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嘲笑とツンデレ兎のあの日

本日3投目

 一対一の戦いでなら勝てると思っているのか、大猿は樹上からの急襲攻撃をやめ、俺と同じ目線に立っている。


 地に足の着いた戦いはウサギによる脚の負傷によって厳しいのではないかと思ったが、既に大猿の脚の血は止まっている。


 完全に機動力を取り戻したわけではないだろうが、それでも俺と真っ向から戦う判断をする程度には回復しているようだ。


 いくら何でも回復が早すぎると思ったが、よく見ると、患部に多くの魔力を固めるようにして集めているのが分かる。


 筋組織を補ったか、回復力を高めているのか、それともただの血止めかわからないが、効果的な魔力の運用のようだ。


 俺はウサギの前に立ち、ロングソードを構える。


 大猿は自分から仕掛けてこない。


 俺は自分から攻撃を仕掛けることにした。


 十メートルほどの距離を一呼吸の内に詰める。


 ロングソードを上段から振るう。


 大猿はそれをこん棒で受けた。


 現状で振るえる全力の一振りは体躯の優れる大猿にとっても強い衝撃のようで、受けた体が後ろへと傾いだ。


 大猿は一歩後ずさり、態勢を整える。


 全力の攻撃を真正面からまともに受けられたせいか、衝撃が自分にも伝わり、手が痺れる。


 先に硬直から立ち直ったのは素の身体能力に優れる大猿だった。


 ロングソードを構え直そうとする俺よりも早く攻撃をするため、大猿はこん棒での攻撃でなく、己自身の武器での攻撃を選ぶ。


 フックのように横から迫る爪腕を何とか柄で弾く。


 攻撃手段は大猿の方が豊富で、予測が難しい。


 対して大猿は唯一自分を傷つけることのできるロングソードにだけ注意を払えばいいだけだ。


 大猿が負傷しているとは言え、こちらがかなり不利な状況には変わりなかった。


 バネに優れ、リーチに優れ、豊富な手段を擁する大猿に俺は攻めきれずにいた。


 大猿も最初に比べ機動力が削がれているため、目に多く魔力を回さなくて済むのが唯一の救いと言えた。


 攻撃のための魔力分配を落としてしまえば先ほどのカウンターのように無駄に終えてしまうからだ。


 俺と大猿の交錯が幾度となく繰り返される。


 視線を交わし、武器を交わし、命を交わす。


 お互いがお互いの隙を見逃さぬように目が動き続ける。


 手が痺れるほどの力の籠った武器の衝突は、空気を揺らし、死を思わせる。


 死を目前にしてなお一歩を踏み込み、命の鼓動が迸る。


 お互いに体は限界を迎えつつあった。


 俺も正直、音を上げたい気分だ。


 しかし、大猿の表情はどこか余裕が見られた。


 それはウサギを倒した後に見せた下卑た表情のままだ。


 戦いは続く。


 視線を躱し、武器を躱し、死を躱す。


 お互いが自分に生じた隙を隠すように視線誘導や武器による攻撃で致命を避け続ける。


 隠しきれない隙を誤魔化すためのガードは一方的に負担を被る悪手。


 多少の痛手を負おうが、無理な態勢を取ってでも攻撃は避けなければならない。


 俺の体の近くを通るこん棒は風圧だけでも全身に圧が掛かる上、爪は掠めただけでの血が噴き出す。


 まさに半歩先は死だった。


 それは大猿も変わらないようであちこちに切り傷を負っていた。


 互いが互いに致命足らしめる一撃を振り続けている証であった。


 死を隣合わせに、一瞬の隙と判断ミスの許されない戦いが続く。


 俺が大猿の隙を見つけそこに剣を差し込む。


 大猿はそれをかなり無理を言わせて避ける。


 今のは傷を少し負ってでも動きを最小限にするべきだった。


 突きの姿勢に刀身が寝たままのロングソードをそのまま引き戻す。


 引き戻した姿勢のまま、一歩を踏み出すとロングソードを少し傾けただけの握り手は体の後ろに位置し、すぐに次の切り払いの動きに移行ができる。


 最小限の動きでの連続攻撃。


 大猿の態勢が崩れた瞬間、咄嗟に閃いた連撃。


 これだから、大猿は傷を恐れて態勢を崩すべきではなかったのだ。


 俺は殺ったと思ったその時、大猿はその表情をより不快なものにしていた。


 俺は視界の隅に何かが飛来してくるのを察知。


 俺は咄嗟に体を90度傾け飛来物を切り払う。


 そこには大猿の部下である小猿が真っ二つになり、地に伏していた。


 「───ッ!?


 やられた。


 そう思った。


 俺は命に届くはずだった攻撃を雑魚一匹に使わされ、大猿に横っ腹を晒してしまう。


 「ぴぃぃっ───!!」


 聞こえてきたウサギの警笛は途中で搔き消えた。


 俺は大猿の爪腕に空いたわき腹をもろに殴り付けられる。


 全身に信じられない程のエネルギーが暴れ回り、一瞬の内に視界がブラックアウト。


 樹にぶつかった衝撃など痒いと思えるほどに大猿の振るった腕はとてつもないものだった。


 「───かっ……は」


 視界が消えたのは一瞬だけだったが、身体は満足には動いてくれない。


 全身の痛みに呼吸が吐き出され、窒息を嫌がる肺が呼吸をすれば広がる痛みにまた息が吐き出される。


 俺の体はエラーを起こしたような同じ動作に苦しんだ。


 ウサギの必死な声と共に足跡が聞こえた。


 戦いの中で聞きなれた足音。


 腕を振るおうとする時とこん棒を振るおうとする時で僅かに音が違う癖をもつ大猿の足音だ。


 「お前の顔、マジで不快だわ……」


 してやったりと歪に笑う大猿が俺の前に立っていた。





 ◆





 兎はこの森で、祝福されて誕生した。


 生まれてまだそんなに歳月を経ていない子どもだった。


 兎の仲間はここを離れてはいけないと言う。


 どうして自分はここに生まれたのか、どうしてここから離れてはいけないのかはわからない。


 しかし、何か自分に使命があるのだと、なんとなしに理解していた。


 はっきりとしない不透明な使命感に最初は焦りのようなものを感じていたが、今では鳴りを潜めていた。


 ここでなんとなしに生きていくのだろうと兎は考えながら生きてきた。


 そんなある日、兎は森の中で新種に出会った。


 この辺りでも良く見かける二足の魔物に形は似ている。


 しかし肌の色も違えば背丈も違う。


 緑の魔物にも大きな種類は存在するも当然それとも違った。


 しかし、そいつの身体の中からあの魔物同様に不快な臭いを感じ取った兎は、これまでと同様に狩りをすることに決めた。


 その新種は慌てたようにナイフを構えるがあまりにも不格好だった。


 速さに自信のある兎は遊んでやろうと突進を繰り返す。


 最初はそんな軽い気持ちだったが、足は遅くとも森の環境を利用して巧みに逃げるその新種に苛立ちが募り、兎は少し本気を出すことにした。


 遂にそいつの背中を捉えようとした瞬間、突然目の前から消えた。


 目で追えばそいつは何かに躓いてこけてしまっていたのだ。


 反射で体をその方向に向けてしまった兎はあろうことか勢いをそのままに、新種の背中ではなく、太く硬い立派な樹に深々と角を突き立ててしまっていた。


 兎は慌てたように体を動かした。


 しかし思ったよりもしっかりと刺さっている角は抜けず、足で蹴って抜こうとしても絶妙に届かない。


 兎は新種がニタァ───と、笑みを浮かべる表情を見て大慌て。


 どうしても死にたくない兎は最後の抵抗で目に涙を溜めて見せた。


 どうしてそんなことをしようと思ったのかはわからない。


 どうして簡単に涙が出てきたのかはわからない。


 しかし恐らく効果的だと言う確信が兎の中にはあった。


 しかし新種は躊躇って素振りを見せた後兎を騙したように態度を一変させた。


 兎は遂にダメかと断末魔をあげた。


 しかし一向に襲ってこない新種の握るナイフに恐る恐る顔を上げると新種は深いため息を吐いて何かをいっている。


 恐らく、なんで襲うんだ?と言うような感じだと兎は理解した。


 なぜ襲うのかなど、兎からしたら不法侵入のようなものだからだ。


 自分のテリトリーに不快な臭いを立たせる奴が来たら排除する。


 仲間もやっている事だ。


 兎は今まで当たり前のようにやってきた事を疑問に問われ首を傾げた。


 すると新種は兎を殺すどころか兎の角を樹から引っこ抜いて助けて見せたのだ。


 そして兎の体に新種の手が触れた時、どこか懐かしいような温かいものを兎はその身に感じた。


 これが何なのかはわからない。


 しかし不思議と不快ではなかった。


 兎はその新種が自分を助けた事もあり、他の侵入者とはどこか違うのだと理解した。


 心は不思議と踊っている。


 こんなのは初めてだった。


 楽しい気分になるが、このまま帰ってしまっては兎の沽券に関わる。


 自分より明らかに弱い新種に助けられたのだから当然だろう。


 兎はちょっとした腹いせに去り際に新種のその脚を蹴ってやった。


 痛がる素振りを見て満足した兎は楽しい気持ちをそのままに明るく鳴いて新種の傍から去っていった。


 その後も時々新種の様子を伺うようになった。


 何かを探す新種の姿を見かけて、観察し、なにか入れ物を探しているのだと察した兎は新種にそのありかを優しく教えてあげたり。


 無警戒に寝入る新種の面白い顔を眺めたり、仲間の姿にビビり散らかす新種をからかったりと気付けば新種の近くで生活することが多かった。


 そんなある日、新種が大きな緑の魔物に襲われているのを見つけた。


 兎はすぐに助けに入ろうかと迷う、しかし森の基本的なルールは独力で生きる事だ。


 それを知っている兎は戦いの様子を伺った。


 結構いい勝負をしているため、自分の手が必要ないかもしれないからだ。


 そしてなにより、新種の顔が邪魔をするなと語っているような気がしたのだ。


 兎はギリギリまで様子を伺った、


 しかし遂に敵の拳が新種の腹を捉え、止めを刺そうとしているのを見て、兎は全身の力を突進に乗せた。


 しかし助けたにも関らず新種の反応はいまいちだった。


 むしろ敵である大きい緑の魔物にどこか申し訳なさそうな表情を向けていた。


 納得がいかず、新種の脚を何度も蹴った。


 新種は謝って見せるが気持ちはそう簡単には収まらない。


 最後に一発かましたら許してやろうとしたらそいつはとんでもないことを言い始める。


 「もしかしてさ、お前、ずっと俺の事見てた?」


 その言葉に兎は体が跳ね上がってしまった。


 全身の毛が逆立つほどに。


 壊れたように声が漏れ出す兎に新種は止めとなる発言した。


 「うん?そうなるとあの猪の時も俺の事心配して見に来てくれたとか?」


 「ぴゃぁぁぁぁぁぁあああああ!!!!」


 人間だったら顔を真っ赤にしていただろう兎は誤魔化すように新種の頬に両足を叩きこんだ。


 顔を合わせるのも恥ずかしい兎は振り向くことなくその場を去った。


 その後はしばらく平穏に生活しているのを兎は確認していた。


 しかしある日、新種が活動範囲を広げるように移動するのを見てしまう。


 そこは兎でもあまり立ち寄らない森の深い部分だった。


 兎の実力なら大した敵はそう多くないが、新種の場合は分からない。


 見守る日々がしばらく続いた。


 しかし新種はどんどんと魔物達と同じ力の使い方をものにしていき、ここら辺の小物相手ならなんら問題ないだろうと確信した。


 最初に苦戦した猪でも今なら余裕を持って戦えるだろうとも見て取れる。


 兎は安心を浮かべた。


 新種は問題ない。


 しかし新種に気を取られるばかりで自分のことがおざなりになっていたのをこの時の兎はまだ気づいていなかった。


 新種の観察の傍ら面倒な数の猿たちを相手に立ち回る兎。


 いつもより数の多い猿たちに嫌気がさしていたその時、そいつが現れた。


 群れが巨大化した原因である猿たちのボス。


 兎もまだ見たことのなかった大きな猿の姿をした化け物だった。

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