⑨主役無しのバーベキュー
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ピクニック当日、バーベキューセットは思いのほか重くて開始2メートルで脱落するかと思ったが、みんなが代わる代わるに持ってくれてなんとか目的地の湖畔に到着した。
なるべく平らな所を探してレジャーシートを敷く
やっと一息付けた。座って空を見上げると雲一つない快晴だった
良い天気なのは良いけど、日焼け止め買っておけば良かったな
少し離れた所で誰かが買ったのか、ビーチボールで夏帆と藍ちゃんと玲子さんがバレーをして遊んでいた
おー若者は元気で良いねぇ…
「な~みんなでやろうよ」
夏帆に呼ばれたので私も参加する
黒瀬さんも合わせて5人で輪になってバレーをすることになった
ボールを落としたら一発ギャグをしようと夏帆が提案したが、全員に却下されて結局罰ゲームはスクワットになった。
なんか、みんな結構体育会系じゃね?ピクニックでこんなに運動するとは思ってなかったぞ
私ばっかスクワットをすることになるかと危惧したが、他の人も結構ミスしたのでほっとした
ただ、黒瀬さんは違った。彼女の身のこなしは軽やかでどんな際どいボールでも全て拾って見せたし、息一つ上がってなかった。勉強もできるし完璧人間かよ
ボール遊びがお開きになったところで、またレジャーシートに座って休憩する
朝からの移動も含めてちょっと足が痛い、日頃からもっと運動しておけば良かった。
「コーヒーは飲めるかしら?」
「うん、ありがと」
玲子さんがコーヒーを淹れてくれた
豆をミルで挽いた本格的なコーヒーだ
普段コーヒーはあまり飲まないけど、環境も相まって美味しく感じた
ゆったりした時間が流れる
ふと今日は平日だったことを思い出した
今頃、当時のクラスメイトは学校で授業を受けているんだろうな
「私…このままで良いのかな」
「え、どうしたの?」
独りごとのつもりだったが、隣に居た藍ちゃんに聞かれていた
「いやさ、学校行ってないのがちょっと不安になってきてさ…将来どうなるんだろって思って…」
「よしよし綾世ちゃんは大丈夫だよ。頑張ってるし、なんたって私の元カノだもん」
「藍ちゃん…」
藍ちゃんは私の頭を撫でてくれた。ちょっと照れくさいけど心地よい
彼女だって不安はあるだろうけど、私を慰めてくれているんだ
今の私には仲間が居る。うん、前向きになろう。ここでもっと頑張って社会復帰するんだ
…って今、元カノって言った??
そもそも付き合ってないよって言おうとしたが、昨日のダーク藍ちゃんを思い出して怖くなって言えなかった。実際、付き合ったら大変そうだな…
「…コホン」
玲子さんのわざとらしい咳払いに気づいたのか、藍ちゃんは私の頭から手を放して今度は玲子さんの頭を撫で始めた。
「よしよし玲子も頑張ってるよ」
「ちょ、私はいいわよ!前髪が崩れるからやめなさい」
そういいながらまんざらでもない玲子さん
この二人ってヨリ戻したの?二人だけでテラスハウスするのやめて欲しい
…にしても藍ちゃんって結構魔性な女だな。ここに来て一番変わったのは彼女なのかも
「そろそろご飯にしようよ~」
お、もうそんな時間か
私のバーべーキューセットを存分に使い給えよ
着火剤を用意してなかったので、火を付けるのに苦戦する
するとメイドさんが寄ってきて上手く火を付けてくれた
…ありがたいけど、こういうのって教育の一環だからもうちょっと様子見ててよ
あれこれ工夫してみんなの知恵を駆使してその結果、小さな火が付いてやった!私達の青春バンザイ☆ってなる所なんじゃないの?ちょっとドヤ顔してんなよ
「ボクはマショマロ持ってきたよ~チョコ巻いて焼くんだ」
「なんで最初にマショマロ焼くのよ。野菜も食べなさい」
「あ、私も野菜持ってきたよ。ちょうどトマトが育ってたんだ」
「…焼肉のタレはこれ使って」
「いや、肉は!?」
え?全財産使ってバーベキューセット買ったのに肉ナシ!?
なんか全員、私のこと批判的な目で見てますけど、400p使ったんだよ!?
批判を受ける筋合いはなくない?むしろ一番貢献してますからね!!
「えー綾世、肉持ってこなかったの?」
「マショマロ持ってきたヤツに言われたくないわ!一番なくてもいいだろ!」
「流石に肉がないと盛り上がらないわね」
「しょうがないよ…もう綾世ちゃんを責めないであげて」
「いやいやいや!玲子さんは食堂にある食材持ってきてるし、藍ちゃんは中庭で作ってたトマトだよね!?ポイント使ってないじゃん!トマトはバーベキューに合わないじゃん!」
「……………」
「で、黒瀬さんは無言でマショマロに焼肉のタレをかけるのやめろ!せめて野菜にしてよ!ここに来て変なキャラ出してくんな!」
メイドさんが野鳥でも刈ってきましょうか?と、太腿のベルトからナイフを取り出しながら提案してきたが、全力で止めた。食えねぇよ
戦闘力高いし、すぐ火付けるし、元特殊部隊かなんかなの?
ある意味盛り上がったバーベキューを終え、その後はフリスビーや水きりをしたりして遊んだが、どっちも上手く出来なかったので飽きてしまった。
ふと、辺りを見渡すと皆とは離れた場所で黒瀬さんがイーゼルに固定されたキャンパスに向かっているのが見えた。おそらく湖畔の景色をスケッチしているのだろう
油絵かな?本格的だな
邪魔にならないように背後から絵を覗いてみる
「うぇっ?」
思わず声を出してしまった
黒瀬さんのことだからどうせプロ級の腕前で、私のトラウマを刺激するんだろうなと思っていたが、それとは正反対で彼女が描いている絵は小学生が無邪気に描いたようなとても上手とは言えないデキだった。どんな人でもニガテなことってあるんだ…
ニガテなのにアレ持ってたのか…いや、ニガテでも持ってて良いけど
「…悪い?」
「いえ、別に」
私の声で存在を察知したのか黒瀬さんはキャンパスに向いたまま呟いた
悪い?聞いて来たってことは絵がニガテなことは自覚してるのか…だったらなんでわざわざキャンパスセットなんて持ち込んだんだろう?前に彼女の部屋に入った時は無かった。今日の為に買ったのかな?
絵は上手くないけど描くのは好きな人?
ビリッ!
黒瀬さんがいきなりキャンパス紙を破って私の方を振り返る
お、怒らせた?
「…貴女も描いてみる?」
「私はいいや…」
「…そう」
私に断られると、黒瀬さんはキャンパスセットを片付け始めた
怒っているワケではないと思うけど、その表情からはハッキリとした感情は読み取れなかった
それにしてもまさか描いてみるかと聞かれるとは思ってもみなかったな
彼女はもしかして…いや、それはないか…
夕方になったので、そろそろお開きの雰囲気になる
あまり活躍しなかったバーベキューセットを片付けていると玲子さんに声をかけられた
「綾世さん、ちょっと付き合ってくれないかしら?」
「な、な、な、な!?」
「…そういう付き合ってじゃなくてトイレに付き合って欲しいの」
あ、そういうことか
また三角関係に巻き込まれるかと思ったよ
一応、トイレらしき建物はあるのだが、寂れていてなんか怖いから利用しようとは思ってなかった。付いてきて欲しいという気持ちは分かる
「え?」
連れてこられたのはトイレじゃなくて草むらの中だった
「あ、私ちょっと離れてるね」
「違うわよ。話があるの…」
話?話ってなんだ?
告白とかされないよな?実はキス犯だったとか?
それとも藍にこれ以上近づくなとか凄まれちゃう?
「おかしいと思わない?」
「黒瀬さんが焼肉のタレだけ持ってきたこと?」
「それはちょっと変だと思ったけどそっちじゃない」
なんのことだろう?
草むらから二人して出てきたらまた藍ちゃんに誤解されるかもしれないから早く本題に入って欲しい
「…この施設のことよ。寮費も食費も無料っていくら何でも話が旨すぎないかしら?ポイントで買えるモノだって結局は施設がお金を出しているのよ」
「それは最初にメイドさんに説明されたじゃん。成果と環境によって能力を引き出す『ニンジン教育』だって。私達の社会復帰が上手く行ったらそれを施設は実績として大々的に宣伝して、それを聞いて集まった人からは今度はお金を取って儲けるつもりなんだよ」
今更なにを言ってんだろ?
玲子さんだって家に届いた招待状を見てここに来たハズだし、初日に全員がメイドさんから説明を受けている
…もしかして閉鎖的な環境でカノジョと上手く行かなくなったり色々あってちょっと壊れちゃってる?
「壊れてないわよ」
「え?なんで思ってること分かったの?」
「綾世さんは顔に出やすいのよ」
私がババ抜きに壊滅的に弱い理由が判明した所で、玲子さんは更にずいっと前に出てきた
「…だから貴女を選んだの。お願いだから真面目に聞いて欲しい。この話が出来るのは今が最後のチャンスかもしれない」
「う、うん」
顔に出やすいから選ばれたという理由はよく分からない、むしろ顔に出にくい人に言った方が良いのではと思ったが、ここは最後まで話を聞いてみようと思った。懇願するような玲子さんの表情を見ると、とても無下には出来なかった
「綾世さんはその…」
玲子さんはそこまで言うと急に俯いた。この先を言い出しづらいのか、足で地面を軽く擦った
え?やっぱ告白?
「夏帆さんとその…そういうコトがあったのよね?」
「ねぇよ!」
無下にしときゃ良かった!
藍ちゃ~ん!それ誤解だって!玲子さんになんて言ったのーーー!?
「私と藍も含めて同性愛者が4人、黒瀬さんもそうなのかもしれない…」
「いや、待って!話を続けるな!」
一旦、私のターンにしてくれない?
誤解を解きたいんですけど!夏帆は私の部屋の床で寝ただけだからね!少年誌でギリギリ描写出来る朝チュンとかじゃないからぁッ!!
お前の中で私は恋人を奪っておきながら他の女と関係を持ったことになってね!?よく普通に接してくれるね??
「5人だけしか居ない中でこんな偶然がありえる?『ニンジン教育』というのは建前で、実は別の社会実験なんじゃないかしら?」
「施設が同性愛者だけで生活させてその記録を取っているってこと?」
「それだけならまだ良いわ。もっと最悪なのは私達の関係がショーになってるかもしれないってことね」
「こ、怖いこと言わないでよ」
カイジの地下帝国じゃなくて女だけのテラスハウスだったってこと?
荒唐無稽とも言い切れないかもしれない…
「メイドさんに裏庭で「『同性交際』は許容しますが『不純同性交際』は頂けないですね」と、言われたのを覚えてるかしら?」
「覚えてるよ。玲子さんが私に抱き着いてきた時でしょ」
「そ、それは忘れなさい…」
『同性交際』と『不純同性交際』、確か玲子さんはあの日もその言葉に引っかかってたような
「私と藍の関係は綾世さんにしか言っていない。なのに何故メイドさんは私達が抱き合っているのを見て『不純同性交際』と言ったのかしら?」
「つまりメイドさんは玲子さんと藍ちゃんが付き合っていることを知っていたってこと?」
「気になるのはそこだけじゃないわ。あの日、貴女はどうして私が外に居るって気付いたの?」
「それは音がしたから…あっ」
そこまで言って気付いた。
寮生の部屋は2階の裏庭側にあるが、メイドさんの部屋は2階の表玄関側だ
裏庭に居た玲子さんの微かな物音が聞こえるとは思えない
「気付いたようね。私達は施設の管理者であるメイドさんに何らかの方法で監視されているのかもしれないわ」
どんどん信憑性を帯びてくる玲子さんの推理
ここだと流石に盗聴とかはされてないだろうから、玲子さんは最後のチャンスかもしれないって言ったんだ
「綾世さんが初日にキスされたのはショーの演出なのかもしれないわね」
「そんな…」
私がされたキスは演出の為?
…だったら流石に許せない
「明日から施設を調べてみない?」
「そうだね」
玲子さんの話を完全に信じたワケじゃない
でも施設を調べるのはキス犯を追うことにも繋がると思い、彼女の提案を承諾した
「じゃあ、怪しまれないように先に戻るわ。分かってると思うけど今の話は他言無用よ」
「うん」
そう言って玲子さんは草むらをかき分けて出て行った
一人になり、緊張が解けたのか私は重大な事実を思い出した
夏帆と寝てねぇって言うの忘れた!!
お読み頂きありがとうございます!感謝感激です!!
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