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風になるまで  作者: 築島 利都
第一部
39/99

39 新月2


カサネとスウガがウノ家の門をくぐった時、ヨルキエとオウタの二人はすでに到着していた。

といっても、彼らが居たのは用人居住棟と呼ばれる使用人たちの部屋がある建物で、門すら本館とは別だった。


「やあ、見違えたな。よく似合っているよカサネ」


ヨルキエは如才なく、カサネの娘姿を褒めた。

この少女は見た目にそぐわず褒められることに慣れていないようだったので、ごく簡単な言葉を選んだが、内心ではその変貌ぶりに感心していた。


特別綺麗な子供だとは思っていたが、少年のなりをしている時は、実際よりもいくつか年下に見えた。

そっけない口調と素直な表情と相まって、無意識のうちに自分の弟妹に重ねていたようだ。


だが、年相応の娘らしい格好をしたカサネは、急に大人びてみえた。


「なんだ、女装に戻すのか」


「女装じゃない! もう、兄ぃにかかると台無し」


兄妹のじゃれあいを眺めつつ、ヨルキエは居住棟の入口に控えていた男に目をやった。

その一呼吸にも満たないほどの動作で、男は静かに近づいてくる。


「一息入れたら、本館に向かう。兄上に取り次ぎを」


「承知致しました」


と言って、溶けるように気配を消した。

相変わらず優秀すぎる家人にヨルキエは苦笑をもらした。

自分の生家ながら、どうもこの家の雰囲気はなじめない。


「さて、悪いが君らにはしばらくここで寝起きしてもらうよ。当主である兄上に正式に招かれればまた話は別だけど」


「いや、こっちの方が性に合うから有難いくらいだ。

といっても、さすがウノ相家。用人棟でも俺の実家よりよっぽど綺麗だ」


皮肉ではなく、本心からそう思っているのだろう。

感心したようにスウガは設えを眺めている。


「スウガも貴族なんじゃないの?」


カサネが無邪気に問いかけた。


「一緒にするな。うちは貴族っていっても、騎士階級の下っ端で、母親は元々近所の村娘だ」


相家といえば、宰相、大臣を務める人物が多く、王族と縁戚関係にもある貴族中の貴族と言えた。

彼らは王から拝領した広大な土地と、家に固有の荘園を持ち、莫大な財を得ている。

それより家格は劣るが、優秀な官人を輩出する官家があり、さらに下に武家が続く。

下といっても厳密な区切りは無く、家により得る役職も財も様々だった。


簡単な補足をすると、カサネは興味があるのか、あれこれスウガに尋ねてくる。


「騎士階級っていうのは、その武家のこと?」


「いや、騎士が武家とは限らない。むしろそれ以外の騎士の方が多い」


なんのことやらわからない、という顔をしているカサネに、見かねたヨルキエが口をはさんだ。


「武家というのは、武門の一族、とでも言えばいいのかな。

つまり、家全体で武術に重きを置いていて、軍関連の重役を務めることが多い家柄だ。

スウガの言う騎士階級っていうのは、そういった家の出以外の軍人の持つ位だよ」


「騎士階級でも当然、位の上下があってな。

ほとんどは当人一代限りの身分だ。俺の実家はたまたま先祖が手柄をたてて位を継ぐことが認められているから、親父も兄貴も騎士階級ってことになる。二番目の兄貴は軍には入ってないが、それでも騎士階級だ」


なるほど、とカサネは頷いている。


王城内の身分の上下となると、更に複雑な決まりごとが無数にあるが、今のところそれはいいだろう。



用人棟には、客人を迎えた際、その使用人が寝泊まりする客室が存在する。

それを三部屋、彼らにあてがった。廊下の突き当たりと、それを挟んだ左右の二部屋だ。

大して多くもない荷物をそれぞれの部屋に入れ、形ばかり身なりを整えた。


「さて、それじゃあ本館に向かうとするか」


「当主様ってヨルキエのお兄さんなんでしょ?似てるの?」


「いや、全然。兄上は長子で、後継ぎとしての教育を受けて育った方だからね。生まれながらの貴人、といった感じだよ。歳も十以上離れているし」


とりとめもない話をしながら、用人棟を抜け、本館の入口へ向かう。


ふと、ヨルキエはオウタに視線を送り、目が合ったのを確認してから、カサネにむけてあごをしゃくった。

明日からのことを話しておけ、という合図だ。

一瞬、苦い顔をみせたが、オウタは素直にそれに従った。


「カサネ、明日からなんだけど、俺、外に出てくるから、お前はなるべく自分の部屋にいろよ」


突然のことに、カサネは目を丸くしている。


「なに?明日からって毎日ってこと?」


「ああ。こっちにさ、いつまでいなきゃならないのかわからないけど、仕事しないとまずいだろ?」


今の立場はあくまで監視されている不審人物だ。

監視がとけた後まで面倒を見てもらおうというのは甘い考えだとカサネも思っていたのだろう。こくりと頷いた。


「で、ヨルキエに側仕えとして雇ってもらえることになったんだけど、…その、このままじゃあんまり常識なさすぎて仕事にならないから。紹介してもらった人に、こっちのこととか礼儀作法とか教えてもらって、勉強することになったんだ」


「そうなんだ。じゃあ私も一緒に連れてってよ。勉強なら二人まとめての方がいいじゃん」


そらみろ、とヨルキエは小さくため息をついた。

危険が伴う仕事をすることを下手に隠そうとするから、取り繕うのが難しくなるのだ。

仕方なしに助け舟を出した。


「きみらの常識は違うようだけど、普通、女性と男性は同じことを勉強しているわけではないんだよ」


近頃は女性も同等の学問を、という風潮もあるが、まだまだ根付いてはいない。

公学まで出る女性は、数でいえば男性の半数というところだろう。

だが、その先がない。

専門的な知識を習得しても、それに続く仕事がないのだ。

それに、公学でも女生徒が選択するのは、ほとんどが文学、歴史学、芸術学、家政学など、良家の令嬢として必要なものに限られていた。


「カサネが女性として必要な知識は、うちでも誰かしら教えられるよ。…むやみやたらに男社会に出ていかなくてもいいだろう」


我ながら汚い、とは思うが、カサネがいまだ男性に怯えを見せるのを利用して、そう言った。

案の定、彼女は押し黙ってしまった。


「…わかった。私は私で頑張るから。兄ぃのが心配だよ。勉強なんて久しぶりじゃない?」


「あのな、専門学校だって勉強はあるの。まあ、やっぱ座学は苦手だけどな」


「あ、でも、兄ぃは高校まで成績よかったじゃん。

大学行かないって決めた時も、学年主任まで出てきちゃって、ちょっとした騒ぎになったんだよね」


ヨルキエには高校も大学もそれが何なのかわからなかったが、オウタが学問でそれなりの成績を残しながら、上級の学校へ行かずに、髪結いの学校へ進学するのを決めた、というのはわかった。

そしてそれはヨルキエの感覚からすれば折角の機会を棒に振るようなもので、表情には出さなかったがひどく驚いてもいた。


「お前に言われてもなあ。

別に成績が良かったって言っても、うちの高校、進学校じゃなかったからテスト簡単だったし。それに俺のは、全部暗記でなんとかごまかしてただけだよ。

数学も歴史も、全部丸暗記でさ。カサネみたいに、なんでそうなるんだろう、って興味がわいてこないんだ。だから勉強って苦痛だったな」


「ふーん。じゃあ、美容師目指したのはなんで? 前に聞いた時はもてるから、とかあほなこと言ってたけど」


「ん…、まあ、手に職つけたかったのが第一だけど。

美容院でさ、特に女の人って、来た時と帰る時で全然雰囲気変わるんだよな。髪型整えたら外見が変わるのは当たり前なんだけど、それにつられて気分も変わるっていうか。

最初ぼんやりしてた暗い人が、すげえお喋りになって帰っていくこととか結構あってさ。

外見が人の中身を変えるって効果が面白いな、とか思ったのがきっかけ」


案外まっとうな理由があったんだ、とカサネがからかい、それを聞きつけたオウタがふざけてカサネを羽交い絞めにし、スウガが大人しくしろ、と呆れている。


ヨルキエは、一歩離れたところから、それをぼんやりと眺めていた。


自分の思い通りに事が進んだはずなのに、どこか罪悪感のようなものを抱えていることに気付いた。

目論見通り、オウタは優秀そうな人材で、イギーに任せれば、これまでとは違った場面で活躍する手駒になるだろう。


だが、彼には彼の人生があった、ということを今、ようやく実感してしまった。

まだ元の世界での将来があるかのように話す兄妹に、まるで違う未来をあてがおうとしていることが、妙に後ろめたかった。


これまで、他人に情を移すことなんてなかったのに。

どうも、彼らに関することだと調子が狂う、と自嘲気味に笑った。



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