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風になるまで  作者: 築島 利都
第一部
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64 華舞10

一方、同じ頃、オウタもまたミラから聞き、自分たち稀人の意味を知った。


がたがたと振動を直に伝え、馬は足を止めた。

粗末な荷馬車にはオウタとミラ、そして彼女の息子レンドが居た。


オウタは、ミラの手引きにより夜の襲撃を逃れていた。

ミラは王族しか知らない城内の抜け道を躊躇いなく使い、眠っていた息子を抱き起して、すぐさま城外へ出た。

何がなんだかわからないまま、つき従っていたオウタだったが、さすがに城から出る、という時にはぎょっと目を剥いた。


「なんで今、城から出るんです?カサネが…」


「カサネさんならとっくに城外に連れ去られているでしょう。それに、貴方もこのままここに居ては危険です」


驚いたことに、馬車を走らせたのはミラ自身だった。

抜け道を出て、まるで準備されていたかのようにそこにあった荷馬車を自ら操り、街道を抜け、門番に身分を明かしてあっという間に王都を抜けた。

今は、暁の中たどり着いた近隣の村の手前で荷馬車を止めたところだ。


「あなたは早くこの国を出た方がいい。気付かなかったのですか?陛下はあなたをエツ国の姫と娶せる気です」


「まさか…」


とは言いながら、それならばと王の態度に納得できた。

妙にカンナ姫を接近させてきたのはそういう意図か。


「でも、俺と結婚してなんの意味があるんです?」


正直、顔以外に褒められたところはない。

丁重な扱いを受ける大国の姫を娶る甲斐性は無いはずだ。


馬を落ち着かせながら、ミラは言った。


「あなたが稀人だからです」


胸がざわつく。

薄々感づいてはいた。

今夜の侵入者たちは、明らかにカサネを狙っており、しかもオウタを見つけると追ってきた。

いつかの商人のような、顔目当てでわざわざ王城に飛び込むとは考えにくい。

なにかあるのだ。

稀人には、その価値が。


「教えて下さい。稀人は、俺たちは何故狙われたのか」


ミラは僅かに顔を傾け、オウタの目をみた。

その色に、憐れみのようなものが見えた気がして、苛立ちが芽生える。


「稀人には、絶対の強運がついているのです」


意味がわからず、眉根を寄せる。


「…運?」


「文字通り、強運がつくということです。

稀人とは、『稀に現れる人』ではない。『稀なる強運を持つ人』という意味なのです」


「そんな御守りみたいな…」


だが、ミラはいたって真剣だった。


「商売が成功する、試験に合格する、子供に恵まれる。

この辺りは確かにお守りのような、気の持ちようかも知れません。

では…。豊作続きで国力が増す、絶望的な戦況が自然災害で逆転する、鉱山が見つかり財政難を救う。

いかがですか?夢のようでしょう?でも、全て実際にあったことです。しかも、稀人を手に入れた国で、一年以内に、ですよ」


オウタは絶句した。

絶対に無いとは言い切れない。

だが、その可能性の低さはわかる。


「じゃあ、俺はエツ国に…」


「体の良い土産ですね。直系の王女降嫁は前々から願い続けていましたが、こうも急に決まったのは、あなたと交換という条件をちらつかせたのでしょう。幸い、今回の稀人は二人いる。一人をこの国に留めておけばいい」


淡々と語る内容は、オウタを怒りで身震いさせるほど身勝手で醜悪なものだった。


「じゃあカサネは…」


そこで初めて、ミラは表情を曇らせた。


「おそらく、彼女を攫ったのは南洋諸島のトゥメラ族です。そこへ向かっているはず。…少なくとも、無体は受けない、と思います」


ミラはの言葉は歯切れ悪く、余計に不安を煽る。


「思うって?無事なんだろ?」


思わず乱暴な口調になってしまったが、構う余裕がない。

カサネの無事を、口先だけでもいいから保証してほしかった。


「…稀人がいるだけで、強運がつく訳ではないのです。こちらに来てから、周りの人々に何か飛び抜けた幸運はありましたか?多分、ないでしょう」


そう言われればそうだ。スウガもヨルキエも、特別良い目をみてはいない。

むしろ無一文の二人を養ったり、山賊に襲われたりと散々だったとも言える。

オウタの肯定を表情から察したのだろう、ミラは軽く頷いた。


「まだあなた方の運気は目覚めていない。…子供がいないから」


「…え?」


子供。

と、鸚鵡返しにつぶやくことしか出来ない。想定外の単語に、頭がついていかなかった。


「稀人と、その子を庇護するものに多大な恩恵が与えられるのです。だからこそ、王はあなたをエツ国王女に、カサネ様をシジマールの王族に娶せようとした」


子を為せば、両国の繁栄が約束されるから、と。声は穏やかだが、ミラは険しく厳しい顔をしていた。


ようやく悟る。


カサネはおそらく強運を欲するトゥメラ族に浚われた。

その運を発現させるために、子を産むことを迫られる。


「じゃあ、カサネは…」


オウタはもう、その先を口にすることができなかった。

涙まじりに震える声を、恥じる気持ちも、隠そうとする気力もない。

カサネ。

ただ、無事を祈るしか出来ない自分に、吐き気がした。


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