第5話 オリビアステンレスを作る
行きよりもスピードを出して戻ってきたオリビア。
早すぎると文句を言うマットをジョンソン商会に降ろすと、
レイエス家の発着場に戻ってきました。
そこには怖い顔をしたノアが待っていました。
「ただいま兄さん」
全く気にするそぶりを見せず、綺麗に着陸した飛行具から降りるオリビア
「お帰り、っで!なんでこの飛行具使ってるのかな?」
「海に行くのにマットを乗せてったからよ」
めったに自分に対して怒るはずの無い兄が、怒っているのに全く気にも止めていない様子です。
「魔法学園の一学期が終わったばかりで2人乗りを使うなんて危ないじゃないか!それに平民の男を後ろに乗せるナンテ、一体どういうつもり?」
1年で指定の飛行具以外を使うことを禁ずる規則はありません。
もちろん特殊な飛行具など、めったにないのですから、あえて規則として決めることも無かっただけですが。
「大丈夫よ、私、飛行具レース特別枠で出るのよ!それに、夏前は結構配達の仕事こなしていたんだから」
「それでも危ないことには変わりないだろ!ダイタイ男と2人乗りなんて・・・」
どうやら2人乗りの飛行具を使ったことよりも、マットとタンデム飛行をしたことが腹立たしいようです。
「だって、夏休み中にリアムと海に行ったりするのよ、いきなりリアムと2人乗りなんて、そっちの方が危ないじゃ無い!」
「そんなの、僕が乗せていけば良いことだろ」
「毎回頼めないわよ、それに兄さんだって私を乗せる前に、ジョンと親父サン乗せてみたって言ってたじゃない!」
「オリビアを乗せる前にテストするなんて、当たり前じゃ無いか」
「じゃあ私も同じ、あ!マシュー、ただいま」
「お帰りなさいお嬢様、飛行具は私がかたづけておきます。っが!このマシューもノア様の言うとおりだと思いますよ。」
「もう、マシューまで」
肩を落とすオリビア
「若い男性を乗せるなど、もってのほかです!」
「もう、みんな堅いなぁ~・・・せっかく新しい物作ってもらったから早く確かめたかったのよ」
そう言いながら玄関に向かいます。
すると、玄関からもう1人の男性が出てきました
「お帰りオリビア、ジョンソン商会に行ってきたのかい?」
「ただいまワイアット兄さん」
ワイアットの登場で話がそれそうな予感がしましたが!
「2人乗りで行ったのかい?それは怒られてもしょうが無いな」
ワイアットも、2人乗りにはあまりいい顔をしません
「だって頼んでいたモノが完成したから、早く試したくて、ジョンとリロイは養殖場の方にいたんだけど、マットだけ工場に居たから一緒に行ったのよ」
マットを乗せていたのか、っと、少しだけ難しい顔をしたワイアットですが
それよりも、オリビアの言う、頼んでいたモノが気になります。
マダ12歳のオリビア、地球の年齢にすると女子高生くらいですが
その才能は、レイエス家では誰もが認めること
よほど大がかりなモノで無ければ、ある程度の発注権が与えられています。
「そう言えば、溶接の開発をする前に、何だっけボードだったかな、手配する書類が回ってきていたね」
「そう!それ、サーフボード、完成したのよ。さっそく試してきたわ」
話がそれたことに全力で乗るオリビア。
「どんな道具なんだい?」
ワイアットはレイエス家で・・・と言うよりも、この世界で唯一オリビアに前世の記憶があることを知っています。
当然どんな物を作らせたのか、興味津々、マットと2人乗りで飛んでいったことなど、どこかに追いやられてしまいました。
「あまり役に立つモノじゃ無いの、海で遊ぶモノなのよ。でも今までに無い物だから、欲しがる人も結構居ると思うのよね」
「そうなのか、でもチョット興味があるな。僕も見てみたいね」
「じゃあ今度一緒に・・・あ!そうだ、急いで頼んでいた冷房、ほとんど出来たから明日来てほしいって」
「え!もう出来たのか、あと何日かかると思っていたんだけど」
屋敷に入りながら話をしだした2人
いつのまにか、ノアもマシューも完全に置いてきぼりです。
「全くオリビアは」
「ノア様、お嬢様は相変わらずあの調子です。私も若い男性を乗せるなどもってのほかと言いましたが、ご自分の発明品にしか興味が無いご様子です。それほど目くじらを立てなくても大丈夫かと」
「本人が無自覚なのが一番心配なんだよ。今度は僕も一緒に行こう」
そう言いながら2人の後を追って、屋敷に入っていきました。
「お帰りなさいお嬢様」
屋敷に入るとメアリが待っていました。
「ただいまメアリ、もの凄くおなか空いちゃった。お昼にしたいわ。あ、兄さんは」
「僕はもう済ませた」
「僕はマダだよ、オリビアを待っていたからね」
「別に待たなくても良いのに」
ぼそっと文句を言うオリビアですが
「え?じゃあ、ずっと外で待ってたの?」
この兄ならやりかねない、っと流石に少し引いてしまいます。
「自分の部屋から、オリビアが帰って来るの見えたからね、急いで出てきた。2人乗りの飛行具は遠くからでも目立つからね」
それを聞いて少しだけホットするオリビアでした。
朝食と夕食はなるべく家族でということにして居るレイエス家ですが、流石に昼はバラバラです。
一端部屋に戻って飛行用の服装から、夏用のワンピースに着替えたオリビア。
いつもの食堂に使っている広間では無く、少し小さめの風通しの良い部屋に、待っていたノアと入っていきます。
テーブルにはすでに昼食の用意が出来ていました。
「あ、メアリ、コレ、乾かしてはあるけど、洗っておいてね」
そう言ってデイパックを渡します。
「ヤッパリ海に入られたんですか?」
あきれた顔でデイパックを受け取るメアリ
「もちろんよ、新しく作ったモノ、サーフボードって言うんだけど、海で使う物だもの」
「又アンナ格好で海に入ったのか・・・ところでオリビア、さっきから言っている新しい道具ってなんだい?」
去年の水着姿を知っている兄、学園に通うようになってもそんな格好で遊ぶ妹にもう一言言ってやろうと思いましたが、オリビアが新しく作らせたモノも気になります。
「波を利用して海の上を走るモノ、なんて感じかな?」
「う~ん、なんだかゼンゼン分からない」
「そうだ!ノア兄さん、あれだけ飛行具得意なんだから、すぐに出来るようになるかも、明日にでも行ってみない?どんなモノだか私が実際に使って説明するから」
「オリビアの説明だと、海の上をバランスを取って走るモノなのかな」
「大体合ってる・・・あ!兄さんレポートは?」
「あと少し、夕方までにアメリア姉さんに見せることになってる」
「じゃあ明日は学園に提出に行くの?」
「明日送れば良いらしい、だから一緒に行けるよ」
「そうなんだ、それじゃあ明日行こうよ、ごちそうさま!」
それだけ言うと、さっさとテーブルを後にしました。
コンコン
執務室のドアをノックするオリビア
「オリビアかい?入ってきて」
ワイアットの声が聞こえます
「お仕事中失礼します」
中に入ると、兄のワイアットと、レイエス公爵である父のウィリアムが、書類仕事をこなしていました。
冷房があるのはリビングだけ、窓辺に置いた扇風機で涼を取っている現状です。
「ぅわぁ~大変そう」
オリビアもこう言う仕事はあまり好きではありません。
「お帰りオリビア」
「お父様ただいま」
「色々聞いてるよ」
優しく微笑む父ですが、目が笑っていません!
「なにかしら?」
チョット可愛らしく首をかしげるオリビアです。
「何かしらじゃないよ、朝食の席では言わなかったけど、飛行具レースに出ることにしたとか、今日は2人乗りで海まで行ったとか」
再びお小言をいただきそうになるオリビアですが、
「飛行具レースは先生が推薦してくれたの、ノア兄さんも危険なら止めるって言ってたけど、今は一緒に練習しているのよ。1年の女子で出るって、むしろ自慢できることだと思うわ」
父親のお小言にも、全く動じる様子も無く、胸を張って答えます。
「そんなコトを自慢げに言うのはオリビアだけだよ。それで、今日は何でジョンソンところの息子と海に行ったのかな?」
「もちろん新しい道具のテストよ、タダ遊びに行ったわけじゃ無いわ」
「そうなのかい?」
お小言を言っていたはずの父ですが、やはりレイエス家の当主、新発明が気になります。
「だから、平民で魔力の無いジョンソン兄弟にも試して欲しかったのよね」
「海の上で使う便利な道具なのかな?」
「イエ!単純に遊ぶだけのモノよ」
キッパリと言い切るオリビア
これには、父も兄も少しあきれた様子になります。
「これだけ領地が発展しているのよ、娯楽が無くちゃダメでしょ!しかも、タダ楽しいだけじゃ無いのよ、使いこなすのに技術も体力もいるの、そのうちきちんとした競技として認めてもらうわ」
あまりにも堂々と言い切るオリビアに、返す言葉もありません。
この世界は、芸術的な娯楽は非常に発達しています。
食事なども、旧世界の日本と遜色有りません。
但し、スポーツ系の娯楽は、極めて少ないのです。
「ワイアット兄さん、明日も使ってみるから見に来てよ」
「明日はジョンソン商会に行かないとね、冷房を完成させてこの部屋に付けたいから」
「あとは私の部屋にね」
サラッと主張を通すことを忘れない父親です。
「今年いっぱいしか持たないかもしれないのは残念よね」
「そう言えばオリビア、帰ってきた日に銅と鉄以外の金属のこと、聞こうとしたよね」
「ええ、出来ればいくつかサンプルをそろえて欲しいって、夏前に連絡したけど」
「いくつか用意したよ」
「ホント!」
「ああ、作業場に置いてある」
「ヤッタァ~、兄さん仕事あとどのくらい」
「仕事の配分はほとんど終わった、後は父さんじゃ無ければ決済できないモノばかりだね」
公爵家の仕事は、当主としての決裁などもありますが、一番大変なのは仕事の割り振りです。
魔力のもつものを、魔力量に応じて必要な場所に派遣する。
領地の発展に大きく影響します。
「じゃあ作業場に行こう!あ・・・私着替えてくるから!」
そう言うと勢いよく執務室を出て行きました。
「あ!オリビア!って、もう行っちゃった」
音を立てて閉まったドアを見つめるワイアット
「ホントニ、オリビアは全く変わらないな」
「そんなコト無いよ、父さん、むしろ前よりひどくなってる気がする」
「それじゃかえって良くないじゃないか・・・甘やかしすぎちゃったかな」
「家族全員ね、まあ、いざとなったら母さんに叱ってもらえば大丈夫だよ。ただあの奔放さが天才の所以でもあるからね」
「天才妖精姫か・・・子どもの頃は本当に天使みたいだったけどね・・・ワイアット、後は全部私がやっておく、作業場に行ってあげなさい」
「甘やかしすぎて言ってたばかりなのに、良いの?父さん」
「奔放さが天才の所以だろ、なんかひらめいたみたいだしな」
ニヤリと笑う父親です
「分かった、僕も気になるから行ってみる」
レイエス家の作業場に先に来たワイアットが、金属サンプルを並べていると、作業着を着たオリビアが駆け込んできました。
「お待たせ兄さん」
「今用意したばかりだよ」
机の上には普通の鉄らしい塊、銅、鉛、真鍮、亜鉛、そして妙に白く光っている金属が2種
「金と銀は除外した、一般的にはコンナところ、コノ銀白鋼と白銅鋼は扱いにくくてあまり使われていない、特に銀白鋼はなかなか溶けない、その代わり錆びないんだよね」
「そう言えばこの世界にも普通に金や銀があるのね」
「前の世界には無かったのかい」
作業場に居るのはワイアットとオリビアだけ、前世の話をすることが出来ます。
「普通に合ったわ、でも通貨として流通させるほど沢山有るのは、珍しいって何かで読んだ記憶があるの」
「金は貴重だよ」
「それでもこれだけ流通しているでしょ、そう言う環境って、この星が出来るときに、超新星の爆発があったとか、特殊なことが起きているハズなんだって」
「そうなのかい?」
「記憶半分だけどね・・・まあ、それは置いておいて、鉛や銅は鉄と混ぜても合金にならないはず、真鍮はあるのね」
「有るよ、馬車の軸受けなんかに使われているよ」
「銀白鋼と白銅鋼か・・・コレってもしかしたら、クロムとニッケルじゃ無いかな」
金属に顔を近づけて、確認しようとするオリビア
もちろんそんなコトをしても何も分かりません
「くろ?何だって??」
「クロムとニッケル、鉄にね、クロム18%ニッケル8%入れると、188(ジュウハチハチ)ステンレス、SUS304に成るはずよ」
「混ぜるだけで?」
「混ざるって言うよりも、合金って言って元とは違う金属になるの、真鍮と銅ってかなり別物でしょ」
「そう言えばそうだね、でもこの銀白鋼はなかなか溶けないぞ」
ピ~んと指先で金属をはじくワイアット
「なかなか溶けないか・・・益々クロムっぽいわね」
「とりあえずオリビアの言う比率で重さを量って、ココに入れてみよう」
そう言うと磁器の器を用意します。
少しバラバラになっている金属片を、鉄7割クロムらしき金属2割、そしてニッケルらしき金属1割を測り磁器に放り込みました。
分量はせいぜい3キン(100g)も無いくらいの少量です。
「このくらいなら、溶接の魔道具を利用すれば溶けるんじゃ無いかしら?ここにもあるでしょ?」
「もちろん有るよ、僕がやってみよう」
そう言うと、先端に水晶の付いた魔法の杖を、磁器に向けるワイアット
「じゃあ私が混ぜてみるわ」
そう言うと磁器に手をかざします。
「気を付けてね、オリビアだから信用してるけど、力加減間違えてチョットでも溶けた金属飛ばしたら大やけどだよ」
「任せて!大丈夫だから」
そう言うと、2人で協力して金属を溶かし始めました。
「このくらいでどうかな」
「ココに開けるわよ」
金属の机の上に、溶けた金属を魔法で移動させると、薄くのばします
「見事な魔力制御だね」
感心する兄の前で、サラに金属の温度を下げていきます
「コンナモノかしら」
机の上には厚さ0.5ミュー(1.5mm)程度、1シック(30cm)□くらいの金属片が出来ました。
「イヤー熱いな、早くコレ完成させてこの部屋にも冷房を付けたいよ」
汗を無ぐうワイアット、ふと見るとオリビアはあまり暑そうにして居ません。
「あれ?オリビアはなんで涼しそうなんだい?」
「金属の温度下げるときに、ついでに作業着の温度も下げたのよ」
サラッと当たり前のように言うオリビア
「え~!良くそんな正確に魔力制御出来るな。しかもほとんど並列で」
冷却魔法は極めて高難度!
通常は水を一気に凍らせる事が出来れば、冷却魔法を使えると言うことが出来ます。
もの凄く熱を持っている物、例えば、今の金属の温度を下げるという使い方が出来れば、極めて上級者です。
温度差を付ける方法であれば、ある程度緩やかに制御することが出来ますが
衣類の温度だけを下げるのは極めて困難です。
「学校で魔素を視覚化してもらったからね、魔素とエネルギー変換、エネルギーから魔素化が凄くはっきりとしたの、どのくらいのエネルギーで魔素になるか、それがはっきりしていれば可能よ」
「そう言う物かな?」
「前にも言ったけど、エネルギーは重さの900億倍、今手のひらに触れている空気中の魔素が全てエネルギーになると1万ジュールくらい・・・えっと、桶イッパイの水を一気に沸騰させられるくらいね、その分量比をきちんと理解していれば、細かい制御が出来るわ」
「最初に聞いた説明だね、僕ももう少しその考えで練習してみるよ。それにしてもオリビアの前世の知識は・・」
コンコン
ワイアットがそう言いかけたとき、ドアをノックする音がしました。
「っし!」
人差し指を口元に持っていると、兄の会話を中断するオリビア、そして
「どうぞ」
っと、返事をします
「失礼します」
入ってきたのはメアリでした
「オリビアお嬢様、やはりこちらでしたか。」
「何メアリ?」
「アリア様がいらっしゃいました」
「え?昨日帰ったばかりなのに・・・あ~分かった」
「どういうこと?オリビア」
「手紙を出したりするより早いから、娘を連絡係にしたのよ、サリバン公爵が」
「あ!それって冷房を見に来たいって事かな」
「絶対にそれ!涼しい部屋で待っていてもらって今行くから」
「分かりました。それにしてもこの部屋は暑いですね、お嬢様よく平気ですね」
夏の昼過ぎに製鉄所のまねをして居たのです、ワイアットは汗びっしょり
オリビアは涼しい顔をしています。
「まあコレだから早く冷房が必要なのよね、兄さんこの金属使えるかどうか調べておいてね」
「分かった、サリヴァン公爵にごり押しされたら、良い材質がもう少しでデキルからって待ってもらおうかな」
「あ!それが良いんじゃ無い!」




