が追いついてきた。こちらは先ほどカサネが買ったような服を着ている。
「お。スウガの旦那じゃねえか。どうしたい、珍しい」
「ここんとこお見限りだって女どもも寂しがってたぜ」
客の数人とスウガと呼ばれた男は顔見知りらしい。スウガはなあなあに返事をして彼らを見回す。
ふと、行商人に囲まれて、まだか細いところの残ったオウタが目に付いたらしい。背は高いが労働で鍛えられた男たちのなかではいかにも浮いて見えるのだろう。
「おい、お前。古着屋の親父の紹介でここに来たやつか?」
横柄なものいいに面倒事かな、と顔をしかめつつ頷いた。とたんにスウガはオウタの腕を捕らえ、ひっぱりあげた。つれの少年に引き渡して女将のベーラに尋ねる。
「こいつの連れは二階か?」
厄介なことに巻き込まれるのはごめんだ、とばかりに即座にベーラはカサネのいる部屋を教えた。
「おい! なんの咎があってこんな扱いされなきゃならないんだ?」
カッとなってオウタは身をよじったが、小柄な少年は見た目に反して捕縛術でも心得ているのか、動くほどに腕が締められて苦痛だった。
「お前らの売った古着について聞きたいことがある。同行してもらうぞ」
「あ、まて! カサネは寝てるんだよ!」
「たたき起こすまでだ」
スウガは冷たく言い放って二階へとあがっていった。さきほどまで気分よく飲んでいた男たちは、驚きながらも得体の知れないものをみるような眼でオウタを見ていた。