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風になるまで  作者: 築島 利都
第一部
6/99

6 疑義1

賑やかな昼市とは、別の顔を見せる夜の街。

酒と脂粉の匂いが立ちこめ、きらびやかな娼婦と灯篭の灯りがあちこちで見られた。宿場町独特の風景だ。

その中を、仏頂面をした青年が早足で歩いていた。後ろからは彼の連れらしい少年がちょこちょこと小走りで追ってくる。


「スウガ様…、そんなに早足で歩かれては見回りの意味がないんじゃないですか?」


スウガは振り返って、少年―セゼを見た。

スウガのやや緑がかった鳶色の瞳が不機嫌そうに細められた。


「セゼ…、お前見回りについてくるの初めてか?」


この少年はまだ兵士見習いになって間もない。他の兵士からも色々と教わっているはずだが、夜の街の見回りはまだだったようだ。


「は、はい。皆さんお前にはまだ早いって言って。…ひどいなあ、俺もう十三なのに」


なんとなく子ども扱いされているのを感じたのだろう、セゼは不平をこぼした。

十三歳といえば、もう少し複雑な仕事を任されてもよさそうなものだが、彼は見習いになりたてであるし、その童顔とやや幼い口調、まだ成長期を迎えていない身長のせいで、下手をすれば十歳くらいに見られた。


「夜の街の見回りってのはな、一種の方便だ」


「は? じゃなんなんですか?」


「こんな歓楽街で見回りもくそもないだろ? 下手に兵士が手出ししようもんなら土地の元締めとやりあうことになるしな。俺たちはつまらない喧嘩の仲裁程度しか期待されてないんだよ」


夜の商売にはそれぞれ縄張りやら決まりごとやらがあり、それを厳しく守らせているのは土地にすむやくざ者だった。頭の固いお役所では裁けない面倒事も彼らはうまく片付ける。蛇の道は蛇、ということだ。彼らに任せたほうがはるかに有効だった。


「それならなんで俺たちが当番で見回りするんですか?」


「方便だっていったろ? 皆、遊びにきてるんだよ」


夜の街の見回りは、役所公認の夜遊びの機会だった。それを察してセゼは顔を赤く染めた。


「な、じゃ、俺にはまだ早いって…そういうことですか」


肯定の返事のかわりに肩をすくめて、スウガはまた早足で歩き出した。


「スウガ様は遊んでいかれないんですか?」


「俺は商売女に興味はねえよ。始めは結構楽しめたけどな、こんな辺境の宿場じゃ面子も代わり映えがしねえ」


セゼはなんとなく、勿体無いと思いながら前をいく先輩兵士をみやった。


この辺りの人々よりは少し明るめの赤茶の髪は、光を当てると赤銅色に輝いて目をひいた。背の高い、均整の取れた体つきは兵士らしく、若い男の匂いを出して、商売女からも度々好ましげな視線を受けている。スウガはもっと西の出身らしい。どことなく異国情緒があって、同性の目からみても女受けがよさそうな顔をしていた。


「さっさと戻って酒でもかっくらってたほうがよっぽどいいぜ。それともお前は遊んでくか?」


めっそうもない、と首を振って後を追う。興味がないわけではないが、この外見では玩具にされるのがおちだろう。

しばらくいくと、歓楽街とは違う、元々の商店街のほうへさしかかった。こちらはかたぎの商売だからすでに店じまいしている。

そんな中、一件の古着屋から店主が出てきた。店じまいが遅かったのだろうか。ようやく家路につこうというところらしい。


「よう親爺さん、ずいぶんと遅いお帰りじゃないか」


スウガは知り合いだったので声をかけた。

古着屋の店主は、相手がスウガとみると、ややへりくだった態度で、作り笑いを浮かべた。


「変な客が店じまいを待ってくれってんで、ちょっと遅れちまったんですよ。まあ、そのおかげで珍しい着物を買い取れたんですがね」


そのほくほく顔からして、相当のものらしい。ちょっと興味を引かれてたずねた。


「へえ、どんなもんだい? その服ってのは」


すると、スウガの風貌から西の出身らしいといううわさを思い出したのか、小脇に抱えた包みをさっと広げてみせた。


「これなんです。めったにない緑色でしょう?素材は西のもののようなんですが。ちょっと手入れし直してから上の方にでも売り込んでみようかと…」


と、そこまで話してスウガの表情に気付いたらしい。口をつぐんだ。スウガは目を見張ったまま動かない。ゆっくりと指をのばしてそれに触れる。


「これは…一体誰が持ち込んだものだ?」


かすれる声でたずねると、もしや盗品だろうか、と怯えながら店主は正直に答えた。


「なんだか変わった二人連れで。あたしの紹介でベーラの宿に泊まってるはずですよ」


そこまで言うが早いが、スウガは駆け出していた。慌ててセゼも続く。振り返って怒鳴る。


「親爺さん、その服、売りに出すのはちょっと待っててくれ。悪いようにはしないからよ!」


なにがおこったのか面食らいつつ、店主は頷いて彼らを見送った。ふと、思い出したようにつぶやく。


「そういや、兄妹のかたっぽが男装の嬢ちゃんだっていうの忘れたなあ。小突かれたりしなきゃいいが」


大した問題ではないだろう、と思い直して店主はまた家路についた。


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