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赤ちゃんグッズ

本日7投目

 それからしばらくの日々は安寧、というほどでもないが、アルボラクのような強敵に出会うわけでもなく、死にかけるようなこともなく、順調なものだった。


 朝はティアから魔術の授業を受けて、昼にはヴァルムンドに稽古をつけてもらう。


 そしてそれが終わるとラヴィと共に森へと実地訓練だ。


 魔物の主がこちらの情報を得ようと動いているらしいが、必要以上に奥へと進むことは無かったため、強力な魔物に襲われることは無かった。


 俺としてはもう少し歯ごたえのある敵と戦いたいのだが、自ら危険を冒す理由もない。


 ティアに森の奥へと足を運んだと悟られれば小言を貰いかねない。


 それは正直遠慮願いたい。


 ノールくらいとは戦いとのだが、こんな浅域ではそれも望めない。


 俺は日々溜まる消化不良にもやもやしながらもこの生活を楽しんでいた。


 食事を食べ終わり寝るまでに時間のできた俺は、ティアに許可を貰って暇つぶし程度に辺りの部屋の見学をして回っていた。


 崩れて部屋数が少なくなったとティアは言っていたがそれでも部屋は余っており、俺が入ったことのない部屋がいくつもあった。


 俺は何度目かの扉を開いて中を覗いた。


 「ん?なんだここ」


 見てきた部屋のどれもが生活感のない量産的な部屋だったが、ここは少し様子が違った。


 物置のようなもの部屋だが、そのどれもが誇りを被ることなく大事に保管されている。


 雑多なものが置かれてあるが、中でも目立つのが赤ちゃん用品だ。


 中でも目立つのが中心の置かれるベビーベッドだ。


 「こんなものまであるのか」


 俺はベビーベッドの品質の高さに驚いた。


 木材でできた暖かな印象はさることながら、画一的で、なめらかで、角をゴム製品で囲った安全性にも気を遣われている。


 ふかふかのベッドに肌触りの良いシーツ。


 赤ちゃんをあやすための釣り下げ式のベッドメリー。


 「向こうにあってもおかしくない程の出来だな」


 この森の外の技術力というのは思った以上に高いのかもしれない。


 ベッドに何かが書かれているのが見える。


 赤子の名前だろうか?


 俺は目を凝らすが、字の掠れと部屋のうす暗さもあって読むことが出来なかった。


 もう少し明るかったら読めそうなんだけどな。


 俺は結局読むことの出来なかった文字から目を離すとやはりこの部屋は赤ちゃん関係のアイテムが多かった。


 そのどれもがこれでもかと大切に扱われているのがわかる。


 誇りは丁寧に払われ、虫の食われもない。


 しかしそれでも経年劣化には敵わないのかそれとも当時からなのかは分からないが細かい絵柄、文字は掠れてしまっているのが分かる。


 少し猟奇的なものを感じた。


 自分の子供が使っていたものを大切にしまうのは理解ができる。


 しかし一度しまってからも何度も何度も掃除をするだろうか。


 普通は誇りが被って、懐かしむ時だけ、もしくは記念日の時だけ家族で引っ張り出して思いでを語らうとかではないだろうか。


 家庭を持たない俺が子供を持つ親の普通の感覚を説くのは筋違いかもしれないが、俺の感覚ではこの光景に少し不気味さを感じた。


 「そういや、ティアは死んでたな」


 俺はそれを口にして少しぞっとした。


 嫌な想像だ。


 しかしティアが未練を残してこの世に踏み止まっているのは事実で、坊ちゃまという存在に固執しているのも。


 俺はそこまで考えて頭を振った。


 ティアは確かに亡霊だ。


 それはヴァルムンドも同じ。


 しかし、これまで二人は俺に良くしてくれている。


 まさかティアが悪霊───────


 「─────まさかな。そんなわけないわな」


 『何がそんなわけないのでしょうか坊ちゃま?』


 「どわあぁッ!!?」


 俺は背後から突然声をかけられて飛び上がる。


 「ティアっ!?」


 『何をそんなに驚くことがあるのですか?坊ちゃま』


 今はティアの暖かい微笑みすらうっすらと怖い。


 「お、脅かすなよ……」


 『驚かすつもりはなかったのですが……しかし、フフフ』


 ティアが奇妙に笑う。


 『坊ちゃまがこの部屋に訪れるとは────運命的なものを感じます』


 何が!!?


 俺がここに来たら何が運命的だと言うのだろうかこの亡霊は。


 もしかして取って食われたりするの?


 坊ちゃまの居場所はここです────とか言って俺をこの部屋に監禁して一生赤ちゃんプレイさせられるとか!?


 『どうです?坊ちゃま。お久しぶりにこのベッドでお眠りになられますか?』


 「いやだよ!!入んねーよ!こえーよ!!」


 やっぱり取り殺す気じゃねぇか!?


 俺は必死に叫び、一瞬魔力を動かした。


 『そ、そんなに強くおっしゃらなくても、よろしいではございませんか……』


 「うぇ……?」


 『テ、ティアはただ坊ちゃまと戯れようと冗談を……』


 「あ、冗談か。そ、そうだよな」


 『坊ちゃま、流石に坊ちゃまの年齢ですと少し痛いかと……本気にしないでください』


 「わかってるよ……ッ」


 俺は顔が赤くなるのを必死に誤魔化した。


 『ふふ。よく分かりはしませんが、坊ちゃまはかわいいですね。ベビー服を着せたくなります』


 そういうところだよ!!!


 俺は言葉には出さず拳を握り占めた。


 抑えろ俺、目の前の女は子どもに執着したメイドだ。


 そう過去の人物に固執して記憶に憑りつかれた頭のおかしくなった女の亡霊だ。


 あ、やだ。そっちのが怖くない?


 『坊ちゃまをからかうと楽しくなりますね』


 「不敬では?」


 威張るつもりはないが仮にも主君として仕えているのにその扱いはどうなのか。


 『ここはかつての坊ちゃまをお世話した道具をしまっているお部屋でございます。歳を取ると、昔馴染のものへの執着が強くなりまして。掃除を欠かせないのです』


 そういうものなのだろうか。


 しかしティアにとって本物の坊ちゃまという存在がどれほど大切かは日々の言動で理解しているつもりだ。


 自分の子ども同然のように育てたのだとここを見れば俺でも分かる。


 「悪かった。そんな大切なところに土足で上がり込んで……」


 俺は人の思い出を汚してしまったのではないかと罪悪感を感じてティアへと謝る。


 それをティアはなんともないと言いたげに笑った。


 『私が部屋を覗いて回って良いと許可したのです。それに私は坊ちゃまのメイドにございまし、この部屋は元より坊ちゃまのもの。坊ちゃまの好きにしてよろしいかと』


 それは流石に……。


 ティアは俺の事を本当の主君のように扱ってくるが、ティアがどれだけその坊ちゃまを愛しているかを知る度にティアの言う本物の坊ちゃまに抱える罪悪感が大きくなってしまう。


 「あまり気を悪くせずともよろしいかと……そうすれば他の者も喜ばれますから」


 ティアは目を閉ざし、何かを祈る。


 ここにいた人達だろうか。


 いくらティアが俺を設定として主君と崇めても、ただの異世界人の俺がここを好きに使うのは気が引けた。


 俺は自分の軽率な行動を反省し部屋を出る。


 「大きな声出してごめんティア。それとおやすみ。もう寝るよ」


 妙な程精神的に疲れた俺はあくびを掻いて就寝することを伝える。


 俺の言葉を聞いたティアは嬉しそうに朗らかな表情を浮かべる。


 『坊ちゃまが眠りに就くまで私がガラガラであやしてみせましょうか?』


 「そういうのいいから!」


 俺はまた少し寒気を感じて部屋へと戻って嫌がる素振りを見せるラヴィを無理やり抱えて眠りに就いた。


 心底暴れられたが、観念したのか俺より先に眠りにこけていた。





 ◆





 メイド────クラリティアが一人物置部屋へと残り、赤ちゃん用品をぽつりと眺め続けている。


 スーっと足を動かすこともなくベッドに近づきシーツを撫でる。


 懐かしむように、執着を見せる。


 『坊ちゃま。坊ちゃまにまた出会えると信じておりました。ティアはずっとまっておりました。ずっとずーっと。私の可愛い∑≠レ¤キ‡』


 その夜クラリティアが朝までそこから離れることはなかった。

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