31 想い2
とくとくと、心臓が鳴る。いつもよりもずっと早い。
ショックをうけても、鼓動は早まるんだ、と妙に冷静な感想をもった自分に泣きたくなった。
カサネは荷馬車の影で、ずっと息をひそめていた。
そして、聞きたくもない話を聞いてしまった。
自分が誰にとっても、恋愛対象にならない、ということを。
そして、それを言ったのがスウガだということが、何よりも辛い、ということに気付いてしまった。
まだ、恋とも呼べない感情だった。
それでも、確かに芽生えていたのに。
あの夜以来、ずっと機会をうかがっていたのだ。
そういえば、血塗れで駄目になってしまった衣服の代わりも、スウガが買ってきてくれたのに、満足にお礼も言っていなかった。
この間は、嬉しくて抱きついたものの、なんだか恥ずかしくなって、逃げるように去ってしまったから、その礼もきちんとしなければ、なんて思っていたのだ。
皆が寝静まってから、スウガの元へ行こうとして、ヨルキエの姿もあることに躊躇した。
そのうちに、妙な話題になってしまった。
確かにカサネには知らないことばかりだった。
常識は教えられない、とは良く言うが、スウガから見ればまさにそういうことなのだろう。
この世界のこの人々の暮らしになじむには、常識とされる知識がない。
じゃあどうすればいいというのか。
やがてヨルキエとスウガは、他の男たちと交代して、見回りにいってしまった。
カサネも、のろのろと、自分の寝床がある荷馬車へ向かおうとする。
ふと、気配がして顔をあげると、オウタだった。
妙な顔をしている。
どうやら彼にも、カサネの評価を聞かれてしまったらしい。
そして、カサネの失恋も、察してしまったのだろう。
「…告白もしてないのに振られちゃった」
泣き笑いのような、カサネの表情に、ぐっとオウタは口を引き結んだ。
なにを言おうかためらうように、視線をうろうろさせた挙句、
「…妹と恋バナは勘弁してよ」
と、微妙なコメントを言い放った。
元気づけるのも妙だし、色々考えたんだろうな、とは思うが、あんまりだ。
だが、カサネはあえて乗ることにした。
口をとがらせて不服を言う。
「別に、好きってわけじゃなかったんだからね。…すごいかっこいいわけじゃないし、好みのタイプとは全然違うし」
こちらの人々は、頭が小さく、首が長い。目や口が大きく、鼻は小ぶりだ。
肌の色こそ、黄色人種に近いが、髪色はもう少し明るめだ。
造作は、アフリカ系民族のおうとつを減らしたような感じがした。
カサネは以前、ディズニーアニメの登場人物たちに似てない?とオウタに言ってみたことがあったが、あまり賛同してもらえなかった。
どちらかというとファニーフェイス。
愛嬌があって。
長い手足は俊敏そうで。
仕事に真摯で。
と、いつの間にか褒めてしまっていることに気づき、また一つため息をもらした。
何も始まっていなかった、とはとても言えそうになかった。
「とにかく、こっちが好きって言ったわけでもないのに、勝手に評価してさ。超失礼だよ。自意識過剰!」
本気で怒っているわけではないのは、オウタにだってわかったのだろう。
頭に軽く手を置かれ、そのぬくもりでわずかに癒された。