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風になるまで  作者: 築島 利都
第一部
2/99

2 採択2

辺りの木々と風が起こす音でカサネははっと気付く。

気を失っていたわけではない。隣のオウタも立ち尽くしていた。


 土を踏み固めただけの道。その数メートル先には集落のような建物の集まり。

 後ろには石造りの頑丈そうな門。二人を訝しげにみやりながら通り過ぎる人々。

 そして、家から見たものと同じくらい、赤い夕日。


「今、何時…?」


ぼんやりとした口調でカサネがたずねると、オウタは腕時計を見て答えた。


「七時、三分」


ほとんど家を出た時刻とかわらない。しかし現実に今目の前には夕日がいまだ沈まずにある。

見慣れない風景。見慣れない街。見慣れない人々。

緩慢な動作でそれらを見回し、無感動な声でつぶやいた。


「タイムスリップか…異世界召還かなあ…」


「俺たちが主人公じゃ、盛り上がらない、だろ」


やはり呆然と、オウタも、つぶやいた。




しばらくそうして、ぼんやりした後。

お互いの脳裏によぎった様々のことは、やはり、お互いに想像できた。

今の状況、周囲の状況、ここに至るまでの経緯、可能性、推測、今後するべきこと。


飽和したのは、カサネが先だった。


やはり女のほうがたくましいのか、カサネは気をとりなおしてオウタの腕をとり、その道の端に腰を下ろした。


「全く見覚えのない所ねー」


「そうだな。日本じゃないのは確かだな」


 道行く人々を眺めていると、なんとはなしにその服装に目が行く。はっきりとしない色合いの服が多く、どれも素朴に見えた。ただし、記憶をどれだけひっくり返してもあのような形の衣服は日本の歴史にはない。

きゅる、と腹が鳴って、本能の欲求をカサネは思い出した。


「あーあーもつ煮込みー」


「いやしいこと言うなよ。そうだ、ガム食おうぜ」


オウタは背負っていたリュックからカサネが頼んだキシリトールガムを取り出し、一粒ずつ手に取った。

 しばらく無言でガムをかんでいたが、なんの解決にもならない。

仕方なくカサネは思いつくままに口にだしてみた。


「全体的に洋風っぽいね、建物とか服とか。この街だか村だかは結構栄えてるのかな。さっきから行商人みたいな人が多いし。でも…どうやらあまり治安のいい環境じゃないみたいね」


「なんで?」


カサネは辺りの人々に目を向けたまま顎で示してみせた。


「結構、帯剣してる人が多いでしょ? これが普通なのかどうかはわからないけど」


「なるほど。刃物持ってるってのはあぶなっかしいなあ」


なにを悠長な、と眉をひそめた。下手なことをすれば文字通り首がとぶかもしれないのに。


「しかし大して身体的な特徴に差がなくてよかったな。髪も大体黒か茶色なようだし」


「そうね、顔も薄い、というか、欧米人ではないね」


道行く人はほとんどが褐色の髪をしていた。瞳の色はそうそう近づけないのでよくわからない。ただ、どの顔も確かに彫りが浅く、カサネ達がよく知るアジア人のそれと似ていた。


「よし、ちょっと近寄ってみよう」


オウタは細長い身体を折りたたむようにして腰をかがめ、林の中を通って街道の先にある市へ向かった。一つの露店の裏に近寄る。どうやら織物を中心に商いをしているようである。


「…だから、…だろ? そりゃ、…って…あ…もうひと…」


距離があるためよく聞こえないが、身振り手振りで一人の客が値切っているのだと想像がついた。そして断片的に聞こえたその言葉は明らかに日本語だ。


「ファンタジーの王道ねー、言葉が通じるわ」


「それくらいの便宜は図ってもらわないと生きてけないだろう」


どうにも緊張感のない会話をして、二人はそこを離れた。

また元の街道外れに戻る。

通りをゆく人は二人を見て少し不思議そうな顔をしたが、それ以上つっこんでくることはなかった。おそらく服装以外は問題ないのだろう。


「さて、どうする?」


カサネはオウタを振り返ってため息とともにたずねた。聞いてみたところで建設的な意見など求めていないが。


「まずは衣食住の確保だな。とりあえず服を変えるか。異邦人がどんな扱いをうけるのかわからないが、大体人間ってのは異端は排除するもんだし」


「歴史は語るってね」


茶化して再び立ち上がる。


「じゃその辺の露店のおっさんにでも聞いてみるわ、古着屋の場所」


小走りで市のほうへ駆け去っていく兄の姿を見送り、カサネはまた一つため息をついた。


「よりによってあの兄ぃと一緒とはねえ」


確かに一人よりはずっといい。しかし。


「ロマンの要素が欠片もないわ」


王族に保護されたり、魔法使いに召喚された巫女だったり、ということは、まちがっても兄付きではないだろう。


「がっかり」


つぶやいた傍から、それが強がりであることをカサネは自覚していた。

一人だったら。

それ以上、考えるのを本能的に拒否して、ひとつ、ため息をもらした。


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