41 新月4
ガヤガヤとした喧騒の中、カサネとオウタの二人が食堂に姿を現した時、一瞬静まった後、抑えきれないどよめきがあがった。
この世界にきて、もう何度目かわからない反応に、二人は小さくため息をついて、あいている席に移動した。
ヨルキエとスウガは外に出てしまったので、二人は早めの夕食をとることにした。
使用人たちの手が空くのはもう少し先だろうから、今ならすいているはず、と考えたがそうでもないようだ。
主人の世話をする侍女たちは少ないが、代わりに馬丁や従者といった外向きの役目のしゅ男性が多かった。
主人が出かけなければ時間の融通がきくのだろう。
「セルフサービスみたいだな」
食堂奥に調理場があり、皆そこにむかって料理を求めていた。
学食みたいだ、とオウタがつぶやく。
まだ一月もたっていないのに、妙に懐かしい単語だ。
「二人分とってくるから座ってろよ」
と言ってさっさと行ってしまった。
わずか十数歩の距離なのに、カサネは自分の緊張が少し増したのを感じていた。
「あんた新しい侍女か?えらい別嬪だあな」
と、隣のテーブルに居た男を皮切りに、次々と声をかけてくる。
「いや、どう見ても勤め人じゃあるまい。手肌が綺麗じゃ」
「ヨルキエ様が連れてきたって。ツユリが言ってたわ」
例の事件を別としても、カサネは元々人見知りだ。
びくつきながら何も言えずにいると、まず女たちがつまらなそうに鼻をならした。
「落ちぶれた商家の娘でも拾ってらしたんじゃないの」
「ここに囲おうって腹かい」
男たちは、なんだ手つきか、と残念そうに言い、ねっとりとした目つきでカサネを眺めた。
その不躾な視線に身震いし、思わず立ち上がる。
そこにオウタが戻ってきた。
料理の乗った盆を置き、周囲をゆっくりと見回す。
気圧されたように一同は黙った。
そのタイミングをはかったように、オウタはにこりと笑った。
「や、はじめまして。ちょっとだけ離れてくれるかな。妹は人見知りなもんで」
その一言で途端に空気が緩んだ。
皆、口々に文句をいいながらも二人のテーブルからわずかに離れてくれた。
「あんたらは兄妹かい」
「あ、はい。俺はオウタといいます。妹はカサネ」
オウタがぺこりと頭をさげ、カサネも慌ててそれにならう。
それだけでずいぶん心証が良くなったようだ。
「ずいぶんとお綺麗な兄妹だ。奉公かい?」
「いや身寄りをなくしてね。ヨルキエ様に身の振り方を相談しているところなんだ」
オウタの如才ない受け答えを聞きながら、カサネは黙々と食事をした。
どうして自分はこうなんだろう。
オウタが何か言うたびに、そう言えばよかった、という後悔が湧き上がる。
元々口が重い自覚はあったが、もし今一人で、あのまま黙っていたとしたら、カサネはきっとヨルキエの妾かなにかと勘違いされていただろう。
ちゃんとしなければ、と焦りがうまれた。
オウタは明日から側近としての勉強を始めるという。
カサネも一人で行動することが増えるだろう。なにより、一人だけ暇をもてあましているというのは、気分が悪い。
(怖がってる場合じゃないんだ…。自分でなんとかしなきゃ…)
今だって見知らぬ人は怖い。
特にここの使用人たちの粗野な言葉と遠慮のない詮索は、あの山賊たちを思い出させるもので、恐怖をあおった。
だが、嫌だと思ったら自分でそう言うしかないのだ。
ここは、画一的に教育された人々ばかりの日本とは違う。
世間一般の常識で諫められたり、雰囲気で察することを期待できるような場でもない。
嫌だったら自分から相手にやめてくれと働きかけるか、それが無理なら我慢するしかない。
ようやく、カサネは心で納得した。
この、カサネからすれば前時代的で、腹立たしいことも多い世界で、生きるために何が必要か。
なにより強くならなければならない、と、自然にそう思えた。
ごちそうさまでした、と心もち大きな声で言うと、食器を持って立ち上がった。
まだ周囲の男たちと話をしていたオウタは、きょとんとした顔をしている。
「カサネ、部屋に戻るのか?なら一緒に…」
「一人で大丈夫。先に戻って残りの荷ほどきしてるわ。…ね、あなたたち」
去り際、周囲の人々をじっと見据える。
先ほどカサネを、囲い者か、と言った者たちだ。
「な、なんだ嬢ちゃん」
カサネは、見る者がひやりとするような皮肉げな笑みを浮かべた。
「二度と、私を妾呼ばわりしないでちょうだい。ここじゃどうだか知らないけど、それって女の人にとって相当ひどい侮辱だと思う」
あっけにとられた顔の一同を置いて、じゃあね、と言ってカサネは食堂を出た。
手も脚も、実は震えが止まらない。
ただ、ようやく何か出来ることがあるような気持ちになれた。