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猪のレバーは過熱しろ(他はしなくていいとは言ってない)

10投目

 心臓が跳ねる。


 トラウマが蘇り、死が過る。


 勝ち目など全く感じることのできなかった相手が再び俺にその鋭い視線を向けている。


 あの牙が俺を突き刺せば、あの時のゴブリンのように体が中から四散してしまうのだろう。


 あいつが俺に牙を突き立てる嫌なイメージが浮かびあがる。


 しかし、俺はそのイメージに浮かんだ現実との差異に気付いて、目の前の猪を注意深く観察すると、それがあの時の猪とは違う事に気付くことが出来た。


 最初に気付いた違いはその体躯だ。


 この猪はあの時のものよりも一回り小さいうえに毛色も違う。


 記憶にある猪は金毛に近い茶色をしていたが、こいつは黒に近い藍色だ。


 そして神秘的な光を操っていたのに対し、それとは正反対。


 こいつはゴブリンのような禍々しさをその身に宿している。


 トラウマを植え付けたあれとは違う。


 そしてなにより、絶対に勝てないというイメージがこいつからは感じられなかった。


 俺はそれに気づくとふと体が軽くなるのを感じた。


 戦うか?


 俺は自分に問う。


 俺の体を縛るトラウマは次第に身を潜めていき、それに伴って戦意が漲ってくる。


 俺は体をロングソードを構え、集中を高める。


 「丁度新しい食材探してたんだ。来いよ」


 俺に向かって、挑発に身を震わせた猪が、頭を低くして突進してくる。


 早いが、記憶の中のあいつは目で追うこともできなかった。


 それと比べれば大したことは無い。


 俺はその突進に合わせてカウンターを狙う。


 眼前に迫ったところで半身にしてロングソードを振りあげる。


 「いっ……!」


 直撃しないように避けたにも関らず、猪は一瞬で軌道を修正。


 俺はなりふり構わず横へと転がりなんとか避けることに成功した。


 「猪突猛進じゃないのかよ!」


 あんな鋭く曲がられてはたまったものではない。


 反応が遅れれば今頃俺は腹を牙に貫かれ、どこかの樹にぶつかってお陀仏だっただろう。


 「ブルルルルル」


 避けられたのが気に入らないのか、猪は喉を震わせて不満を露わにしている。


 勝てない相手ではないはずだ。


 しかし大ゴブリン同様にひりつくような戦いになりそうだ。


 俺は乾いた唇を舐め、剣を構える。


 猪が再び突進してくる。


 俺はもう一度カウンターを狙うが、先ほどと同じ結果に終わった。


 俺も猪も一撃を加えられないまま戦いが長引いていく。


 数度の交錯を繰り返しお互いタイミングを図り、一撃を狙う。


 単調な戦闘。


 しかし交錯の度に猪の牙は着実に俺へと近づいてきていた。


 戦いの最中、内心で焦りが募り始めていたその時、遂に猪の牙が俺のベルトを捉えた。


 牙がベルトに引っかかり、突進の勢いのまま体を投げ飛ばされる。


 太い樹に背中を打ち付けて、肺の空気が強引に吐き出される。


 痛みと息苦しさに視界が回る。


 まずい。


 そう思った時、猪の雄たけびが鼓膜を揺らした。


 「ぐっ……」


 地面から伝わる振動が強くなってくる。


 すぐに起き上がれる態勢じゃない。


 避けたくとも今起き上がったところで避ける暇などないだろう。


 「間に合わないな……なら……ッ」


 衝突寸前。


 俺はギリギリのタイミングで目の前に自分の剣を地面に深く突き刺した。


 俺は魔力で強化された、柄を掴んだままの腕で自分の体を持ち上げ上へと逃げる。


 猪がその目を見開いたような気がした。


 横へは追撃はできても流石に上は無理だろう。


 上に逃げる俺に気を取られた猪はそのまま突き刺さる剣を巻き添えにして俺のいた樹へと衝突した。


 大きな衝突音と樹が揺れる音がダメージの大きさを物語っていた。


 「…………ブルルルッ」


 敵意に喉を鳴らすもその威勢は弱い。


 俺は転がる剣を拾い直し、ふらふらと足元の覚束ない猪の正面に立たないように気を付けながら近づいた。


 猪が俺を睨む。


 俺は戦いの終わりを告げる剣を猪の首へと振り下ろした。





 ◆





 俺は命の鼓動が途絶えた獲物に手を合わせていた。


 危うい戦いだったが、なんとか今回も生き残ることができた。


 そしてその成果として新たな食材を確保することに成功。


 俺は合掌を終え、捉えた獲物を持ち帰ることにした。


 近くにあの便利な蔦を持つ植物が生えていた事を思い出し、それをいくつか採取し、得物の四肢へと結んだ。


 「よし、これで運ぶのが楽になるな」


 俺は蔦を腕に巻いて獲物を運ぶ。


 重いが運べない程ではない。


 途中何度か襲ってきたゴブリンを処理しながらの帰路となった。


 背中に痛みが残っているものの、なんとか無事に帰ってくることができた。


 俺は早速川辺で猪の解体作業に入った。


 腹部にナイフを入れ裂いていく。


 裂かれた腹からはゴブリンほどのキツイ臭がなく、俺の心が躍った。


 「これはモツパ行けるか?」


 まだ新鮮な内臓を見て期待に胸が広がる。


 内臓を破ってしまわないように気を付けながら取り出していき、川の綺麗な水にさらす。


 こうすることで血抜きをしながら鮮度を保つことができるらしい。


 内臓を全て取り出し終えると次は皮剥ぎだ。


 括りつけた蔦を高い位置にある木の枝へと掛け、蔦を引いて獲物をつるし上げた。


 丁度いい高さのところで落ちないように別の樹へと蔦を結んで獲物を固定。


 脚にくるりと切れ込みを入れ、次に縦にナイフを入れていく。


 両方を傷つけないように肉と皮の間にナイフを入れ剥いでいく。


 これが中々神経を使う作業で疲れる。


 内臓を取り出すために先に裂いていた腹部の皮まで剥ぐと既にぷらぷらとしている頭を切り落として完成だ。


 剝ぎ終えた皮は脂や肉がまだこびり付いているため、これをなめし終えれば革の完成だ。


 敷物代わりにするのもいいし、革袋を作るのもいい。


 用途は多様だ。


 そしてようやく生肉の姿になったそれをブロックごとに解体していく。


 皮を剥ぐ作業は手先の作業で大変だったが、魔力を使える力の作業は楽でよかった。


 ブロックごとに分け終え、それを川の水にさらして作業は完了だ。


 「はぁぁぁ~~」


 俺は疲れと達成感からくる深いため息を付くと、気持ちを食事へと切り替えて火の用意を始める。


 火熾しはもう手慣れたもんだ。


 「アチチッ」


 俺は小さく立つ火の上に薄く平な石を置き、その上にも薪を並べて火を大きくする。


 「石や~き~も~、やきいもっ」


 俺はご機嫌に歌いながら火が小さくなるのを待った。


 時間が経って、陽も落ち切って食事に丁度いい時間となった。


 ようやく熾火になり、樹の棒で炭を払うと中から熱々に熱された石が現れる。


 俺は切り取った猪の脂身部分を箸で摘まみ、灰に塗れる石を拭き上げていく。


 脂が溶け出し、ジュウゥッ───と熱された脂が跳ねる音と共に香ばしい匂いが俺の鼻腔を擽った。


 俺は血抜きが終わり、小さく切り出したモツを石の上へと並べた。


 継続的に肉が焼かれる音とこれでもかと肉の焼ける匂いが立ち込める。


 「はぁぁ~~たまらんっ」


 俺はとめどなく溢れる唾液をごくりと飲み込みながら焼きあがるのを待つ。


 贅沢に少し厚めに切ったから時間がかかるかもしれない。


 俺は肉をひっくり返すながら様子を伺う。


 腹の虫が早くしろをせっついている。


 この世界で初めてゴブリンを食べた時から腹の虫の我慢が効かなくなっているような気がする。


 しかし今回はその時とは比にならない暴れようだ。


 俺はそれに、まぁ待てよ───と制止をかけて中までしっかりと火が通っているか確認するため試しに一つ切ってみる。


 「よし」


 俺は中まで焼けている事を確認した。


 「これは心臓(ハツ)だな」


 俺は我慢しきれずほいっと口の中に放り込んだ。


 「んんっ!!」


 俺はその味に驚いた。


 最初に感じたのはこりこりとした触感。


 淡白な味わいではあるが、癖が無く食べやすい。


 なにより臭みがない。


 俺にはそれが信じられないほど嬉しくて涙が溢れてしまう。


 「まさか…………あの猪がこんなに美味しいだなんて…………っ」


 正直、この森の中でこんな真面な食事が採れるなんて思ってもいなかった。


 食べる度に心の中のなにかが死んでいくようなゴブリン肉とは大違いだ。


 慣れたと思っていたが、比較とは残酷だ。


 一度、この味を知ってしまえばもうあの味には戻れない。


 俺は涙を堪えながらハツを飲み込んだ。


 「これはレバーだな」


 今度はレバーの火の通りを確認して一口齧る。


 「ふわぁ…………」


 牛のものよりも触感の強い猪のレバー。


 滋味深い味わいに心が弛緩した。


 二口、三口と口が止まらない。


 箸の中にあった筈の大きめのレバーはあっという間になくなってしまう。


 「最後はマメだな」


 俺は半分にしたマメを摘まむ。


 縦に半分に切ったマメの断面はなんとなくマッシュルームみたいな形をしている。


 「ん?ちょっとだけおしっこ臭いか?」


 そこまで気になるほどでもないが、今までがほぼ無臭だったため気が付いてしまった。


 逆に言えばその程度だが、しかし順番が悪い。


 期待値が高まっている中でこれだと少しがっかりしてしまう。


 「でもこのくらいなら」


 俺はもう一口マメを口に入れ、追加で香草を多めに頬張る。


 それだけで十分に臭みは消え、マメの味わい深さが際立ってくる。


 「猪最高かよ」


 俺はあつあつのモツにハフゥと息を吐いて熱を逃がす。


 食事がこんなに楽しいものだったことを俺は知らず、わくわくと食べ続け、あっという間に焼いていた分がなくなってしまう。


 「しかし、まだまだあるんだなぁ」


 俺は既に食べた部位もまだ食べていない部位も次々と切って焼き石に並べていく。


 俺はどんどん焼けていくモツを出来次第に口へと放り込んでいった。


 そして第二陣のモツまでなくなったところで俺は顔を青くして口を押えていた。


 「うぅ……食いすぎた」


 今までの抑圧から限界を考えずに焼いたことに後悔していた。


 美味しいものでも腹がはちきれんばかりのタイミングでは拷問を受けているような感覚に陥るものだ。


 最後の方では心を無にして胃に詰め込む作業へとなっていた。


 俺は石に残る焼きあがった何かの幼虫に目を落とした。


 「え?ナニコレ、気持ち悪い。虫じゃん…………」


 食欲が無くなり冷静になった俺はそれを食い物だと認識できないでいた。


 しかし、デザートだと言って食事の締めに持ってきたのは俺だ。


 食べずに捨てるのは食べ物に失礼だろう。


 俺は限界を迎えている胃と蘇った日本人的な食事感の必死な抵抗を抑え込んで何かの幼虫を口に運んだ。


 「…………まぁ、美味いんだよな」


 触感の正体を想像しなければデザートだった。


 俺は久しぶりの満足のいく食事にありつけて、幸せな気分で家の中へと入る。


 体の傷の様子を確かめたら明日も森を深く探索しようと思う。


 できることならもう一匹の猪を捕まえたい。


 まだ肉は食べきれない程に残っているため、これ以上は腐らせてしまうが、どっちにしろ近い内に腐る。


 そうなる前に新しい食材を確保したい。


 猪以外の生物もできる事なら確認しておきたいしな。


 俺は満腹からくる眠気に逆らわず、深い眠りについた。

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