魔物のテリトリー
本日3投目
次の日、ここに来た初日から過ごしてきた拠点とはお別れを済ませ、ティアと呼べとうるさいクラリティアという亡霊の元まで再び戻って来ていた。
木々の拓けた森の広間の中央へと足を運び、一応土をかけてカモフラージュをし直して隠した入口を開ける。
うす暗い階段を進み、下へと降りる。
『お待ちしておりました坊ちゃま』
この立派なたわわを携えた半透明の亡霊こそが俺を坊ちゃまと呼ぶ変な亡霊で、その亡霊の未練を叶えるため俺はこのティアの設定に付き合っている。
『お部屋の支度はすでに整えてございます。さあ、こちらへお越しくださいませ』
礼儀作法のしっかりした人間にこうも下から来られると萎縮しそうになるが、これもこの人のためだ。
俺はそう思い、ティアの案内に従う。
連れて来られたのは広々とした一室。
当然地下であるため壁は全て土でできているが、それでも住み心地は悪くなさそうだ。
むしろ今までのあばら家に比べれば豪邸とも言える。
部屋の中央には切り出し石の椅子と机。
壁にはランタンのようなものが二か所に備え付けられており、使い方は分からないが夜も明るく過ごせそうだ。
そして何より部屋の隅にはダブルベッドくらいの大きさの寝台が置かれている。
残念なことに土台のみで寝具がないが、いずれ準備すれば久しぶりの快眠が期待できるだろう。
『申し訳ございません。かつては綺麗な寝具を揃えていたのですが、何分それも昔のこと。朽ちて使い物にならなくなっておりましたので』
「いや、十分ですよ、あ、いや十分だ」
まだ少し慣れないのは出来れば許してほしい。
だからそんな寂しそうな顔はしないでください。
いや、しないでくれ?
心の中でもため口で慣らした方が良さそうだ。
「ティア、この地下はどれくらい広いんだ?」
『昔は多くの教徒達が住んで居りましたから、かなりの広さと部屋数を有しておりました。しかしそれも多くが土に埋もれてしまい、今ではあまり部屋もございません』
話によると地下が崩れてしまったらしいのだが、ここは大丈夫なのだろうか。
『不安になる気持ちもお察ししますが、ご安心を。残った部屋はこのティアが魔術で強化を施しておりますので、そのご心配は必要ありません。坊ちゃまの身はこのティアがお守りいたします』
……重たい。
しかし、ありがたいのも事実だ。
この森の中で外敵に怯えず過ごせる立派な地下居住区を守ってくれると言うのだからここは甘えておくべきだろう。
「ありがとう、ティア」
俺は素直に感謝を伝えた。
すると、ティアは俯いて黙り込んでしまった。
「ティア?」
俺は何か気に障るような事を言ったかと不安になり、ティアに声をかけると彼女の方が少し震えていることに気付いた。
『ぅ、ぅう。あの坊ちゃまがこのティアに感謝を仰る日が来るとは……ティアは感激でございまず!!』
あのではない。
鼻を垂らして泣くティアに俺は少し身が引けた。
なんか少し怖い。
それにしても、こんなに世話好きな良いメイドなのに生前の本物の坊ちゃまは感謝の一つもしなかったのだろうか。
なんとも酷い主君だ。
◆
俺は自室となった部屋に荷物を置いてティアとこれからの事を話し始める。
ここで生活をするにあたって話を詰めなくてはならない。
魔術を学び、力をつけ、そしていずれはこの森を出るための準備期間。
そのための話し合いだ。
『ぼっちゃまは今自分がどの程度の強さかはご理解しておられますか?』
ティアのそのセリフに俺は少し考える。
今まで戦った中で最も強かったのは大猿だ。
あれから訓練も欠かさず積んでいるし、魔力の運用も上達した。
特に大猿が応急処置のように魔力を固めて出血を堰き止めたあの運用の仕方も身になりつつある。
なにより一度戦ってその攻撃パターンというものを学び、イメージトレーニングも繰り返している。
一対一でまだ完全に勝てるとは言い切れないが、それでも互角には戦えるはずだ。
「以前に俺よりも背丈のある猿と戦ったことがある。その時はラヴィと協力してなんとか勝つことが出来た。取り巻きの邪魔は確かにあったが、無くても互角だったと思う」
ラヴィの状態が万全だったらもっと楽だっただろう。
しかしそれでもあの時の俺とラヴィではせいぜいが互角。
僅かな勝率を掴み取ったに過ぎない。
「ピィウ!」
もう負けないと自信を口にする、膝の上のラヴィの背中を撫でる。
「あぁ、今の俺達なら負けないな」
そういうとぺしっと手を蹴られてしまった。
なんだこいつ。
『アルボアの首領種であるアルボラクですか』
物知りな顔なティアが俺を見る目を細めた。
『坊ちゃまはアルボラクの事をどの程度ご存じでいらっしゃいますか?』
「どの程度?樹上からの急襲攻撃が厄介なのと、皮膚が硬いことと……あとは性格がめちゃくちゃ悪いことくらいだな」
『そうですね。確かにそれもアルボラクの特徴の一面ではございます』
含みのあるティアに俺は問う。
「違うのか?」
『違うということではありませんが、アルボラクの最も厄介なところはその慎重さでございます』
「慎重?」
『えぇ。アルボラクはずる賢く、慎重で、計画的なのでございます』
「計画的?なんかどれも腑に落ちないな」
俺はいまいちピンとこなかった。
「慎重な奴がラヴィをいたぶるか?」
「ピイッ」
ラヴィも思い出したのかご機嫌斜めだ。
『未覚醒の聖獣は珍しいですから。まだまだ覚醒には至らないと判断したアルボラクは強さを測っておきたかったのかもしれません』
「魔物がそんな……?」
確かに知能は高かったがまるでデータを取るような行動に俺は怪訝に。
しかし思い返すとだんだんと、アルボラクだと名の判明した奴の行動に意味があることに気付く。
初めにアルボアという取り巻きをぶつけ、こちらの消耗と戦闘パターンの解析し、群れとしての機能を失う前にアルボアたちを下げ自身が参戦。
不利だと判断すれば、まだ見せていなかった急襲を始め決定打に成功。
自分の危機には迷わず取り巻きを消費し確実に止めを刺しに来た。
あの時、ラヴィが覚醒を果たしていなければ敗れていたのは俺達の方だろう。
動きを振り返って見れば終始奴の手の平の内だったと理解ができる。
しかし。
「でもどうして」
俺は疑問を口にした。
あれだけ強いのだ。
もう少し力づくになっても良さそうなものなのに。
ラヴィをさっさと倒したっておかしくない。
なんせあの牡鹿や猪の同類でそれと同等の力に目覚めるかもしれない危険対象を、さっさと消したいという方が自然な感情だと思う。
あまりに慎重すぎる。
それは動物としては個体の弱い人間が学習を繰り返して知識と知恵で今の立ち位置に君臨した向こうの世界のように。
「まさか……」
俺は少し嫌な想像をしてしまう。
『えぇ坊ちゃまの危惧の通りでございます。アルボア達の首領種アルボラクは群れを率い、樹上に隠れ、そして観察と学習を欠かさないという厄介な習性を持っております。それは自分たちの弱点を補うため。そうアルボラクはこの森に於いて弱者の立ち位置にいるのです』
流石に自分がこの森の中での強者になったつもりはなかった、
それでもアルボラクを倒せる程度にはあの川の周囲、そこから少し奥へ進んだ魔物達の生息域でも苦労することは無くなっていた。
それなりに強くなっていると思っていたし、アルボラクもあの周囲一帯で最も強いのだから、この森の全容を知らないとはいえ、強者の部類に位置しているものと思っていた。
しかしそれが今、真っ向から森の弱者であると伝えられ、俺は動揺を隠せずにいた。
アルボラクが学習故に強いと表現されていたら俺はここまで動揺しなかっただろう。
しかし、真実は弱さを補うための習性であり、それを踏まえた上でも弱者という括りであるというのだ。
これが動揺を隠せずにいられるか。
『この森はいくつかのテリトリーに分かれております。私も全てを把握しているわけではごさいませんが。その一つに聖獣たちのテリトリーがございます』
「聖獣……」
そうだ聖獣がいる。
俺が知る強さランキング堂々の一位タイがあの二体の聖獣だ。
『安心を。聖獣はこの森の中に於いても強者でございます』
俺は一先ず胸を撫でおろした。
そして俺はラヴィに視線を落とす。
「ピィウ♪」
ティアの言葉と俺の視線の意味を理解したのか機嫌を良くしている。
撫でようとするが体を捩じって避けられる。
なんだこいつ。
『そして聖獣のテリトリーには滅多に魔物が侵入することはございません。まぁ例外も存在しますが』
ゴブリンのことだろう。
『自然と周囲には弱い魔物が多くなり、聖獣のテリトリーから離れるほどに、魔物の強さは増していきます』
俺がアルボラクに出会ったのは猪の聖獣のテリトリーからそう離れていない、弱い魔物が中心のエリアだ。
多少の誤差はあるかも知れないが、アルボラクの強さはその程度という事だ。
『そして、テリトリーを構えるのは聖獣だけではございません。それは魔物も同様、強力な個体がテリトリーを構えており、数に於いては魔物のテリトリーの方が多くなります。そして下手をすると聖獣よりも強力な魔物の存在がいる可能性も否定はできません』
気が滅入るような話だ。
もし、この森を出るために森を突っ切ろうとしたら聖獣よりも強い魔物にかち合う可能性があるというのだ。
実質的には幽閉だ。
『しかし、坊ちゃまには戦いの才能がございます。ここでしっかりと力を蓄える事ができれば外の世界に出る事が出来るかもしれません。そのために、まずはしっかりと魔術の修練を熟すことをお勧め致します。坊ちゃまには魔術の才能がございますから。この森の中でも強者になるのは夢ではございません!』
熱弁を披露する暑苦しいティア。
俺はアルボラク以上の強さの魔物がこの森の奥にはうじゃうじゃいることを考えて気分が沈むが、ティアの前向きな言葉を聞いたら少しはマシな気分になった。
ラヴィはティアに少し不機嫌そうな目を向けているが、やはり動物は声がうるさい人間が嫌いなのだろうか?
俺はフェイントを入れてラヴィを撫でた。
少し撫でさせてくれた。
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