第7話 新技術
今日は一週間後の水の日です。
ジョンソン商会の工場には、集まるはずの無いような人で溢れていました。
「え~このような場所に第1王子をお迎えさせていただき・・・」
ジョンソン商会の当主、5代目ジョンソン氏は、汗を拭きながら最敬礼
必死に昨日考えた挨拶をし始めました。
「ああ、気を使わせて済まないね、ボクが勝手に来ただけだから、居ない者だと思ってかまわないから」
せっかく考えた挨拶を、めんどくさそうに途中でぶった切るオーウェン
「王族が来ているのに、居ない者なんてデキルわかないじゃありませんか。だったら最初から来なければ良いのに」
いかにも迷惑そうに最後は小声で文句を言うオリビア
「そうですよ、殿下、オリビアの言うとおりです」
「魔道具の開発ですから、ワイアットがここにいるのは分かるのですが、ナンデ君までいるのですか?」
いかにも、邪魔そうな顔をするオーウェン王子
「可愛い妹を狙っている物がいるらしいので、護る必要がありますから!」
「それはどういう意味ですか?」
笑顔でプレッシャーを掛ける、オーウェン
「ハイそこまで、全く!なんでノア兄さんまで一緒に来たのよ!」
「そんなコト言うなよオリビア」
「と・に・か・く、邪魔だけはしないで下さいね!」
「「ハイ!」」
元気よく返事をしたのは、王子でもノアでも無く
リロイと一緒に少し離れたところにいた、エヴァとロッテ
王子が来ると聞いて緊張する父親とは正反対、
「王子様が見たい!」ット言って付いてきてしまいました。
「2人とも元気ね♪デモ本当に危ないから離れてみていてね」
「「分かった嬢様」」
「エライエライ」
2人を微笑ましい目で見ながら頭をなでるオリビアですが
「オーウェン様も危険ですから、なるべく離れていてくださいね」
王子には相変わらずの塩対応です。
「ジョン・マット、それで先端水晶の杖は?」
「ああ、もちろん出来ているよ、これ」
そう言うと、先週オリビアに頼まれた、先端に水晶を取り付けた杖を差し出しました。
「流石ジョンソン商会、良いできだわ、先端の形状もほぼ私の要求通りね」
「結構大変だったよ、トベラの木と水晶をピッタリ合わせるのがね、でも、きちんとはめ込んであるから接着剤は最低限、木と水晶の接触面はバッチリ確保してあるよ」
「ほんと!それなら上手く行きそう、ット言うか、これっていろんなコトに使えそうよね」
「ナンだよ、今気がついたのか、貴族向けの魔法の杖として売り出そうって親父とも話してたんだ」
「流石商魂たくましい!そうでなくちゃね」
納得をするオリビアでした。
用意された2個の鉄部材、なるべくピッタリと合わせると、杖を構えるオリビア
目を瞑って深呼吸をすると、杖で指している部分だけが高熱になるようにイメージを浮かべます。
もう一度深呼吸をしてから、かなり濃いサングラスを掛け、杖の先端を部材に近づけていきます。
「ヨシ、この辺りね、この一点だけ、ココだけに熱エネルギーを」
先端が1ミュー(約3mm)くらいの位置で、接合面の杖で指した位置が次第に赤くなり、赤からオレンジ、そして白っぽくなっていきます。
「上手くいってる、このまま」
小声でそうつぶやくと、ゆっくりと部材の合わせ目にそって杖を移動させていきます。
20ミューほどゆっくりとスライドさせると、魔力を注ぐことを止め、杖を離すオリビア
サングラスを取ると、接合面を確認します。
「上手く言ったみたい、アーク溶接じゃナイからビードが出ないのね、逆に溶け込んだ分少しへこんでるわ」
成功した様子を見て、興味津々のジョンソン親子が食い入るように接合面を確認します。
「相変わらず何を言っているのかわかんないけど・・・お嬢、これで成功ってコトだよな」
「ええ、たぶんできたと思う」
「マット、ヤットコ持ってこい、リロイは桶に水くんでこい」
「「わかった、ほら、兄さん」」
繋がった金属をヤットコでつかみ、水につけるジョン
ジュッと派手な水蒸気が上がり、金属が一気に冷えます
「マダ触れないな」
ヤットコに挟んだ金属片を、水から上げると、接合面を代わる代わる確認するジョンソン一家の男性群
「ねえ兄さん」
「アア分かった、チョットそれ冷やしてみるから」
(オリビアでも出来るけど、マダまずいからな)
金属片に手をかざすワイアット
「え、冷却・・・兄さんそんな簡単に冷却魔法なんて使えたっけ?しかも水以外にって、かなり高度だよね」
「脳筋のおまえと違うの、日々色々な魔法に挑戦しているんだから」
(オリビアに魔法の真髄を教えてもらってから、魔力だけじゃ無くて制御も飛躍的に上手くなったよな)
「もう大丈夫です、確認してみてください」
「有り難う御座います」
金属片を手に取ると、今度こそじっくりと確認します。
「完全に溶け込んでるな、これで裏側からも加工すればほとんど一体モンだ」
金床の上で軽く金属片をたたくジョンソン氏
軽くたたいたくらいではびくともしません
「へこんでしまうところは、同じ金属の棒かナニかで補充しながら溶接していけば良いと思うの」
(ガス溶接と言うより、アルゴンだったらそうするよね)
「なるほど、そうすればもっと丈夫になるな、どうですかワイアット様」
事前に魔法の使い方、イメージをオリビアに教えられていたワイアット
一目で今回の魔法が粗方理解できました。
「高熱になっているのはほんの一部、魔道具化できると思う、その前に僕にもやらせてみてくれないか」
「もちろんよ」
そう言うと水晶の付いた杖を渡します。
「集中するイメージよ、その部分だけ魔素を熱エネルギー化するの」
っと、こっそり耳打ちするオリビア
「分かってる、極狭い範囲の温度上昇だ、魔力量よりも制御が肝心だね、実際同年代では魔力の高いオリビアだけど入学前の子ども、そこまでの魔力はないからね、狭い範囲を高温にするには正しいイメージが大切だよ」
「流石兄さん」
「親父さん、今の金属片、裏返しにしてここに置いて」
「わかりやした」
水晶チップの杖を構えると、もの凄い集中をするワイアット
サングラスを掛け、先端を接合面に近づけます。
オリビアが試したときと全く同じように、金属の一点が次第に熱を帯び、白く溶け出しました。
ゆっくりと先端を、接合カ所にそってスライドさせます。
「ふ~・・・どうかな」
「見せてください」
試験片を受け取ると、同じように水で冷やすジョン
「完全に冷やしてしまおう」
もう一度冷却魔法をかけます。
「ねえねえ、上手く言ったの、上手く言ったよね!」
そわそわしながら、ジョンソン氏の判定を待つオリビア
金床の上で金属片をたたいてみるジョンソン氏
「ほとんど一体物になってる、これは凄い技術だ、いろんな使い道があるな、っで、どうなんですワイアット様、魔道具化できそうですか?」
「オイオイ、焦らすなよ、でもデキル!高温になるのはほんのわずかな部分、この杖と魔方陣を組み合わせれば可能だね」
「ヤッタネ!流石兄さん」
「オイオイ、最初にこれを考えたオリビアが一番凄いだろ」
「ナンか楽しそうだよねぇ~、僕もやってみたいな」
何となく仲間はずれにされていたようになっていたノアが不満そうにしています。
王子も同じように蚊帳の外のようになっていますが、流石にやってみたいとは言い出せません。
「ノア兄さんにはチョット、これ魔力制御がメチャクチャむずかしいんだよ。オマケに金属加工のセンスもいるし」
「魔力量ならボクが一番だろ、ナンデモナイよ、チョット兄さん僕にもそれ貸して」
チラッとオリビアを見るワイアット
「魔力量関係ないんだけどなぁ~・・・はぁぁ~一回はやらせないと納得しないと思うわ、危なそうだったら私も全力で止めるから」
仕方が無いと言う顔でうなずくオリビア
「ありがと、オリビア、よーし見てろよ、確かこうやって」
同じように金属片に杖を近づけ、魔力を流し始めました。
「あれ?モットこう・・・え~い!集中!!」
かけ声だけで、少しも魔力が集中しません
次第に、金属片全体が異様に暑くなっていきます。
「兄さん、ストップ!ナンか部屋全体が暑くなってきた。」
「もうチョイだから、マダマダァ~、モット出力を上げるぞ!」
「ノア、もうよせ、根本が間違ってる」
叫ぶワイアット、危険を感じたオリビアが止めに入ります。
「あっつい、ノア兄さんもう止めてってば!止めないと嫌いにナッチャウからね!!」
ピタッと、魔力を止めるノア
「そんなコト言うなよ、オリビア」
「周り見てよ、部屋全体が暑くなってるじゃナイ」
「そう言われれば、上手く集中できないから、どんどん魔力注いじゃったな」
「じゃったなぁ~じゃないでわよ、もう少しで火事になるところだったのよ!」
そう言いながら、自ら全体が赤くなった金属片をヤットコでつかみ水桶に沈めます。
派手に水蒸気が上がる中、こっそり冷却魔法で水を冷やすオリビア。
粗方熱が取れた金属片を、作業台の上に置き、完全に冷却するワイアット
「凄いな、少し形が変形しかけてる。これだけ魔力が使えるんだ、ピンポイントに絞れれば、接合なんてナンデモナイハズなんだけど」
「飛行具とか、ある程度の大きさのモノを動かすとかなら得意なんだけど、こんなに細かいものはなぁ~」
「もの凄く狭い範囲だから、これだけ高熱になる魔力とイッテもたいした量じゃない。魔道具化できると言うことだよ」
「流石ワイアット兄さん、もう目星が付いた?」
「たぶん・・・オリビアの入学までには間に合わないけど、次の休みまでくらいならなんとかできると思う」
「ナンだよ、ずいぶん仲いいじゃないか、ここの所毎日2人でなんかやってたみたいだし」
「ハイハイ、拗ねない拗ねない、ちゃんと私の言うこと聞いてくれたから、嫌いにはならないからね♪
マット、もうひとつの依頼は?」
めんどくさそうに、適当にノアをあしらうと、次の装置に目を向けます。
「ああ出来てる、コッチの方が作るの大変だったぞ」
そう言うと、もうひとつのテーブルに移動します
そこには小さな車輪の付いた銅製の水桶が置いてありました。
ジョンが桶を持ち上げて、そこの部分を見せます。
「真ん中に真鍮の丸棒をねじ込んである、お嬢の注文通り先端はできるだけ小さな穴にした。桶の真ん中に真鍮を圧入するのが結構骨だったな。もちろん穴開けもえらく苦労したけどね」
「水は入れてみたの?」
「ああ、接合面からも漏れないし、これだけ小さい穴だと、水が出ないのな!」
「圧よりも表面張力が勝ってるからね」
「ひょうめん?なんだぁ~??」
「イイカライイカラ、じゃあそこの机とココくっつけて、少し隙間が出るようにね、それで、この桶をまたぐようにおいて」
「分かった、レールまでは作れなかったから、自分で真っ直ぐ動かしてくれ」
「その位大丈夫、じゃあ水を入れてみて」
(穴の径は0.5mmくらいかしら?マッハ2くらい出せれば3秒くらいで旧世界のコップ一杯分くらいね、この桶で20秒くらいは持つわね、逆に言えば動かす水の量はその程度、たいした魔力じゃ無いはずだわ)
「準備できたよ」
「じゃあまずタダ水を噴射させるだけね」
そう言うと、桶に手をかざし精神統一するオリビア
(桶に入っている水全体に圧を掛けたら、コンナ桶なんて一発でぶっ壊れる、丈夫なのは先端のノズル部だけ!ノズルのテーパー部分に圧を掛けて・・・違うわね、位置エネルギーを上昇させて、一気に下方向の運動エネルギーにする、サラに0.5mmの穴が続いているのは10mm程度、短すぎるけどその部分をレールガンのようにして水流を加速させるイメージ)
「ヨシ!行くわよ!!」
そう言うと一気に魔力を流すオリビア
ノズル部分から、細い水が出始め徐々にスピードが上がります。
所がある程度の早さになると、水が霧散してしまいました。
「ダメだわ、速度のイメージが不完全ね」
(ストレート部の距離が短すぎるのよ)
「いやそれにしてもひでーな、なんかよく見えないぞ」
辺りは霧散した水で霧が掛かったようになって仕舞いました。
「コレはチョト・・・」
ぼそっと独り言を言うと、水平に手を伸ばすオリビア
(空気中の水分子だけ、位置エネルギー増加)
そうすると、もやっていた工場の中が、一気にすっきりとしました。
よく見ると、床が均等にうっすら湿っています。
「え?オリビア、ナニをやったんだ」
全員が驚く中、一番先に質問をするワイアット
「アア兄さん、今のは兄さんがやったことにしておいてね、水分子だけの位置エネルギーを高めるようにして、重さを10倍くらいにしたのよ」
小声で話すオリビア
「とりあえず分かった、内容は今一だけど、それも前世の知識か」
こちらもこっそりと耳打ちするワイアット
「まあその応用ね・・・そうだ!今の要領で真っ直ぐ加速デキかも」
「ナニコソコソ話してんの?」
何となく不機嫌に問い詰めるノア
「ノア兄さんには、少しめんどくさい話よ」
「又そうやってオリビアは」
「魔道具に関することだからね、上手く行ったらノアにも手伝ってもらうかもしれないから、どうだい?イメージは出来たか」
めんどくさくなりかけた弟の扱いに慣れているワイアットが、サラッと話を進めます。
「たぶん・・・もう一回やってみるわ」
(集中してぇ~短いストレート部でも、分子単位で重力を増して、一直線に下降させる、加速はレールガンのイメージで)
もう一度桶を包み込みように手を添えて、イメージした魔力を水その物にぶつけます。
すると、今度は細い水流の筋が、ほとんど広がること無く床まで続きました。
「やったわ!デモ本当に広がっていないのは、ノズルの先端から1ミュー・・・せいぜい2ミューくらいかしら?」
「それじゃあ試して見るかい?」
「ええ、最初は木の板にしましょう、そこの板で良いわ、それなるべくノズルに近いところにおいてもらえる」
「分かった」
「あ!そうだ、あと作業用のゴーグルちょうだい」
この世界にはゴーグルがあります、飛行具に乗るときに、オリビア達のお爺さんに当たる人物がジョンソン商会に作らせたのが始まりでした。
当然のように、貴族の間で大流行!
発案者のレイエス家と、ジョンソン商会にかなりの利益をもたらしました。
そのゴーグルを、保護眼鏡として使おうと言い出したのはオリビアです。
最初はもったいないと渋った、ジョンソン氏ですが
「目をやられたら一巻のおしまいよ!私の分だけでも用意して!!」
オリビアに強く言われて、とりあえずオリビアの分だけ用意しました。
(そもそも、公爵家のお嬢様が工場で作業するのが危険なんだけど)
そう思いつつも、便利そうに使っているオリビアを見て、自分たちの分も用意するようになりました。
「じゃあやってみるわ」
そう言うと、さっきと同じようにイメージを練るオリビア
使い込んだ作業着に作業帽、ゴーグルを掛けて真剣に桶に手を添えるオリビア
とても公爵家のお嬢様には見えませんが、その真剣な様子が非常に好ましく
(ヤッパリオリビアは可愛いなぁ~)
そこに居たほぼ全員がそう思うのでした。
キャスターの付いた桶を、木材の端に移動させ水流を噴射させるます。
ゆっくりと桶を移動させると、元の世界の感覚で10秒ほどで1シック(30cm)の長さがきれいに切断されました。
「ヤッター、成功よ!」
「凄いな、水でこんなに綺麗に切れるんだ」
切断面を見て、感嘆の声を上げるジョンソン氏と兄弟達
その後色々と試しましたが
金属は薄板まで、ある程度の厚さの物は切ることが出来ませんでした
「ヤッパリタダの水じゃ駄目か、研磨剤入れたら、ノズルの方がいかれちゃうし、う~ん」
「マダナニか考えてるの」
「コレは限界だから、ヤッパリレーザーを開発するしかないかな?ってね」
「れえざあ?」
「後で説明する」
小さな声でワイアットにだけ耳打ちすると
「マット、さっきの杖、もう幾つか作ってるのよね」
「ああ、今のところ5本有るよ」
「それ全部うちで買い取るわ、良いわよね」
「アアもちろん、父さん達にも見せたいからね」
「値段は?」
「じゃあ先に見積もりだして、バカ高かったら却下ね」
「厳しいなお嬢は、うちがそんなコトするわけ無いじゃん」
「アアその杖、私も発注しますよ」
突然王子が声を上げました。
「ぇえ、あ、光栄デス、有り難う御座います」
慌てて返事をするジョンソン氏
((やべー途中からいるの忘れてた))
深く反省するジョンソン一家
(だから来なくてい言っていったのに、全くナニしに来たのよ・・・もしかしたらうちでこっそり魔法を教えたとか疑ってる?)
そんな事を考えていたオリビアでしたが
オリビアの考えは当たらずしも遠からずでした。
(オリビアの異常な魔力、レイエス家を調べさせたけど、やはり誰も魔法は教えてないようですね。そうだとは思っていましたけど安心しました。今日使っていた魔力量は魔道具にデキル程度、入学前とすると異常に高いようですが、きちんと魔法を習った物からすれば遥かに少ないレベル、あの年にしては多すぎると言う程度ですね。それよりも魔力制御の方が異常でしたね。水とは言えもう物を動かすことが出来るんですから、しかも正確に!魔道具のレイエス家の影響なのか、やはり本当の天才なのか、もう少し様子を見ましょう・・・それにしても、作業着姿で真剣に取り組むオリビア、かわいかったなぁ~、ヤッパリ今日は来て良かった)
今日来たことを、しっかりと満足している王子様でした。
次回からやっと本編の魔法学園編に入ります
26日の土曜日にアップする予定です