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風になるまで  作者: 築島 利都
第一部
18/99

18 戦い2

山間の道はこれまでと違って、ひどく狭い。


加えて慣れない馬上の旅に、緊張の度合いとしてはこれまでと大して変わらなかった。


「足はいいとしても別の筋肉つかうんだよね」


「脚も使えよ。べたっと尻つけてちゃ振られるだろうが」


スウガの言うとおり、カサネの身体は左右にゆらゆらと揺れて、安定しない。

仕方なしに、スウガは自分の腕を後ろから回し、固定した。


「ありがと。ねえ、このまま一日で山越えできるの?」


「急げばな。まあ、この調子じゃあ期待できないか」


嫌味に舌を出して返事にかえると、やや先をいくオウタたちを見た。

あちらも大してかわらない。

ヨルキエはいかにも乗りなれた風だが、オウタは背中がこわばっているのがカサネにも分かった。

さすがに、ヨルキエが支えをすることは無いようだ。


「他の旅行者ってあまりいないんだね」


先ほどからすれ違うものも少ない。


「都から急ぎの用で下ることなんて、そうないからな。商人だったら、荷があるから、山道は無理だ」


なるほど、とカサネが納得すると、身体に伝わる振動がやや速まった。

なぜ、とふりかえろうとすると、低く、止められた。


「振り向くな。前を見たままでいろ」


スウガの声の調子から、なにか、よくない事態だと察した。

言われたとおりに前を見据えると、自然、兄たちの馬が目に入る。

こちらがやや馬脚を速めた為、横に並んだ。

スウガと視線を交わしたヨルキエが、小さく頷いた。

彼もなにかの気配を感じ取っていたようだ。


「…合図をしたら、とばせ」


スウガはさりげなく、カサネの身体を前に倒しながらヨルキエに言った。


カサネは大人しく従い、少し前に位置をずらし、スウガと間をあけた。馬首をつかみ、上体をぴったりとつける。振り落とされたら無事ではすまないだろう。緊張に顔がこわばった。


スウガはすでに前に回していた腕を離し、腰のものに触れていた。


隣を見ればオウタとヨルキエも、同様に襲撃に備えていた。



ほんの少しの静寂。



なにか、強い意志のようなものを感じた、その瞬間。


「行け!」


スウガの怒声が響いた。


まるでそれが彼らにとっても合図だったかのように、後方から、激しい地響きとともに、大勢の男たちが現れた。


「野盗だ!」


その言葉通り、男たちは下卑た笑みと薄汚れた姿で、なにより、手には各々、抜き身の剣を持っていた。


カサネは現実とも思えないその様を一瞬しか見ることが出来なかった。

馬にしがみつくので精一杯だったからだ。


だが、それは幸運だったとも言える。すぐ傍で、スウガと切り結ぶ音が聞こえた。

そして、耳慣れない、肉を断つ音も。


断末魔、というのだろうか。


人間が出す声とも思えないその悲鳴。

まるで遠い昔に聞いた、精肉工場の豚の声のようだ。

生き物が足掻く、最期の声はどれも同じなのか。


カサネはこみ上げる吐き気とは別に、ひどく冷静に、哀しんでいた。


麻痺した頭をたたき起こしたのは、垢のこびりついた丸太のような腕だった。


「上玉だ! こいつだろ、おかしら」


がっしりと摑まれた二の腕。

普通だと思っていた自分の腕が、小枝ほどに見えた。

折られるのではないか、と反射的に腕を引いたが、びくともしない。


スウガは反対側からせまってきた敵を相手しており、こちらを気にしつつも、助けることができない。


「よーし! そいつだけでいい。こいつら予想外にやりやがる」


頭目らしい一際大きな男が、カサネを物でも見るかのような目でみていった。

事実、彼らにとって自分は金づる以外の何物でもないのだと、わかった。


野盗は、カサネに的を絞っている。


本当の恐怖が、カサネを襲った。

死に物狂いで腕を引き抜こうともがく。


「は、はなせ!」


言っても仕方のないこと。わかってはいても悲鳴のかわりに叫んだ。


身体が震えてうまく力が入らない。

スウガ、スウガといつの間にか、彼の名前を呼んでいた。


「カサネ、ふせろ!」


反射的につっぷすと、ざくりという音が間近に聞こえた。

カサネの腕を掴んでいた男が、馬とともに切られたのだ。

ぴしゃり、と返り血がかかり、カサネは息を吸い込んだ。

だが、それはほんの一瞬のことだったらしい。

男は絶命してもなお、カサネの腕を離さなかった。


「っああ!」


倒れる男とともに、カサネも引きずり落とされた。

鈍い衝撃。

疾走する馬から落ちたのだから、それは軽くない。だが、幸か不幸か、男と馬の死体が下敷きになってくれた。


しばらく咳き込むと、身を起こした。

スウガたちは、盗賊に囲まれて、簡単に逆走できない。

だが、敵は何人か戻ってくるはずだ。カサネこそが最大の狙いなのだから。

どうしてそうなってしまったかはわからない。

ただ、ここでぼさっとしているわけにはいかなかった。


左右を見渡して登る側と、下る側、どちらの森に身を隠そうか悩んだ。


馬と男の死骸がここにある以上、カサネの落ちた場所は隠せない。

少しでも遠く離れなければ。


カサネは少し考えて、のぼりを選んだ。

こちらならば、馬は入れないし、うまくいけば山を越えるスウガたちにどこかで出会えるかもしれない。

体力が心配の種だが、今は逃げる事だけを考えよう、と決めた。


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