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猪の化け物

6投目

 雲行きが怪しい。


 目覚めた俺は最初に目に入った空に暗い雲があるのを認めた。


 そういえば、俺は雨風を凌げる場所を有していない。


 樹の深い所にいれば雨は凌げるだろうが、少し強い風が吹けばそれも叶わない。


 俺はここを本格的な拠点として、簡易的な家を作ることに決める。


 そうして立ち上がり、手早く起こした火で肉を少量焼いて食べた後、目的の物を探すため森へと入った。


 別に本格的な家を作ろうとは思わない。


 そんなもの今の俺では到底不可能だ。


 細い樹と葉でできた家で十分だ。


 俺は目的に丁度いいくらいの細い幹を持った樹を見つけた。


 それにぶら下がるようにして樹をしならせ、さらに体重を掛けていく。


 かなり弾性があるようで、地面に水平になってもまだ折れない。


 俺は魔力を纏わせた足を樹に乗せ力を入れる。


 ミシミシと音を立て始めた樹はようやく根本近くから折れた。


 それを何度か繰り返し、数本の気をまとめて抱え拠点へと戻る。


 拠点に戻った俺は持ち帰った樹にナイフを大きく振りかぶって叩き折り、小分けにした。


 それを魔力を込めた腕で地面へと深く突き刺し、その上から大きな石で打ち付ければ家の柱が完成。


 ナイフで柱と梁となる樹に溝を作り、嵌め合わせる。


 素人がサイズも図らずにはめ込んだ梁は当然きっちりとは嵌らずガタガタだ。


 俺はそれを補強するように蔦を巻いて硬くしていく。


 そして屋根も同じように互い合わせで重ねていき、蔦で補強。


 これだけでかなり時間が掛かったが、ようやく簡素な家の骨組みが完成した。


 広さとしては人が二、三人寝っ転がれる程度のものだ。


 そして屋根を優先ということでこれまた何かと便利な大きな葉を屋根に重ね合わせていく。


 屋根が完成し、壁部分の寂しく空いた穴を埋めるように丁度いいサイズにナイフで端を切り落とした枝をはめ込んでいく。


 ここから泥辺りで補強できれば完成だろうか?


 強度を問われれば欠陥住宅も甚だしいものだろう。


 しかし、俺はほぼ完成したその不出来な家を見て息を大きく吸い込んだ。


 「すぅぅぅ、はぁぁぁあ……よし!」


 胸に広がる満足感を堪能。


 俺はドアもない吹き抜けの家の中へと入る。


 全体を見渡し寝っ転がった。


 壁は隙間だらけで天井は脆い葉。


 風が吹けば隙間から入ってくるし、強ければ葉すら飛んでいくかもしれない。


 まだ完成とは行かないが、残念ながら日も暮れてきた。


 今日のところはここまでにして完成はまた近い日に施行しよう。


 俺は食事の準備を始め、残った時間を魔力操作の練習に費やすことにした。





 ◆





 雨の降る音で目が覚める。


 葉の敷き方が悪かったのか、そもそも葉だけでは不十分だったのか、何か所か水漏れが発生しており、家の中の地面が湿っている。


 それでも俺の体は濡れていないのだから家の建てた目的は十分に達成している。


 雨の降る中、やることはない。


 俺はのそりと体を起き上がらせる。


 すると入口に何かがあることに気付く。


 白い毛玉だ。


 肌寒い雨の中であっても暖かそうなそれは小さく寝息をついていた。


 「もしかしてウサギか?」


 その言葉に白い毛玉は目が覚めたのか、首をもたげて起き上がる。


 体を伸ばすその姿は野生とは思えない。


 あれ?舐められてる?


 ウサギの足元には俺が昨日食べて放置していた木の実の殻が置いてあった。


 食べたのだろうか?


 いや裏側を舐めたといった方が適切だろう。


 そんなことを思っているとウサギはこちらを一瞥すると気に留める事もなく視線を雨空へと向けた。


 うん、かなり舐められてそうだ。


 思えば、こいつが樹に突き刺さって自滅したあれ以降、俺はこいつにいい様におちょくられている。


 角を用いて本気で殺しにかかるわけでもなく、足蹴にされるばかり。


 最初以降反撃らしい反撃ができた試しがなかった。


 だが今の俺は魔力を手に入れて強くなっている。


 やられてばかりの今までの俺ではないのだ。


 俺は魔力を腕に回しつつ、ウサギの様子を伺う。


 上体を倒して腕を伸ばせば手が届く距離だ。


 俺は息を殺して狙いを定める。


 「……ばからし」


 俺は意にも返さないウサギの姿を見て、バカバカしい気持ちになった。


 殺意を向けられているわけでもなしに、無警戒の小動物に躍起になっては大人としてどうか。


 俺はそいつの近くにあるまだ割れていない木の実に手を伸ばす。


 その動きにウサギが一瞬びくりと警戒してこちらを見た。


 「取ってくったりしないって」


 俺は手に取った殻をナイフで叩き割る。


 「ほら」


 俺は食べやすいように剥いた木の実をウサギの傍に置く。


 しばらくこっちをじっと見ていたウサギも次第に意識が木の実に映り、匂いを嗅ぎ、舌で舐める。


 その味を気に入ったウサギはもしゃもしゃと木の実を食べ始めあっという間になくなった。


 中身のなくなった木の実を前足で叩いて催促してくる。


 「人の食料を……」


 仕方なしに俺はもう一つ手に取って与えるとまたすぐに食べつくしてしまう。


 「どんだけ腹が減ってたんだよ」


 俺は少し瘦せているように見えるウサギに気付いて今度は二つを砕いて渡す。


 夢中になって食べるウサギの姿に腹の虫がなった俺は同じように木の実を食べることにした。


 ここに来て初めての、誰かと一緒の食事に今までにない何かを感じた。


 向こうでは感じなかったはずの物が埋まっていくような感覚に俺は首を傾げるも悪い感覚ではないそれをしっかりと感じながら食事を摂った。





 ◆





 満足するまで俺の備蓄の木の実を食べつくしたウサギは、雨が上がるとそそくさと帰ってしまった。


 ただ俺の飯が少なくなってしまっただけで特に見返りは無いが、そう悪い気持ちではない。


 俺は備蓄の無くなった木の実をまた集めるために森の中へと入る。


 土の匂いが強くなった森の中をしばらく進むと木の実のなるエリアに入る。


 木の実を集め、葉と蔦で作った簡素な巾着袋の中へと入れていった。


 そして家作りで少なくなった葉と蔦を回収し、帰ろうとした時、背後からがさごそと草むらが音を立てて揺れ始める。


 俺はまたウサギかと思い、そちらを見ると、揺れる草むらの中から白いものが現れる。


 一瞬やはりウサギかと思い、無視して帰ろうと思ったが、白いそれは毛並みにしてはあまりに鋭い。


 そして現れたのが体の一部分だけだったそいつはさらに一歩踏み出したことで、その正体を現した。


 深い剛毛に太く短い手足を持った四足獣。


 なによりそのサイズは熊を連想するほどに大きく、そしてそれが持つ、ウサギかと勘違いしたほどの白い部位はそれほどに立派なサイズの天を衝く牙だった。


 ウサギのように、あっちの世界とのウサギほどわかりやすく姿が乖離しているわけではない。


 ただ、そのサイズがあちらとは違うと分かるほどに常識外れであった。


 「こんなでかい猪はどう考えてもやばい」


 その猪の全身には魔力とは少し毛色の違う靄が渦巻いている。


 それでも俺はそれが魔力、またはそれに近しいものだと判断。


 あの体躯からさらに膂力を上昇させることができる証左だった。


 あの小さなウサギであの脅威度なのだ。


 こんな常識はずれな化け物が魔力で体を強化などしたら、辺り一帯の樹ごと、俺の体は木端微塵にされそうだ。


 俺はそいつに背中を向けず、目も合わせず、ゆっくりと後ずさる。


 野生動物と出会った時の対処マニュアルだ。


 するとそいつはブルルッと低く声を鳴らした。


 警戒しているのかそれとも威嚇しているのか。


 まだそいつは幸いな事に牙を打ち鳴らしたり、毛を逆立たせたりはしていなかった。


 興奮状態にないならまだなんとか大丈夫そうだ。


 俺は視界の端で様子を伺いながら興奮させないようにこの場から離れる。


 こちらに敵意や害意が無いことを理解したのか、大きな猪は太い幹へと近寄るとその場で排尿し、こちらを睨んできた。


 あ、こちらあなたの縄張りなんですね、珍しいですね。ごめんなさい。


 俺は容易に言葉を発するのも憚られる状況下の中、どうか許してくれと内心で謝罪した。


 おそらくここはこの猪のテリトリーなのかもしれない。


 猪で縄張り意識を持つとは意外だったが、異世界の生物だ。


 俺の持つ常識なんてのは通用しないだろう。


 大方、さっきまで降っていた雨で臭いが流れたためマーキングし直しに来たのかもしれない。


 であれば、次からはここに近づかなければそうそうこいつと出会うことは無いだろう。


 ここ以外にこの木の実が成るところを探さねばならない。


 何回か往復するつもりでいたため、そう多くの木の実を回収できたわけではなく、十分な量すら確保できていない。


 くそぅ、あのウサギめ、どこまでも……っ。


 俺はあの場でウサギが大人しかったことであのウサギを見直そうと考えていたが、どうやらそれを撤回しなければならないようだ。


 貴重な甘味を食い尽くしやがって。


 これからまた新しく手に入るかわからなくなってしまった唯一の木の実エリアから、未練がましい気持ちを引きずりながら後退している。


 もう少しで十分な距離が稼げるはずだ。


 その間もあのデカブツは今もこちらをじっと見てきている。


 吸い込まれるようなその瞳に足が止まってしまいそうになるが意識を繋ぎとめる。


 そして俺は気づく。


 その神秘的な瞳に俺の瞳が重なってしまっている事に。


 俺は遂にその力強い目に足を泥濘む地面に縫い付けられてしまった。


 心臓が大きく跳ね続けてやまない。


 自分の犯した過ちと、あの暴力を内包する瞳に射貫かれて、脳が必死にアラートを鳴らしている。


 危機感という意味では距離が近い分、あの牡鹿を見た時よりも切迫している。


 心臓が大慌てで全身に血流を送り、すぐに体を動かせと促している。


 しかし、筋肉や神経が緊張から強張り、その指示を実行に移せない。


 俺は少し自分の呼吸が荒く感じるのを意識のどこかで感じながら、あの猪から目が離せずにいた。


 猪の牙があの牡鹿の角のように輝いた。


 ──────あっ、死んだ。


 呆気ないほどに気の抜けた声が心の中に零れる。


 猪の牙に光の玉が集まってゆくと、昼間でも目がチカチカとするほどの強い光となる。


 その後、光に輝く牙を持つ口腔が大きく開き、耳を劈くほどの怒号となって森の樹々を揺らす。


 驚いた鳥や他の小動物たちが慌てて逃げていくのが森の喧騒から伝わる。


 光、音、恐怖に襲われて顔を歪めるだけの立ち尽くした俺を猪が襲う。


 ドスン、ドスンと地が僅かに揺れるほどの重量を備えた突進。


 こんなもの生身の人間がもろに食らえば柘榴のようにはじけ飛んでしまいかねない。


 俺は逃げなければならないのに、いつの間にかナイフを片手に待っていた。


 こんなもので、いくら魔力で力を増したところで棒っ切れのように吹き飛ばされて敵わないことくらい馬鹿でもわかる。


 俺は愚かなことをしていると知っていながらも、もう間に合わないのだからと。せめて一太刀だけでも、せめて威嚇になればとナイフを構えた。


 しかし猪はそんなことなど意にも介さず尚も勢いを加速させていく。


 俺は思わず、ナイフを持った手で顔を覆った。


 しかし、思ったタイミングで衝撃が訪れることは無く、俺の横を風が通り過ぎていった。


 「は、ぇ?」


 俺は情けない声を漏らしながら風を感じてすぐに後ろを振り返る。


 「ギギィィッ──────!?!?」


 そこにはもう見慣れたゴブリンの姿があった。


 しかし俺がその姿を認めた時にはゴブリンは鋭い牙で腹を突き抜かれ、不思議な力で体を内から弾けさせ柘榴のように散っていってしまった後だった。


 猪はどうやら俺ではなく、いつの間にか現れていたゴブリンに対して咆哮を上げていたらしい。


 対象が俺ではないことに気付いて安堵するも、まだ危機は去っていない事に俺はたどり着く。


 俺は恐る恐る猪の姿を見ると、猪はまた俺の事を見ていた。


 今度こそやばいと感じたが、不思議と先ほどまでの危機感は感じられなかった。


 感覚がマヒしてしまったかと思ったがそうではなさそうだ。


 一向に襲ってこない猪の様子に俺は訝しんでいると、猪が俺の腰に下げられた葉の袋に目をやった。


 俺は縄張りの物を採った事が気に入らないのかと思い、それを取り出そうとしたが、俺がそれをする前に猪は視点を外してどこかへと行ってしまった。


 大きな緊張感から解放された俺はその場で腰を抜かして座り込む。


 「マジで死ぬかと思った」


 俺は峠を越えたことに大きく息を吐いてその場に倒れこんだ。


 今回ばかりは本当に駄目だと思った。


 二体のゴブリンと戦った時とは比べものにならない程の力量の差に戦えるなど露ほども思えなかった。


 あの突進がゴブリンでなく俺だったら──────


 そう考えただけで全身に寒いものが走る。


 俺は数分間体をそのままに呼吸と心を整えて起き上がる。


 するとすぐ傍の草むらが小さく音を立てる。


 俺はびくりと体を震わせてそちらに急いで顔を向けた。


 そこには顔を出してこちらを見ている白いもこもこ。


 その表情は腰を抜かしてビビりまくる俺をおちょくるような笑みだった。


 「お前かと勘違いして逃げ遅れたんだぞ……」


 あの猪の牙のサイズはこのウサギくらいあった。


 そしてここであいつと出会った俺は当然その時のようなシチュエーションを脳裏に浮かべて、むざむざ逃げる機会を失ってしまったのだ。


 俺が悪いのだが、こいつのこの表情を見ていたら腹が立ってきた。


 しかも、こんな風に都合よく現れて。


 「てか、お前が連れて来た訳じゃないよな?だったら洒落にならんぞ」


 「ピィウ!!」


 「へぶぅっ───!!」


 俺はまさかと思いつつも、ありそうな展開を邪推し、それを聞いたウサギは目を三角にして声を荒げ、怒り心頭といった顔でその憎たらしい後ろ足を俺の頬に突き刺した。


 そして倒れる俺をしり目に、ぷんすかと怒った様子でウサギはどこかへと消えてしまった。


 「なにすんだよあのくそウサギ……」


 俺は今までで一番痛い蹴りに頬を抑えて立ち上がり、釈然としないまま拠点へと戻った。

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