①漆黒のキス
寝る前にベッドに潜ってスマホを弄る。
自慢じゃないけど私は友達が多いから通知がひっきりなしに来る。さっきも楽天さんから「何か買いませんか?」って誘われたし、そのちょっと前にもサイゼリアさんから「食事に来ませんか?」と誘われた。やれやれ…人気者は忙しいぜ
何故か涙が頬を伝って流れた所でスマホを置いて本格的に寝る体制に入る。もう0時だ
「ベッドが堅ぃぃ…」
私の家は庭にガーデンテーブルが置いてあってその周りをゴールデンレトリバーが走り回っているような金持ちではないんだけど、この野戦病院みたいなベッドよりかは柔らかくて広いのがある。
寝れるかな…ナイチンゲールが荷物まとめて帰ってしまうようなベットが気になると、他のアラも気になってきた。
「カーテンが薄ぃぃ…」
なにこれ?巨大なティッシュがぶら下がってるの?
いや、それは流石に盛りすぎたけどウチの自慢の遮光カーテンよりかは明らかに薄い。日差しがフリーパスで顔面に直撃しそう
コンコン
「んぇ!?」
突然のノックに驚いて身体が吊り上げられた魚のようにビクっと跳ねる。1ミリくらいしか浮いてないのに野戦病院ベットは衝撃を全く吸収してくれず、むしろ10倍に返してきて私の腰に直撃した
「痛ぁぁ!」
背骨が10本くらい折れたよ!なにこのベット?反射魔法がかけてあるの?と、とりあえず私の背骨は108本あるからいいとして、誰が訪ねて来たの?この施設に入って初日だよ?夜中にヤクルト持ってきて「一杯やろうぜ」って間柄はいない
「遅くに申し訳ございません」
恐る恐るドアを開けてみると、そこには施設の管理者のメイドさんが立っていた。
昼の自己紹介の時、メイドとしか名乗らなかったから本名は知らない。表情が機械のように全く変わらなかったのでなんとなく苦手な印象を持っちゃってるんだよね。今だって全く申し訳なさそうな顔してないし…
「なにやら悲鳴染みた声が聞こえましたが何かありましたか?」
「ちょっと背骨が10本折れただけです」
「そうですかお大事に」
お大事にと言いながらメイドさんは私の腰に全く興味が無さそうだった。
彼女は部屋に入ると椅子を中央に置いて、手に持っていたビニール袋から何かを出した
え?背骨10本折れた私を差し置いて何やってるの?
初めて魔法を見たハリーポッターのモブみたいにぽかんと口を開けながらメイドさんの様子を伺う。彼女がビニール袋から取り出したのはよく見るとアイマスクだった。
ホントに何やってるの?しょぼいルームサービスかなにか?
ここってホテルじゃなくて不登校児の更生施設だよね
「そちらの椅子にお座りください」
「な、何を?」
「お座りください」
「は、はい」
言い方は丁寧だが、有無を言わせない圧に押されて椅子に座る
アイマスクでなにするつもり?目隠しして歳の数だけロウソク立てられてUFO呼ばれたりする?それとも悪魔召喚の生贄?
「ちょ!?」
どっちがマシか考えている内にメイドさんは私の前に屈んで、本当にアイマスクを付けてきた。
視界が真っ暗になって慌てる間もなく、後ろ手をヒモのようなモノで縛られる。
本格中華的にヤバい!UFOだったら金属埋め込まれるだけで帰って来れるかもしれないからそっちが良いなとか考えてる場合じゃなかった!!
慌てて立とうとしたが、再び前に周ったメイドさんに人差し指で額を押さえられて立てない
今どきのメイドって超能力使えるの?掃除とか全部それで終わらせるん?それだけだと心が籠ってないから手作業でやった方が良いと思うよ!
「綾坂綾世様、貴女に『なんでも叶えるチケット』が使用されました」
「なっ!?」
説明しよう!『なんでも叶えるチケット』とは、その名の通りなんでも叶えられるチケットではないが、メイドさんが出来る範囲で願いを叶えてくれるチケットである!入所時に一人一回使える権利であり、言わば初回限定特典なのであーる!昼にメイドさんに説明されたから知っているのだ!
ノリノリで説明してる場合じゃない!
体操着で集合だと思ってたら制服で集合だったくらいピンチなんだよ!
生徒の誰かがチケットを私に使ったってことだよね?みんな入所して初日だよね?初日になんか恨み買うようなことした?綾坂綾世って名前が野比のび太みたいで気に入らないとか?
不登校児の更生施設って聞いていたから、トゲ付いた鉄球を常時振り回しているような剛の者と共同生活を送るのかと生まれたばかりの子ヤギのようにブルってたけど、みんな私と同い年くらいの普通の女の子で安心してたんだよ?そうじゃなくてやっぱり心の中では鉄球ブン回してた?
「足も縛るので少し開いて下さいねー」
「歯医者か!?」
「…綾世様が通われている歯医者では足を縛るのですか?」
「違う!痛かったら手挙げて下さいねーみたいなノリで凄いこと言ってくるから!」
確かに今のつっこみは良くなかった。けど縛ってくる相手に「コイツ何言ってんだ?」って顔されるのは心外なんですけど!
「あぅ!?」
多少の抵抗はしたのだが、メイドさんは私の両足を椅子の脚に手早く縛ってしまった。なんか手馴れてない?
「待って待って待って!誰がチケット使ったの?何が目的?」
「それはお答えできません」
監禁されている人質状態になった私は唯一自由な口でメイドさんに問い質したが、返ってきたのはつれない返事。視界が塞がれたことで嗅覚が敏感になったのか微かに彼女の香水の香りがした。
「それではごゆるりと…」
「え?」
何が始まるのかと身構えたが、私を縛った張本人のメイドさんは部屋から出ていき、入れ替わりに別の人物が入ってきた気配がした。
バタンと音がしたので部屋のドアが閉まって奴と二人きりになったらしい。おそらくなんでも叶えるチケットを使った人だろう。メイドさんじゃなくて直接私を鉄球でブン殴る気だ
「……………」
私の心臓の音にかき消されそうな小さな足音がゆっくりと確実に近づいてくる
来訪者の正体は見当もつかないが、目隠しされ、椅子に縛り付けられている状態で無言で近づいてくる者に害意があるのは明白だ
「あ、あの…なにか気を悪くさせたのなら謝ります。もしかして私が野比のび太みたいな名前だから怒ってるんですか?」
「……………?」
とりあえず謝ってみるが反応は一切ない
額の汗で前髪はきっとベトベトになってるんだろうな
…って今そんなこと気にしてる場合じゃない
「……………」
目の前に来られた
もう駄目だ
どうかトゲが付いてる鉄球じゃなくて普通の鉄球でありますように!
ちゅ
「!?!?!?」
視界は真っ暗なのに頭の中は真っ白になった
き、キスされた?
綿毛が口に触れたような微かな感触だったけど、キスをされたのは事実
更になにかをされるかと思わず身構えたが、それ以上のことは起こらず、来訪者は来た時と同じように静かにゆっくりと離れていき、最後にドアを閉める音を残して去って行った。
どうやら危機は去ったようだが心臓の激しい鼓動は収まらない
…一体誰がこんなことを?
キスされる覚えなんてないぞ、しつこいようだけどここに来たのは初日なんだから
「!?」
ドアがまたガチャっと音を立てたので私は椅子に縛られたまま飛び上がった
今の心拍数は1億くらいいってると思う
…冗談抜きで
「お楽しみ頂けましたでしょうか?」
メイドさんの声だったので少し安心する。心拍数が5000くらいになった。
コイツが私を縛ったんだから安心するのは少しおかしいのかもしれないけど、正体が分からない人と縛られた状態で二人きりよりかは幾分かマシだ
「た、楽しめたワケないじゃん!早く解いてよ!」
「お気に召さなかったようですね」
そう言いながらメイドさんは私の拘束を解き、目隠しも外した
最後に見た時と同じ無機質な彼女の顔が飛び込んでくる
「前髪ビショビショですよ?どうされたのですか?」
「お前が私を縛ったからだよ!縛られて目隠しされたらお坊さんだって前髪ビショるわ!てかそんなことよりキスされたんだけど!?」
「良かったじゃないですか」
「良くはないよ!知らない人にキスされたんだよ!私、誰にキスされたの?」
「それはお答えすることは出来ません」
そんなの納得できない、私は椅子から立ち上がりメイドさんに詰め寄ったが、彼女に軽く投げ飛ばされ、例の野戦病院ベットに叩きつけられた。衝撃で背骨が100本折れる。メイドってやっぱ合気道の心得あるんだ
「!?」
メイドさんが私の両腕を押さえながら顔を目の前に突き出してきたので再び心臓が跳ね上がった。彼女の綺麗なグレーの瞳に思わず見入ってしまう。香水の香りが心地よい
あれ…私どうした?
「綾世様、管理者である私に対する反抗は規則違反ですし、誰にキスされたかも規則ですので答えることは出来ません。ですが思索することは自由です。もう消灯時間ですのでお気になさるなら明日考えてみては如何でしょうか?」
「わ、分かったよ…」
メイドさんの提案に渋々了承すると、彼女は私から離れ、ドアの前で一礼してから去って行った。
縛るのは規則違反じゃないのかよ…
電気を消してベットに潜り込んでみたが眠れない
誰かにキスされて眠れるほうがおかしい
いつものベットと違うとか薄いカーテンから漏れる月明りが眩しいとかそんな些細な理由とは桁が違う
…誰にキスされたのかは皆目見当も付かない
ただし、一つだけ確かなことがある
容疑者は全員女性だということだ
お読み頂きありがとうございます!感謝感激です!!
ブクマと評価して頂けたら100メートルくらい飛び上がって喜びますのでどうかよろしくお願いいたします!!