⑧暗闇の告白
一夜明け、夏帆と一緒に部屋から出る
床で寝たせいで彼女は調子が悪いらしい
自業自得だと思うけどね
「う~身体中が痛い」
「綾世さんと夏帆さん!?ど、どうして一緒の部屋から!?」
青ざめた表情の藍ちゃんと遭遇してしまった。私を部屋まで迎えに来たのだろう
玲子さんとの件といい、この娘はいつも間が悪い
「い、いや藍ちゃん…なんか誤解してるみたいだけど…」
「か、身体中が痛いってそういう意味でしょ!うわ~ん!!また浮気されたぁ~!!」
「いやいやいや!だから誤解だって!」
藍ちゃんは私の言葉に耳を貸さずに走って階段を下りて行ってしまった
…浮気ってどういうこと?もしかして付き合ってる判定されてた?
朝食、今までで一番最悪な雰囲気だ
誰一人言葉を発さないで黙々と目の前に出された食事を口に運ぶ、食器のカチャカチャとした音だけが食堂に響く。玲子さんに昨日あそこで本当は何してたのかとても聞ける空気じゃないな
頼りの夏帆も調子が悪いのか何も言わない
ここに来て初めて帰りたいと思った。
自習時間になっても雰囲気は変わらない
みんなロビーに集まって勉強しているが、ピリピリした空気を肌で感じる
何時もなら教えあったりしてもっと楽しい感じでやってたのに…
私のせいだ
私がキス犯の捜査を強引に進めたから藍ちゃんと玲子さんの仲が拗れ、夏帆は身体中が痛い
…夏帆のは私のせいじゃないな
「ていあーん!」
自習時間が終わった直後に夏帆が右腕を挙げて叫んだので全員が彼女に注目した
まだ腕が痛むのか、挙げた腕はくの字に曲がっている
「みんなでピクニックしない?」
「えっ!?」
夏帆のニカっとした笑顔を見たら、彼女の意図が理解出来た
私たちの冷めきった関係をリセットする為に提案してくれているのだろう
この地獄のような雰囲気でこれを言えちゃうのは私には到底出来ない
素直に尊敬するし、そういう所が好きだ
…好きってそういうイミじゃないけどね
「さ、賛成!」
せめて夏帆の助けになれるように私はいの一番に同意した
他のみんなを見るとまだ迷っているようだった
「…今からは時間がない」
「今からじゃなくて、三日後!皆でお菓子や遊ぶ道具をポイントで集めて持って行くんだよ」
「…それならもっと入念に準備するべき。五日後が良い」
黒瀬さんは意外と賛成派に回ってくれた
後は玲子さんと藍ちゃんの二人
「たまには気分転換もいいかもしれないわね」
「綾世ちゃんが行くなら私も…」
これで全員が賛成してくれた
藍ちゃん…まだ私のこと好きなんだ
ふ、複雑…
最大の懸念材料は外出が許されるかどうかだったが、黒瀬さんがメイドさんに聞いてくれたら、近場でメイドさんが同行するなら許可するとの返答を貰えた。
行先はこの施設に来る途中のバスから見えた湖畔だ
バスの窓から見て綺麗だと思ったのを覚えている
ここから5キロくらいかな?歩いて行くらしいだけど私の鈍った脚は耐えれるだろうか?
「バーベキューセットは必要だよね~!」
「…400p。貴女散財しているみたいだけどそんなに貯められる?」
「んー黒瀬ぇ~頼む」
「…嫌」
「石を重ねてその上に網を置くっていうのはどうかしら?」
「おー!玲子からそんなワイルドな発想が出るか~」
「あ、遊ぶモノも必要だよね…」
さっきまでの雰囲気から打って変わって皆でワイワイと会話が弾む
私も釣られて楽しい気分になってくる
「先生!バナナはおやつに入りますか?」
「「「「?????」」」」
あーこれアレだ
陰キャが調子に乗って勝手に面白いと思ってること言ってクラス中が凍り付くヤツだ
「バナナは生モノだからクーラーボックスかなにかに入れていった方が良いと思うわ」
「…はい」
玲子さん…マジレスするのはもっと惨めになるからやめてくれよ
「綾世ちゃんは冗談で言ったと思うの…」
「今のが冗談?どこら辺が?」
「えっとね…」
いいよ藍ちゃん…スベったギャグを解説しないでくれ
かなり精神的ダメージを負ってしまったが、落ち込んでいる暇はない
今日からポイント稼ぎに全員で取り組むんだ
テストの点数は上限が決まっているので今まで以上に家事に精を出す。
所持ポイント:390
ピクニック前日、藍ちゃんと中庭の手入れをする
この仕事も大分慣れてきた。これが終われば400p貯まってバーべーキューセットが買えるけど、これからも定期的にやろう、庭いじりは結構私の性に合ってるし、楽しくなってきた。
「肥料がなくなったから持ってくるね」
「私も行こうか?」
「大丈夫だよ」
中庭の隅にある倉庫を開けて肥料を探す
ふと、スチール棚に麻のロープが置いてあるのが目に入った
園芸用だろうか?もしかして…
「……………」
手に取って腕に巻いてみる
「なにをしているの?」
振り返るとそこには藍ちゃんが居た
日差しで彼女の表情はよく分からない
…そういえば藍ちゃんだけにはキス事件のことを言っていない
あの日の玲子さんとの弁解も兼ねて今ここで説明しよう
「あのさ…」
私は初日に目隠しされてから縛られて何者かにキスをされたことを説明し、玲子さんに現場検証を付き合って貰っていたからあんなことをしていたのだと言った。
「ふーん、なんでも叶えるチケットでメイドさんにアイマスクされてから縛られてキスされたかぁ…」
意外と淡泊な反応だと思った。これはどういうことだろう?
犯人だからこういう反応?私が犯人ならワザと大げさに驚いてみせるけど…
「玲子はなにか言っていた?」
「…藍ちゃんと玲子さんが付き合っていたのは聞いたよ」
「それを知っていて玲子にあんなことをさせたの?」
「ち、違う、私がそれを知ったのは藍ちゃんが現場検証を目撃した後だよ」
藍ちゃんが一歩前に出てきて倉庫の中に入ってきた
ここで初めて彼女の表情が伺えた。能面のように無表情だった
「玲子はきっと最後まで私と付き合っていることを言いたくなかったんだろうな…」
「どうして?」
「どうしてって、当たり前だよ。綾世ちゃんはクラスの黒板に同姓で付き合っている告発文と写真を貼られた時ある?クラス中から遠巻きに見られて、更には面白がられて…」
「……………」
返す言葉が見つからなかった
ここに居る全員は私も含めて何かしら事情があることは施設の目的からして察してはいたが、二人がこんな深い闇を抱えていたとは想像していなかった。
「あ、ごめんねこんな話して」
「いや、いいよ」
「そうだよね。だって綾世ちゃんは夏帆さんと寝たみたいだし気にしないよね」
「それは誤解だって」
藍ちゃんはいつの間にか元の柔らかい表情になっていてほっとしたが、私の腕に巻かれたままのロープに視線を移したことに気づいてまた緊張する
「玲子は他になにか言っていた?」
「他に?他には特に」
まだなにか秘密があるのだろうか?
そういえばさっきみたいに玲子さんにキス事件のことを話したら酷く動揺したことを思い出した
このことは言うべきなんだろうか?こっちが尋問されているような感じになっている時に全てを話してしまうのは危険だと思う
言うか言わないか迷っている内に藍ちゃんからまた質問が飛んできた
「犯人は誰だと思う?」
「…分からない」
バン!
大きな音を立てて倉庫の扉が閉まった
中に明かりはないのであの日のように真っ暗になる
扉を閉めたのは藍ちゃんしかいない
さっきまでとは比べ物にならない緊張が走る
「犯人は…私だよ」
衝撃的な告発、でも私は藍ちゃんがキス犯だと思いたくなかった
「どうやったの?」
「もう分かってるくせに…そのロープで手足を縛ったんだよ」
「嘘だ」
麻のロープを手首に巻いてみた時、これはあの時に使われたモノではないと確信した
私を縛ったモノはもっと冷たくて麻のような繊維の感触はなかった
ガラ!
突然、倉庫の扉が開かれた為、眩しくて目を細める
藍ちゃんは笑って悪戯っぽく舌を出してみせた。ちょっと冗談のタチが悪いぞ
「犯人役一度はやってみたかったんだよねー」
「…人が悪いよ」
「ごめんねー」
二人で作業に戻ったが、さっきよりは捗らなかった
藍ちゃんは本当にただの冗談でさっきのことをしたのだろうか?もしかしたら玲子さんのことを庇った?彼女も何か考え込んでいるようで、作業する手は全然進んでいなかった。
お読み頂きありがとうございます!感謝感激です!!
ブクマと評価して頂けたら100メートルくらい飛び上がって喜びますのでどうかよろしくお願いいたします!!