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魔術が思ったよりも理系で大変

本日4投目

 ここに来てから数日が経過した。


 朝、俺は日課の素振りをして朝食が出来上がるのを待つ。


 自分がしてもいいのだが、ティアがこれは自分の仕事だと言って譲らないのだ。


 それにここは調理のための設備が整っており、森の恵みに詳しいティアが選りすぐった食材で作る料理は俺が雑に焼いただけの物と比べた雲泥の差があるのだ。


 美味しい食事を食べられるのだから、俺が出しゃばる必要はないだろう。


 程よい汗を掻いた俺は地下にある食堂へと入る。


 食堂と言ってもそう大きなものではないが、調理器具一式に複数のテーブルが用意されており、当時の人の多さが伺える。


 『さぁ、坊ちゃま。食事の用意が出来ております。今日の献立は猪肉のスープとパンを用意させていただきました』


 焼くしかできなかった俺の料理とは違い、ティアの料理はこうしてスープ作れてしまう。


 それは調理器具の有無の差でしかないかもしれないが、問題はパンだ。


 「まさかサバイバル生活してた俺がパンを食べられるようになるなんて思いもしなかったよ」


 しかもこのパンは白パンであり、中世を代表するような固い黒パンではない。


 俺は掴んで引っ張ればもっちりと千切れるパンに感動を覚える。


 味は向こうの物とそう変わらないかもしれない。


 芳醇な香りはより食欲を掻き立てるし、顎の疲れない柔らかさは、ゴブリン肉に慣れてしまった俺の口には大変優しかった。


 そして、スープを一口飲んで息を吐く。


 やはり塩を使った料理は最高だ。


 何かの幼虫も僅かに塩味を持っていたが、それでもスープに使えるほどのものでは到底なかった。


 剣を振って、そして森の中で戦って、サラリーマンをしていた時とは比べ物にならないほどに汗を掻くような生活になった今の俺は常に塩分を求め続けていた。


 それがここに来て、初めて塩の味付けを味わった時は感動し、それ以降体の調子もいい様に感じている。


 朝も素振りで汗を掻いて体から塩分の抜けた俺にはこのスープの味が天下一の味にも思えてしまう。


 それくらいティアの味付けは俺の体の調子を考慮した上での味付けになっており、俺が黙ってティアに料理を任せている理由の一つだった。


 俺もいずれは料理を学ぶべきなんだろうけど、今しばらくは甘えていようかな。


 ラヴィも肉は食べられないが、パンは食べれるようだ。


 向こうの兎はパンで腸内にガスを溜めてしまうため厳禁だが、ラヴィは違うようだ。


 はじめ焦って吐き出させようとして追いかけっこになった。


 しかし時間が経っても調子が崩れない様子から俺の早とちりだと知った。


 素直にラヴィに謝った時、不思議と機嫌の良いラヴィはすぐに許してくれた。


 いつもならドロップキックだっただろうからその時ばかりはラヴィの機嫌に救われた。


 「そう言えばパンがあるってことは麦の栽培を行っているのか?」


 俺は気になっていた事をティアに聞いた。


 『ええ、聖獣のテリトリーの中に麦畑を営んでおりまして、このパンはそこで作られた麦を原料にしております』


 「ふーん」


 何もない自然ばかりだと思っていたが、人工物もどうやらあるようだ。


 それも昔に人が住んでいた時の名残だろう。


 その人達がいたから俺は今こうして美味しいパンにありつけているのだから感謝しないとな。


 俺は心の中で感謝の気持ちを抱き手を合わせる。


 「ごちそうさまでした」


 それを見るティアの眼差しは妙に温かい。


 「俺のいた地域ではこういった風に食事に感謝を伝えるんだ。食材となった動物や植物に、それを育んだ人や自然に。それと作ってくれた人にもな」


 目の前でそう説明するのは少し恥ずかしい。


 『とても良い文化かと……うぅ』


 そしてさめざめと泣き始めるティア。


 こんなことで一々泣かないでほしい。


 本物の坊ちゃまは本当にこんな良い執事に素っ気なく接していたのだろうか。


 高貴な身分の人間の考えることは分からない。


 そして食事を終え、いつものように座学を始めた。





 ◆





 いつものように魔術の基本理論や必要な単語を学んでいく。


 ティアいわく、効果の増大、効率化を図るのなら魔術の歴史、魔術の用語、成り立ちや背景も頭に詰め込む方が良いらしいが、今の俺はその段階に立っていない。


 早く実用的な魔術を習得して力をつける必要があるため、その部分を省いて魔術行使に必要最低限度の事を教えてくれているようだ。


 『魔術の安定化を図る際に魔術師が行う事がいくつかございます。それが何か分かりますか?』


 俺は今までの授業を思い出す。


 直接的なことは言っていなかったが、その内容から俺は辺りをつける。


 向こうの捜索でもお馴染みだったように思える。


 「口に出すとか?」


 『流石坊ちゃまは呑み込みが早くて助かります』


 どうやら正解だったようだ。


 それにしてもティアはところどころで俺に甘い。


 こうして事あるごとに俺を褒めてくる。


 あまりこう言う経験はないので少し気恥ずかしい。


 『坊ちゃまの言う通りに、術式を補助するための魔術に名前を付けたり、術の中心である神源文字の名を口に出すことが有名で、詠唱とも呼ばれます。それ以外にも術の起こす現象に因んだ物品、神に由来する物品を使って補助とするケースもございます。イメージが大切という者もいますが、そんなものは魔術を自分の手足のように扱える天才が言い張るもので、凡人には気休め程度にしかなりません。それよりも大切なことは五万とあります』


 魔術というのは緻密なもののようだ。


 例えるなら向こうの世界での物理学や化学に近いもののように思える。


 確かにそう言った科学の中に存在する数式を見ずにイメージを大切にしろなんて言っても実験が上手く行くはずもない。


 だが口に出すなり、由来品も持つことで成功率が上がると言うのだから科学よりかは融通が効くのかもしれない。


 成功をイメージして上手く行くというのは科学者というよりもどちらかと言えばスポーツ選手に近い存在だ。


 科学をスポーツのように扱うと考えると確かにそいつは天才だ。


 まるで感覚が違うのだから当然だ。


 『当然熟練した魔術師は高度な魔術でもない限り詠唱を行いません。それだけ時間を無駄にしますので』


 「まぁもっともだよな」


 俺も一応は戦いに身を置いている。


 特に投擲以外近接しか取り柄のない俺は一瞬一瞬の時間がどれだけ大切かを身に染みて理解しているつもりだ。


 魔術師が悠長に詠唱なんて始めたら、脚に魔力を回してスッと言ってズドンだ。


 それだけで終わる。


 『しかしそうでない魔術師はそんな事を言っている訳にもいきません』


 それもそうだ。


 『故に魔術師は基本、前衛に戦士を置いて後衛に徹する戦いを致します』


 合理的だ。


 そしてそれは向こうの世界のファンタジー作品でも変わらなかったように思う。


 『何が言いたいかと言いますと。坊ちゃま、発音があまりよろしくないかと』


 ELTの、ノンノンと発音の違いをジェスチャーされた学生時代を思い出すな。


 この世界の言葉なのだから確かにそれもそうなのだろう。


 ティアの発音が時々聞きなれない言葉を出しているときは決まって魔術の単語の発音時だった。


 うん?すると今話している日本語はなんなんだ?


 てかどうしてティアは日本語を話しているんだ?


 ご都合主義というものだろうか。


 それともなにか魔術的なものなのだろうか。


 俺はティアにそれを聞こうとしが滔々と熱弁をしているティアには聞けそうにはない。


 また今度にしよう。


 『では坊ちゃま。繰り返してくださいませ。【フェル】』


 「ふぇる」


 『違います【フェル】』


 どう違うのだろう。


 ティアが人差し指を立てて首の動きに合わせて横に振る。


 それやめて。


 「ふぇ【フェル】」


 『今のはいい感じですね。もう少し下唇をかむように【フェル】』


 「う、ふ【フェル】」


 『それです!それなら十分にネイティブも聞き取れるでしょう!』


 俺は突然始まった英会話に手を焼いたが、どうやらいい感じらしい。


 しかしネイティブって。


 世界観が怪しくなるからやめてほしい。


 俺はその日の授業は他の神源文字や各種用語の発音に時間を取られてそのまま時間を迎えた。


 この日は何とか聞いた言葉をすぐに返す形で発音したため合格を貰えたが、正直定着したかどうかは怪しい。


 繰り返して耳が鳴れるまで大変な気がした。


 『今日の授業はこの辺に致しましょう』


 俺は向こうの学生時代を思い出すような授業の形態にぐったりと机に突っ伏した。


 『お疲れのところ申し訳ありませんが、坊ちゃまに紹介したい人物がおりますゆえ、付いてきていたでけますか?』


 俺はそう言ったティアに大人しくついていくことにした。


 階段を上がり、外に出るとそこには鎧の人物が大量の麦を蓄えた袋を持って立っていた。


 『かつてこの地下神殿に仕えていた聖堂騎士のヴァルムンドでございます。この者も私同様に体が既に朽ち果てております』


 そう紹介された亡霊騎士は俺の前にやってくると膝を着いて頭を垂れる。


 どうやらこの人も無き主君を俺に見立てているようだ。


 俺はどう反応していいか分からずにいると騎士は立ち上がり、頭を下げると仕事に戻っていった。


 見るからにあの騎士が稲刈を行っているらしい。


 俺は騎士のする仕事なのかと首を傾げる。


 『休憩を挟みましたらあの者に剣の稽古をつけてもらうといいでしょう。あの者もかなりの腕前ですゆえ、坊ちゃまのお力になれるかと』


 あの鎧の騎士が俺の剣の師匠になってくれるらしい。


 俺の剣は全てが我流であるため強くなるには効率が悪いと思っていた。


 ティアの提案は俺にとってかなりありがたい事だった。


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