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風になるまで  作者: 築島 利都
第一部
3/99

3 二人で1

道の端の潅木のそばで、カサネはひざを抱えた。

組んだ手の上にあごを乗せ、半眼で足元をぼんやり見つめていた。夕日は半分山に隠れている。


まだオウタは戻らない。古着屋がみつかったとしてもこの普段着がどれだけの値で売れるかと考えると気が重かった。

その時、頭上に影がさした。同時にひび割れた指が眼前にせまっておもわず身をひいた。


「おっと、驚かせちまったなあ。嬢ちゃん具合でも悪いのか?こんなとこに座り込んで」


見れば男が二人、小腰をかがめてカサネの前にいた。


「いえ、人を待ってるんです」


顔を上げてまっすぐに相手を見る。

こちらに手を伸ばしてきた方は三十半ばといったところか。あっさりとした上下を着て、一見すると先ほどのぞいた市にいた人々と同じような風体だった。


「そうかい、人を。だがなあ、ここらは街のはずれだしそろそろ日も暮れる。嬢ちゃん一人じゃ危ないだろう」


「…そうですね。でももうすぐ来ると思うんで」


ちょっと無愛想かもしれないと思ったが、他になんといっていいかわからなかった。


「いや、あと少ししたら街の門もしまっちまう。どうだい、俺のとこは小さいが宿と料理屋をやってるんだ。今ならなんとか部屋も用意できるぜ」


なるほど、客引きか、と納得する。門が閉まるギリギリに駆け込んできた客を拾うつもりなのだろう、とあたりをつけた。だが自分は文無しだ。苦笑して首を振った。


「ごめんなさい、私、今お金持ってないの。連れが帰ってこないとなんともいえないです」


本当は連れも同様だったがそれは黙っておく。

これで離れていくだろうと思ったがそうはいかなかった。


「金ならあとでいいからよ。なに、もし不安だったらその連れをお前さんのかわりにこいつが待っててやるよ。あとから合流すりゃいいだろう。空き部屋のあるうちに急いだほうがいいぜ」


「いえ、本当に結構です。連れも大してお金持ってないですし…」


妙にしつこいな、と思いながらカサネは街のほうを見た。いまだ長身の兄の姿は見えない。


「嬢ちゃんくらい綺麗な顔してると、半端な安宿じゃあ危ないだろう。なあに、うちは安い割にきちんとしたところだよ。飯もうまいし清潔だ。その変わったべべで十分代金になるから心配いらねえよ」


綺麗だなどとお世辞を言われてもどうしようもない。

なによりカサネは涼しげだとか清潔感があるだとか、パーツが綺麗だと褒められたことはあっても美人というわけではない。切れ長の瞳や小さな唇が細面の顔にすっきりおさまった、日本人らしい顔だった。


「私ぐらいのご面相なんて珍しくもないでしょう? 本当に結構です。ご心配ありがとうございました」


それ以上話す意志がないことを仄めかして立ち上がった。だがそのとたんに腕をとられ、それ以上前に進めなくなった。


「はあ、自覚が無いってのは余計に危ないぜ、嬢ちゃん」


「そうだとも。悪いことはいわないからこいつの宿に行った方がいいぜ。俺がここに残っててやるから」


そこまで言われてようやく気付いた。彼らの一見親切そうな態度の本当の意味を。

自分の容貌が、この世界で本当に価値があるのかどうかはわからないが、少なくとも見苦しくはないはずだ。この二人の態度からして。


「…その宿っていうのは、つまり綺麗なお姉さん方が酌をしてくれて、望みの代金を支払えば夜のお相手もしてくれる、そういう場所なのね? 結構です、私、水商売はできません」


彼らのしつこさの裏を探り、鎌をかけてみたのだ。そしてその推測は正しかったらしい。男たちはちょっと面食らったような顔をして目を見合わせた。やはり、とカサネは嘆息する。最初に無断で触ろうと手を出してきたことから予想すべきだった。そうわかった以上深入りは無用だ。


だが少々率直に言い過ぎたようだ。男たちはそれまでのうわべの笑顔をすてて、にやにやと品のない笑いを浮かべた。


「なんだい、よく知ってるんじゃねえか。それなら尚更一緒にきてもらいてえなあ」


「…! 誰が…」


どこからどうみても自分は堅気の高校生だろうが、と言いたかったがそれよりも先に、カサネの腕をつかんでいた男の手が離れた。男の背後には、無表情の兄が立っていた。オウタは男の肩に置いていた手を下ろす。


「兄ぃ!」


ようやく現れたオウタに安心する。先ほどまでかけていた眼鏡ははずしてしまったのか、カサネとよく似た切れ長の目が男をにらんでいる。

視力の悪い彼は当然目つきが悪く、眼鏡をはずすと、ちょっとした不良くらいなら眼光で撃退できるほど人相が悪くなる。

同時にちょっとどころではない不良には『がんをつけた』とインネンをつけられることが度々あったが。


しかし、今回は役に立ったらしい。男たちは明らかに萎縮していた。


「な、なんでえ。こっちは親切で声かけてやったのによ。やだねえ礼儀をしらないガキは」


おびえながらも文句を言う。腰がひけているのをちらっと見て、オウタは無言で体をやや左に開いた。

すっと腰を落として、握った左手を腹の前に構える。右手は指をそろえて前に出した。武道の型のようだ。


「まだそいつをどっかにつれていく気があるんだったら、俺が相手するぜ」


と、低く唸るように言うと、口々になにかいいながら男たちは足早に去っていった。彼らが見えなくなると、二人はほっと息を吐いた。


「遅いよ兄ぃ。どうやら女の一人歩きはあんまりお勧めできないみたいよ、この辺」


「悪いな、古着屋が店じまいだっていうからちょっと待っててもらえるよう交渉してきたんだよ。それにしても…気付いたか?カサネ。俺たちこっちじゃ結構な美形らしいぜ」


自嘲するように鼻で笑った。市にいくまでに三度もナンパされたらしい。

二人は商売女らしかったが、一人は旅芸人の一座の人だったそうだ。顔で客を呼べるから仲間に入らないかと誘われたらしい。


「は? じゃあさっきの人たちもまんざらお世辞言ってたわけじゃないの。へえー。江戸時代だったら美人だろう、だのなんだの言われたことはあるけど。あんまり嬉しくないなあ、この場合」


「確かになあ。面倒事も増えそうだし」


と、カサネを非難するような目つきをしたので、慌てて弁解する。


「絡まれたのは私のせいじゃないでしょ? なんにせよ無事にすんでよかったね」


オウタの眼光の鋭さと妙に腕のたちそうなその構えで撃退できたのは運がよかった。


「ほんと、ばれなくてよかったよ。俺、武道なんて大昔に剣道習ってたくらいだし。

なんにも武器がないからしかたなく空手っぽい格好してみたけどさ。あのいんちきな構えでごまかせるなんてな」


「あはは、結構様になってたよ、あれ。なにを参考にしたの?」


「…チャーリーズ・エンジェル…」


微妙に古いー!、と益々笑い転げるカサネに、オウタもまた思っていた。妹と一緒ではなんのロマンも期待できなそうだ、と。


なにはともあれ、二人でよかった。


時空をも超えた迷子なのだから一人では寂しすぎる。


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