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 「知ってる天井だ」


 土の天井を見て俺はどっかで聞いたことのあるセリフを吐く。


 「あれ?違うっけ……?」


 口にしたセリフの違和感など今はどうでもいいと俺は自分のベッドから上体を起こす。


 『坊ちゃま!』


 耳元で響く大声に俺は思わず顔を顰めるとそんなことお構いなしと言わんばかりに力強く抱き締められた。


 「ティア?」


 『坊ちゃまお体は大丈夫ですか?どこか痛むところはございませんか!?』


 「いや、多分大丈夫だと思う」


 体を動かして確かめたいが、こうもがっしりと抱きしめられるとそれも叶わないからできれば退いてほしい。


 柔らかいものが当たって大変なことになりそうなんだ。


 俺は感覚を散らしたくて別の事を考える。


 「ラヴィは?」


 俺はいつもならこういう時騒がしくするラヴィの様子が見られず少し不安になった。


 エレアルドが来たところはしっかり覚えているため、あそこから状況が悪化することはないと思うが、ラヴィなら俺を叩き起こしにきてもおかしくないと思うのだが、妙に静かだ。


 『ご安心を。ラヴィならすぐそこで眠っております』


 ティアが指を差した俺の枕元、頭頂部辺りにでスピスピと寝息を立てていた。


 『時折治癒を施しながら一晩中付きっ切りで看病してましたから。魔力の欠乏症だから怪我の方は大丈夫だと何度も説明しましたが……いう事を聞かず』


 「そうか……ありがとなラヴィ」


 俺は寝息を立てるラヴィの体をそっと優しく撫でた。


 よっぽど疲れているのか、深い眠りに就いているラヴィはちょっとやそっとでは起きそうにない。


 それもそうかと戦いを振り返る。


 森から次々と出てくる侵入者があのオーガのエサにならないように連戦続きで食い止めていたのだから、その疲労具合は想像に難くない。


 「エレアルドにも感謝しないとな」


 『いいえ、坊ちゃま』


 俺が起き上がった喜びから一転、ティアの表情は一気に厳しいものへと変わり、声もどこか無機質に冷え込んでいるように聞こえた。


 『エレアルドは森の変化に気付いていながら、坊ちゃまの傍から離れる愚行を犯しました。その結果坊ちゃまのその御身を危険に晒す結果となりました。ここは厳しく罰を与えることこそが賢明かと存じます」


 底冷えするような声色。


 俯く顔は俺には見えない。


 しかしその表情が決して人に見せていいものではないことは俺でもなんとなく察した。


 それほどまでにティアの纏う雰囲気は陰険で、冷たい反面、煮えたぎるような怒りすらも伝わってくる。


 俺はティアの言う坊ちゃまなどではない。


 それを考えればエレアルドの行動に俺がどうこう言うことは出来ない。


 言うなればおかしいのはティアの方だ。


 全くの他人の俺を既に亡くなっている坊ちゃまに重ね、重たい感情を寄せている。


 最初は設定だと思っていたが、この感情はそれを大きく逸している。


 俺は俺でなく、自分の判断を重んじたエレアルドの行動の方が理解も共感もできたが、ティアのこの感情だけは全く分からなかった。


 それは心の底で怖いと感じてしまうほどに。


 「ティア、俺は無事だし、エレアルドに守られるのが当たり前だとは思っていない。それにエレアルドがどうしてここを離れたのかも理由が分からない内は糾弾するのも控えたい」


 俺はなんとかティアの怒りの感情を抑えようとそれらしいことを口にする。


 ────のろり、


そんな擬音が付きそうなほどに淀んだ表情のまま俺を見るティア。


 どんな感情なのかティアの表情を上手く拾う事が出来ない。


 『さすが坊ちゃんでございます!なんとお優しいお言葉!坊ちゃまがそう言うのであれば今回はエレアルドめに鉄槌を下すことはしないでおきましょう』


 そう言ってころりと満面の笑みを浮かべるティア。


 先ほどまでの空気はどこへやら。


 その変わり身の早さに目を剥きたくなるが、なんとか抑えてほっと胸を撫でおろした。


 「──────ピ?」


 そんな剣呑な雰囲気に当てられたのか、ゆっくり眠っていたはずのラヴィが目を醒ましてしまう。


 後ろ足で顔を掻いて伸びをするラヴィは俺を見て目を丸くする。


 「ピイ!!」


 やっと起きたか!とそんな風に言いたげに大きくラヴィが鳴く。


 俺はその声が心地よくて安心感を覚えた。


 なにせさっきまでこの亡霊が怪しいオーラを発していたため俺の心臓がホラー映画を見た時張りに早鐘を打っていたからだ。


 ラヴィが病み上がりの俺の頭の上に飛び乗り、前足で俺の頭をぺしぺしと叩く。


 『こらラヴィ!坊ちゃまは今起きたばかりなのですよ!』


 「良いってティア。─────まてまて悪かったってラヴィッ。無茶したのは謝るからもう叩くなって」


 ラヴィは結構怒っている様子で叩かれる頭がそこそこ痛い。


 俺とラヴィの様子を見てティアがフフッと小さく笑う。


 しかしすぐにティアの様子はまた真剣なものに変わり、膝を就いてしまう。


 なんでこんなに情緒不安定なんだろ。怖いです。


 『それでは坊ちゃま。私とヴァルムンドへの罰をお考え下さい』


 「……は?」


 俺は自分がなにを言われたのか分からなかった。


 『今回私は状況を甘く受け止めエレアルドの持ち場の放棄を引き留める事をしませんでした。これは坊ちゃまの側仕えである私の過失でございます』


 「いや、それは……」


 『ヴァルムンドは魔物の群れを抑えることもできず、聖地たるこの地に土足で踏み入れさせただけに止まらず、坊ちゃまを危険に危険に晒す結果となりました。臣下である我々の責は聖獣共のそれよりも重いものであると考えます。坊ちゃまどうか我らに罰を』


 急にそんなことを言われても正直困る。


 ただの一般人だった俺を急に主君と仰ぎ、自分たちを臣下と呼ぶこの状況下だけでもいっぱいいっぱいだというのに、その上で罰してほしいなど俺には荷が重い。


 なにより俺はティア達に感謝はしていても、責任を取らせたいなどとは一切考えていない。


 そう言葉にしようとするが、ティアの表情を見て諦めた。


 エレアルドへの追及よりもその表情は重たいからだ。


 言っても聞きそうにないし。


 「ならティアとヴァルムンドに罰を与えよう」


 俺の言葉にティアは深々と頭を下げて態度を改める。


 本当になんでもいう事を聞きそうだ。


 「俺を強くしてくれ。責任を持って」


 俺の言葉に顔を上げるティア。


 こんなものでは納得がいかないというのだろう。


 「ティア、正直お前のやり方は温かったよ。ヴァルムンドだって俺に気を遣ってる」


 『そ、そのようなことは』


 「いいや。お前はもっと俺に失敗させるべきだった。何度も何度も、魔術の失敗で手が、身体がボロボロになってもそれでも魔術の行使をやらせるべきだった」


 『そ、それは』


 俺は魔術の授業に於いて初級に相当する魔術の行使のみしか許されなかった。


 戦闘中以外という痛い制限は着いてくるが、その程度の魔術ならもうほぼ完ぺきに行使が可能だった。


 にも関わらず、知識を十分に蓄えたというのにそれ以降の魔術の行使を許してはくれなかったのだ。


 ティアの思惑は恐らく俺の身の安全だ。


 それは俺が戦闘に於いて魔術が失敗に終わると分かった後、さらに顕著になった。


 言うなればティアは過保護なのだ。


 「ヴァルムンドも全然俺を痛めつけることをしない。もっと俺の生存本能を刺激するような命に届く攻撃を全くしてこない」


 「坊ちゃま!そのような事を私が許せるはずも──────!」


 「─────それだ、ティア。俺はお前たちに蝶よ花よと育てられるような子供じゃない。もう二十歳を過ぎた大人なんだ。大人になりたいんだ。お前たちに守られる時間が長ければ長いほど俺は惨めになる。俺は早く強くならなくちゃいけないんだ」


 今回の戦いはどうにかギリギリで勝つ事ができた。


 しかし連戦が必要な戦況の中俺はたった一度の戦闘で力尽き、ラヴィを危険に晒した。


 自分の命だけでなく、その至らなさがラヴィの命まで脅かしたのだ。


 俺はそれが決して、受け入れられなかった。


 「今回、お前たちに責任があるとするならば、俺を子供のように扱って、俺が強くなることを妨げた事にある」


 『……坊ちゃまが、大人だと……?』


 ティアの表情はなにかに頭を殴られたかのように大きな動揺を見せる。


 「あぁ、頼むよティア。俺を──────大人にしてくれ」


 その言葉にティアが顔を暗くして俯いた。


 なにかをぼそぼそと呟いているがうまく聞き取れない。


 試しに耳に魔力を回して聴力を強化しても聞こえてくるのは言葉にならない言葉で俺には理解不能な音の連続だった。


 「だからティア。お前たちの罰は、責任を持って俺を強くすることとする」


 今のティアからは嫌な不気味さを感じるが、俺は意を決して強い口調で初めてティアに命令を下した。


 その言葉にハッとしたようにティアは顔を上げ、俺を数瞬見つめると、言葉を飲み込んで小さく頷いた。


 『その罰。私の命を賭けて成し遂げましょう』


 「頼むよ」


 『はっ』


 臣下の礼を取るティアの様子にこれでどうにかなったと安心していると、ラヴィが扉の外を見て───ピイと鳴く。


 それに遅れて反応、いや重たい素振りで顔を向けたティアが口を開いた。


 『どうやらエレアルドが坊ちゃまに用があるようです』


 半ば睨むようなティアに少し身が引く。


 やっぱりまだ完全には許せていないようです。


 そのホラー味ある顔だけはやめてほしい。


 幽霊みたいで怖い。


 あ、幽霊か。





 ◆





 外に出た俺達は森の中からエレアルドがゆったりとした脚でこちらに歩いてくる様子を視界に収めた。


 ティアが姿勢を正したまま、眼前に魔方陣を展開。


 それも俺の知識にないほどの高度な魔術。


 魔物の群れを殲滅して森の一部を切り取ったあの時の魔術と同等かそれ以上の魔術に思えるその術式に俺は慌てて制止しようとするがそれよりも早くティアの口から檄が飛ぶ。


 『主君を置いて持ち場を離れ、聖地たるこの地に魔物の侵入を許し、あまつさえその尊き御方の身を危険に晒してよくも主君の前に姿を現したのみならずおめおめとこの地の敷居を跨げたものですね』


 言葉から洩れる怒りの発露に呼応するように魔方陣が急回転し、軋むような嫌な音が大地に木霊する。


 魔方陣に込められる術式の数も質も桁違い、漏れ出る魔力ですら俺の全魔力よりもなお大きい。


 これが放たれればこの辺りいったはどうなるか俺には想像もできない。


 その魔方陣を向けられてもなお、エレアルドの様子に変わりはない。


 静かにティアの反応を待っている。


 『貴方には死を持って罰とするのが適切だと私は思っておりましたが、それを坊ちゃまがお許しになられました。今回の件は不問とします。主の慈悲深さに感謝なさい』


 そう言うとティアは魔術を解除。


 行き場を失った魔力の奔流が森中へと放たれ駆け巡る。


 ただの脅しで消耗していいような魔力量じゃない。


 これを平然と成すティアの魔力量は尋常ではなかった。


 そんなティアを無視するようにエレアルドは俺の前に歩いてくる。


 その様子にティアは苦々しさを隠すことなくエレアルドを睨みつけている。


 それも素知らぬように俺を見るエレアルドはあっちを見ろとでも言うように森の南へと顔を向けた。


 「え?──────人……??」


 そこには複数の人間が不安そうにこちらを見ていた。

その日の夜。


「な、なんだ!こんな時間にそんな恰好でいきなりなんだ!!ティア!!」


「坊ちゃまが!大人になりたいと!仰られたのですよっ!であるならばメイドたる私が筆おろしをするのが最低限のお務めでございますれば!!さぁ!坊ちゃま!私クラリティアが坊ちゃまをめくるめく大人の世界に導いて差し上げましょう!!さぁさぁ!──────」


 「い、意味がちがっ、うわっくるな!てか幽霊なのになんで触れる──────あ……あったかい」


「ピィィィィイイイイイイ!!(聖気宿したドロップキック)


「あふん──────」


 ツンデレヒロインによってソウキ(主人公)の貞操は無事に守られたらしい。





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