57 華舞3
空が刻々とその色を変える。
藍色にわずかに赤みが残る頃、祝賀会は高らかな鐘の音と共に始まった。
おおやけに通達が出ていないとはいえ、主だった貴族は皆、今日の本当の主役を知っていた。
シジマール国にとって初の王女降嫁。
噂はその王女の話題で持ちきりだった。
「王太子殿下とご一緒ではないのですね」
大広間で、礼をとりつつ王族の入場を眺めていた青年貴族が言う。
同じように膝をついた傍らの婦人も、意外そうに目を瞬いている。
「てっきり婚約披露かと思っておりましたけど、違うのかしら」
「違うということはないでしょう。わざわざ来訪頂いているのに」
他の者たちも同じように不審な顔をしている。
王太子の挨拶もろくに聞いていないようだ。
「…さて、皆の関心が私に無いのは些か寂しいが…」
王太子のおどけた言葉にどっと笑いが起きた。
そして続きを期待して視線が集中する。
「今夜は大陸より賓客をお招きしている。一部の者はすでに知っているだろうが、エツ国王女マツリ殿下だ」
当然、その紹介とともに入場すると思われたが、その気配がない。
いぶかしむ貴族たちのざわめきを片手で制すと、王太子は再び口をひらいた。
「王女殿下には後ほどご挨拶頂くが、それまでは宴の雰囲気を楽しみたいとのこと。皆、くれぐれも失礼の無いように」
目当ての不在に、いささか拍子抜けした感はあるが、盛大な宴会が始まった。
あちこちに設えられた背の低いテーブルを囲み、皆楽しげに語らいながらも、時折ちらちらと出入り口の様子を窺っている。
ふと、一人が二階部のギャラリーに目をとめた。
「あ、ご覧なさい。もしやあの方が…」
控えめに示した先には、見慣れない柳女装束に身を包んだ、黒髪の女性が佇んでいた。