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風になるまで  作者: 築島 利都
第一部
30/99

30 想い1

翌日からのカサネが、劇的に変わった、ということは残念ながらない。

ただ、まっすぐに人を見るようになった。

そして、少しずつだが、確実に、本来の笑顔を見せる機会が多くなった。

それはその分だけ、カサネに惹かれるものも増えるということだったが。


「それにしても、君はどんな方法を使ったんだい? ついこの間まで、好きな子をいじめる子供みたいだったのに」


「一言余計だ。…別に俺が特別何かしたわけじゃないぜ。思ってることを吐きださせたくらいだ」


明日には王都に入る、という晩。

ヨルキエとスウガを含む数人の男たちが、護衛として起きているが、

もうすぐ真夜中だ。

少し離れたところに止まっている荷馬車の中では、カサネやオウタたちが眠っていることだろう。

見回りの男たちが帰ってくるまで、二人は火の番だった。


「それができないから、オウタだって頭抱えていたのに。やっぱりお兄ちゃんより恋人か」


と、口笛でもふきそうな調子だ。

そういえば、妙にヨルキエはカサネとスウガの仲を勘繰る。

ここら辺りできちんと誤解のないようにしておいた方がいいのかもしれない。


「以前からやけにからむが…、俺はカサネをそういう対象に見たことはないぜ」


きっぱりと言うのは、逆に自分にも言い聞かせる意味もあった。

7つという歳の差はそれほど珍しいことでもない。

だが、素性の知れない娘であることは間違いない。


つい忘れそうになるが、

王都への旅の目的は彼らの監視と保護だ。

とてもではないが、地方の分隊長に過ぎない自分が、恋人に考えるような人間ではない。


「そうかい?君にしちゃ、大事にしていると思ってたんだけど。

それに、君はこれまで遊びばかり上手にこなして、ちっとも真面目に恋愛していなそうだからね。

ああいう素直な気性で、しかも何も知らない子だと、ついつい手がのびるんじゃないかと思ってさ」


まるで、一通り遊んだら自分好みに育てる方に走る、とでも言われているようで気分が悪いが、そういう趣味はない。

ヨルキエも本気ではないのだろう。にやにやしている。


「茶化すな。…確かにカサネは容姿こそ極上だよ。ケンジュールや王都の花街にだって、あれだけの面相はなかなか居ない」


カサネやオウタの話では、彼らの世界ではいたって普通の顔だというが、とても信じられなかった。

なめらかな卵型の顔に、切れ長の瞳と薄い唇、すっと通った鼻筋がバランス良く並び、あれで髪色がもう少し明るければ宗教画の主神が抜け出たかと騒がれそうなほどの容貌だった。


「確かにね。それなら尚更、手に入れたいとは思わないのかい?」


「そりゃ綺麗だとは思うがな。

…カサネには一般の女どものような、気働き、とでもいうかな、つまり、かいがいしさがないんだよ。頭は良いし、教えれば何でもやる。ただ、根本的に女たちがやることをわかってないんだな、あれは」


たとえば、男が家に帰る。

女は上着や荷を預かり、椅子をすすめ、夫の足を洗う。

労をねぎらいつつ、支度しておいた夕食を出し、給仕をする。

夫の身体を拭き、靴の手入れをする。


一般の夫婦でいえば、これは普通のことだ。

上流家庭や、食べていくだけで精いっぱいの小作人の家庭ならまた別だろうが、この隊商の商人や、使用人たちなら、程度の差はあっても、そういうものだと皆思っているはずだ。


だが、カサネにはそれができない。

そんな習慣がないからだ。


「それは仕方ないだろう?そういう家庭で育っていないんだろうから。実際、私だって昔は、使用人にさせるようなことを一般家庭では妻がしているとは知らなかったし」


「ああ、俺だってわかってるさ。

だがな、もし、これからもここで生きていこうとするなら、全く何から手をつけていいかわからないくらい、物知らずだってことだ。場合によっちゃ感情がついていかないことだってあるだろう。

…お前の母上に、給仕しろって言ったって、冗談だと思うか激怒するかどっちかだろ?」


「ああ、そういうことか。確かに家庭向きではないね」


「それに、見た目と裏腹に、どうにも振る舞いが子供っぽい。

口調は女としちゃはすっぱだし、ちぐはぐなんだよ。どう見ても遊び慣れてる奴じゃないだろうし、かといって家庭向きでもない。強いて言うなら、お前くらいの家柄の人間だろうなあ、欲しがるのは」


そして、たとえ望まれたとしても、それはきっと本妻ではない、ということも容易に想像できた。

スウガとしては、妻にできない以上、手を出すべきではない、そういうたぐいの女だ。


「王都へ行っても、どう転ぶかわからないしな…。身の振り方を決めるにも苦労しそうだ」


すべては明日、王都へ入ってからだ。


「それに…、奴ら、いつかどこかへ消えちまいそうだからな」


つぶやいた最後の言葉は、小さすぎて自分の耳でもうまくひろえなかった。


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