③鳴滝夏帆
夜、消灯時間前
「ぐぬぬぬぬッ!」
所持ポイント:40p
私は自室でスマホを見ながら出産前のシマウマのように唸る
夕食前のテストの範囲は英語だった
せっかく玲子さんに教えてもらったのに申し訳ない!
手ごたえが無いワケじゃなかった。文系は苦手科目だけど、学校に通ってた時は壊滅的に悪いということは無かったし、正直最下位になるとは思ってなかった。
つまりこの施設のレベルは高い!不登校の更生施設のレベルじゃないだろ!
「うう…このまま落ちぶれていくのかなぁ」
スマホを他人に見せるのは禁止事項だ
支給されたスマホで見れる規則にそう書いてあった。だから他人に私の少ないポイントはバレない
けれども何れは持ち物や振る舞いで私がバカなのが皆に分かってしまうだろう
そうなったら私にキスした犯人も失望するのだろうか…
「……………」
なんでセクハラしてきたヤツに嫌われるのを恐れているんだろ…
そもそも私が上手く点数を取れないのはそのせいなんじゃないか?
玲子さんに勉強を教えてもらっていた時や試験中でも頭の片隅でキス犯のことを考えていた。
「そうだ!きっとそうだ!」
初日にメイドさんから受けた説明によると、この施設は『ニンジン型学習法』を実施しているらしい
近年のスポーツ界では、長時間の抑圧された環境でひたすら練習するよりも生徒たちが自主的にメニューを考えて効率的に練習を行う高校の方が結果を出しているので、勉強でもそれを実践してみるという試みだそうだ
勉強の成果によってご褒美が貰えるシステム
めんどくさい授業もないし、シーツをきちんと張るという煩わしい規則もない
来た当初は憂鬱だったけど、ここは私にとって適切な環境だ
それなのに能力を発揮出来ないのは何故か?
答えは明白である。
私に勝手にキスしたセクハラ犯が居るからだ!
この謎を解くまでは本領を発揮出来ない
言い訳とも取れる結論にたどり着いた私は部屋を飛び出した。
「んーこんな時間にどうしたの?昼のことは気にするなって~」
部屋を飛び出して夏帆の部屋を訪ねたことを少し後悔する
彼女はダンベルで身体を鍛えている最中だった
ダンベルって施設の備品じゃなくてポイントで買ったんだよな?カフェオレの件といい浪費し過ぎじゃない?ダンベルより先に買うモノないの?
一人でキス犯を突き止めるのは不可能だと判断して夏帆に相談することにしたのだが、本当にこんな浪費家を頼って大丈夫なんだろうか…
でも一人で考えてても進展しないだろうし聞いてみるか
「ちょっと相談があるんだけど」
「黒瀬はああいうヤツだから気にするなって~アイツは自分の気持ちを上手く出すのが苦手なんだよ」
「そ、それは気にしてないって」
「ん?じゃあなんだ?筋肉の鍛え方かな?」
「それはまたの機会に…」
やっぱり相談する人選を間違えたと思ったが、ここで帰ってもどうしようもないと考え、意を決して昨日の監禁キス事件を彼女に言った。
「…へぇ、それは面白いな」
「お、面白くなんてないよ!こっちは真剣なんだよ!」
彼女はダンベルを置いて真剣に聞いてくれたが、期待するような回答はしてくれなかった
それどころか自分の悩みを茶化されたみたいで少し怒りを感じる
「悪い悪いそう怒るなって」
「…もういい」
「…黒瀬か藍だと思うよ」
「えっ?」
コイツに相談した私がバカだったと思い、帰ろうとした所に衝撃的な発言を聞いたのでドアのノブから思わず手を離した。
「だってさ~玲子は正義感が強くてきっちりしてる感じだろ?相手の目隠しをしてキスするようなマネをするとは思えない」
「そ、それはそうかも」
「まぁ、玲子とはボクもまだ出会って日が浅いから完璧に言いきれるワケではないけどね」
突然、マジメに話始めた夏帆に関心する
確かに玲子さんはそういうことしないかも
「黒瀬はさっき言ったように自分の気持ちを上手く表現出来ないんだ、だからそういうことをするかもしれない」
「そうなんだ…黒瀬さんからは何か聞いてたりする?」
「おいおい~ボクと黒瀬は同じ高校だけどそこまで仲が深いワケじゃない、名前で呼ばせてくれないしな。綾世にキスしていたとしてもボクに言うとは思えないな~」
夏帆と黒瀬さんはそういう関係なのか
黒瀬さんが出ていった時に追っかけて行ったからもっと仲良いかと思ってた
「藍のこともよく知らないけど…なんというか一番やりそうじゃないかな?恥ずかしがりみたいだしさ」
「それは確かに」
藍さんのことを考えてみる
そういえば朝食の時間に
藍さんは私の体調が悪いことに気づいていた
それって私が眠れなくなったのを知ってたからじゃないか?
「ありがと!」
そう言って部屋から出ようとしたが、グイっと腕を掴まれて阻止された
驚いて振り返ると夏帆の真剣な顔が目の前にあった
いつものニカっとした笑顔の欠片もない
「な、なに?」
「…ボクからも聞きたいことあるんだけど」
「聞きたいこと?」
なんだろう?プロテインのこととか聞かれてもさっぱりなんだが
「どうしてボクを疑わないの?」
「え?」
「ボクだよ」
「ええっ!?」
頭の整理が追い付かないまま、掴まれている腕を引っ張られてドサっとベットに押し倒された
さっきより顔が近い、普段とのギャップでクラクラする
「悲しいな」
「な、なにが?」
「なんでボクは容疑者に入ってないんだ?綾世の恋愛対象に入ってないってことかな?」
「恋愛対象とかそんな話じゃ」
「いや、そういう話なんだよ。女同士の空間でキスされた相手をそんなに気にするのはそういうこと」
「ち、違う!夏帆だって素性を明かさないでキスするタイプじゃないでしょ?」
否定はしたが、今の夏帆の言葉は心に響いた
どうして私はこんなに気になっているんだろう?私はキス犯を突き止めたらどうするつもりなんだろ?
「昨日会ったばかりのボクの何が分かるんだい?」
「か、夏帆?」
もしかして夏帆が犯人?全身が火照る。今の自分の顔が真っ赤だということは鏡を見なくても分かる
「良いことを教えてあげるよ」
「良いこと?」
昨日の続きですか!?わ、わたしまだそこまでの覚悟はないです!!
「全員とキスするんだよ」
「え?」
「そうしたら感触で誰が犯人か分かるだろ?まずはボクからだ。いや、ボクで最後かもね」
「!?!?!?」
覚悟を決めて目を瞑る
ピトッ
昨日と違って随分と冷たい感触
夏帆は犯人じゃないのか?
恐る恐る目を開けると
そこにはニカッとした夏帆の笑顔があった
彼女の手にはダンベルが握られている。どうやら私はダンベルとキスしていたようだ
「アハハハハッ!!お腹痛い!!」
夏帆の笑い声が響く
…完全にからかわれた
「…人が悪いよ」
「いやーごめんごめん、でも今の綾世の顔、マジで可愛かったよ」
「ふんっ!もうその手には乗らない」
真っ赤な顔をしたまま起き上がってそっぽを向く
可愛いとか言ってまたからかってる
「ごめんて、今のは流石にマズかったな~誰にも言わないでくれよ」
「言わないけど、からかうのはもうやめてよね」
夏帆を軽く睨んで部屋を後にする
「可愛いと思ったのは本当なんだけどなぁ」
ドアの向こうで何か聞こえた気がしたけど、もう一度彼女の部屋に戻る気は起きず、自室に戻った。
…今日もあまり寝れそうにない
消灯時間になったので一応ベットに入っているが、さっき夏帆とあんなことがあって眠れるワケがない
夏帆はどうなんだろう?熟睡してたらむかつくな
てか、なんで私は夏帆のことを考えているんだよ!あんなことされたのに!
私って惚れやすいのかな?
そんなことを考えるばかりで案の定寝れないし、カーテンから透けて見える月明りが気になる。やっぱり遮光カーテンを欲しいと思ったが、買えるポイントには達していない
入寮記念セールとかやってないかとスマホで確認してみたが、やっぱりカーテンは100pのままだ
「あっ」
カーテンを買うのは無理だったが、良いモノを見つけた
アイマスク:20p
これなら買える
カーテンまで遠くなるが、このままでは身体が持たない
スマホで購入ボタンをクリックする
私の初めての買い物はアイマスクになった
所持ポイント:20p
お読み頂きありがとうございます!感謝感激です!!
ブクマと評価して頂けたら100メートルくらい飛び上がって喜びますのでどうかよろしくお願いいたします!!