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風になるまで  作者: 築島 利都
第一部
43/99

43 輻輳する意思2

「明日、王城にあがることになったよ」


ヨルキエの言葉は唐突だったが、皆、ようやくか、という思いだった。


王都入りして十日。

こちらの暦で一週間が過ぎていた。


初日こそ食堂でやや不穏な雰囲気となったが、その後ウノ家での生活は安定したものだった。


カサネは日中、本館で、付け焼き刃なのは重々承知しながら礼儀作法を習い、空いた時間には娘姿でリエルを訪ね、驚かせもした。

あまり驚くものだから、そんなに男っぽかったのか、と逆に落ち込むことになったが、つまりはそれだけカサネの素行がこちらの女性の常識からはずれているのだろう。


何度かリエルと会ったが、彼女と行動をともにするのは、こちらの常識を知るいい機会だった。


まず、妙齢の女性は一人で外出しない。

何事にも夫や父親の許可を取る。

万事控え目に慎ましく、求められた時に口をひらく。


リエルは商人の娘で、家業を手伝っているからずいぶん規格外らしいが、常識を知っていてあえてそこから外れるのと、無知のまま娘らしくない行いをするのでは全く違う。

わずかな時間で、カサネは慎重に振舞うことを覚えた。


一方のオウタは、朝早くから夜遅くまで外出しており、カサネはあまり顔を合せていなかった。

食堂などでたまにぐったりとした姿を見かけることはあったが、声をかけづらく、どんな勉強をしているのかも知らなかった。


兄に代わってそれとなくカサネの様子を伺ってくれていたのはスウガだった。

一度軍に顔を出し、しばらくは王都に居られるよう許可をもらってきたらしい。

いまだ周囲の使用人に距離を置かれているカサネには、気軽に話せる相手がいるのは有難いことだった。



そんな調子で、四人が顔を合わせるのもずいぶん久しぶりのことだった。


「一応きくけど、俺たち四人で行くんだよな?」


オウタの問いかけにもちろん、とヨルキエは頷いた。


「ヴィリ義姉上からうまく話が通ったらしくてね。急だが、王のご意向だ」


今更ながら、王、という存在にカサネはわずかに恐怖し始めた。

馴染みのない存在。

対面した途端に、首をはねられるということはないだろうが、そうされても文句を言えない立場なのだ。


不安が顔に出ていたのだろう。

ヨルキエが苦笑しつつ言った。


「大丈夫だよカサネ。あくまで非公式の、妃殿下のお茶会にお招きいただいたという形式をとっている。事を荒立てるつもりはない、ということだ」


「うん…。あ、いえ、はい」


毎日作法の先生に注意される口調を、意識して直す。


「その調子。明日はこちらで支度してから向かうからね」



翌日の朝。

控え目ながらもいつもより上等の衣服を着せられ、カサネたちは王城へ向かった。

当然、移動は馬車だ。

どこを走ったのかわからないまま、馬車は止まり、おろされる。


そこで、カサネの頭から礼儀作法はすっかり抜けた。


あきれるしかない。今、自分はとても間の抜けた顔をしているだろう、と思う。


「観音開きの玄関なんて初めて見た…」


小学生の頃、自宅の玄関でピアノを運び入れるのに苦労したことをぼんやり思い出した。ここならそんな心配は無用だ。

そんな庶民レベルでしか感想をもてないのが情けなくもあり、この非日常を目の当たりにした当然の反応だとも思った。


城、と聞いて、カサネはなんとなく、シンデレラ城を思い浮かべていた。

というよりも、自分が思い描いた城はシンデレラ城だったのだ、といま、気づかされた。

目の前にあるこの国の城は、ああいった装飾に富んだものとは根本から違っていた。


もちろん、壮麗で、王の居城にふさわしい造りをしている。

だが、なにより優先されているのは、安全性だった。

堅固な造りのそれは、一棟ごとに分かれており、高低差も相当あるようだった。


一口に城といっても、その隅々まで把握するのは不可能のように思えた。

あのテーマパークの城や、ヨーロッパの市街地にあるようなものとは違う。左右対称などとは程遠い。必要にせまられて増築を繰り返した、という印象だ。


「城って、塔がたくさんあるもんだと思ってたわ」


かさねが独り言でつぶやいた言葉に、ヨルキエは不思議そうに、逆に尋ねた。


「なぜだい? 物見の塔は敵襲が予想される方角が監視できれば十分だろう。ここは高台だから、一つでいい。

あー、貴人の監獄としての塔なら別の土地にあるから必要ないな」


「そうなんだ。…なんとなく見た目に派手だからいっぱいつけときたいのかな、って」


我ながら馬鹿みたいな感想だ、と思ったが、ヨルキエは軽く肩をすくめてそれ以上は何もいわなかった。


王城の使用人が先にたち、四人を案内した。

その先は事前に聞いていた通り、中庭に設えられた東屋だった。

東屋といっても、そこは王族の使用するものだから、規模からして違う。

広い温室に併設された、カサネの家の居間ほどもある大きさで、装飾も調度も見事だった。


使用人が来客を告げると、一組みの男女が立ち上がった。


カサネの両親と同じくらいの年頃だろう。

だが、雰囲気はまるで違う。

カサネは誰に言われるまでもなく、王と王妃だと理解した。

いままで出会ったことのない、支配者という人種。



王は、どこか含みのある笑顔で言った。


「歓迎しよう、稀人まれびとたち」


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