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今日、国を滅ぼしても

なんちゃってのご都合ファンタジー設定なので能力に関してはふわっと見てください。一応水は火に強いが……的なイメージです。魔法とも超能力ともいえないちょっと微妙なライン。

 

 どうせ焼けるなら。

 いっそこの身ごと燃やしてしまおう。



 ------------------------------- 



 この国では、火・水・光の三つの能力者と、それらに属さない無属性と呼ばれる人間が暮らしている。力は遺伝していくと伝えられ、両親が水の力を持っていれば子もまた水の力を得る。より強い力の子が欲しければ水は水、火は火の相手と子どもをつくることが一般的ということだ。

 だが普通はそこまで考えない。

 好き合ったもの同士結婚し、どちらの力を受け継ぐだろうね、と子の成長を見守るのが一般的な親だろう。


 だけどフルール家は違う。

 先祖代々、火の力を持った人間のみで繁栄してきた。まさに火の能力を持つスペシャリストの集団。その家の長女サハネ・フルールは、歴代ナンバーワンと言われるほどの力を持って生まれてきた。


「近頃の王は三代続けて光の能力者だったが、第一王子の能力は火だ」

「このチャンスは逃せない」


 そう。

 私は生まれる前から王家に嫁ぐことが決まっていた。

 ここ最近火の能力を持った王子が生まれないから、お呼びがかからなかったが第一王子が火の力を持っているなら、娘を王家にいれるチャンスということ。


 能力の値が高いと分かると、私はその力を鍛えること以外はさせてもらえなくなった。

 暴発して体中に残る火傷の跡は強い者の証だと言われたが、私はこんな身体が王子の好みに合うとは思わなかった。でもそんな心配は杞憂だろうか。王家の人間もまた能力の強い者以外に興味はないのかもしれない。


 この身体は能力を保持するための器でしかないのだ。


 今日も全ての稽古を終え、時計を見ると22時を過ぎていた。身支度をして稽古場から自分の部屋へ戻る途中、玄関から物音が聞こえる。


「誰?」

「っ!……なんだ姉さんか。驚かさないでよ」


 そこにいたのは三つ年下の妹ユハネ。

 門限は21時のはずだが、どうりでこそこそとしているわけだ。可愛い化粧を施し肌の露出が多い服を好むユハネから目を逸らし「父さんたちに見つからないように気を付けて」と言うと間延びした返事をされた。


「はぁい。姉さんはまた稽古?」

「えぇ。そうよ」

「やっぱり。アハハ、匂いで分かったよ。でもこのままいけば王宮で暮らせるんでしょ?羨ましいなぁ」


 羨ましい?

 笑われたことより、その言葉を聞いて頭に疑問符が浮かぶ。


「……ユハネは?稽古はどうしたの?」

「何言っているの?私ここ数年稽古なんてしてないよ」

「え?」

「だって姉さんが嫁げば私たちは安泰だもん」

「そう……それならこんな時間にどこへ?」

「そんなの決まっているじゃん。デートだよ。デート」

「デート……」


 だからそんな良い香りを漂わせているのだろうか。

 汗臭い自分とは違う。

 同じ両親から生まれたはずなのに、どうしてこんなにも違うのだろうか。

 ぽつりと呟いて黙っていると、ユハネは「でもまぁ」と続けた。


「私も姉さんみたいに幸せになりたいからさぁ」

「私みたいに……ってどういう意味?」

「だって、王子様と結婚できるんだよ。姉さんのほうが幸せでしょ」


 強い力を持っただけで一族の期待を一身に背負い、顔も知らぬ王子に嫁ぐ為に日々身体をボロボロにしながら鍛錬に励む私の何が幸せか。


 そう言い返したかったがグッと堪える。

 そもそも感覚が違うんだ。

 この家の人間はみんなそう。第一王子が火の能力を持っていると知り、この家は大いに沸いたらしい。そして待ちわびた第一子の力が歴代ナンバーワン。物心ついたときから口々に「お前は幸せだ」と言われ育った。


 王家に嫁げる私が幸せ?


 違う。

 さっきユハネも言っていたじゃないか。

 一族の中から王家に嫁ぐ人間が出て、幸せなのはこの家に残る人間だ。

 私じゃない。

 言い争っても無駄だと諦めて否定も肯定もせず、静かにその横を通り過ぎる。妹もまた自分と正反対の姉にそれ以上何も言うことはなかった。



 -------------------------------- 



「はじめまして、サハネ・フルールです」

「お前がフルール家の娘か」


 第一印象は高圧的。

 でも王族なんてみんなそんなものよね、と想像の範囲以内だ。


 能力を見極めるためにサハネは今日から一ヶ月間この王宮で暮らす。

 表向きは王子と親睦を深める為ということだが、親睦なんてあってもなくても能力が認められさえすれば王宮に迎えられるはず。


 正面の豪華な椅子に座る八歳年上の第一王子は、値踏みをするようにサハネを見たあと足を組んだ。向けられた視線は好意的なものでなく、自分が王子の好みに合わなかったのだと知る。ただ第一王子がこんなに感情が態度に出やすくていいのだろうか。僅かに頭を下げながらそう考えるが、王族をそんな風に窘める人はいないだろうと思い直した。


「王宮の中は好きに移動してもらって構わないが、お前は一応私に嫁ぐ身なのだと自覚した行動をとるように」

「はい。理解しております」

「何かあったらジャファに言え」


 王子の背後に立つ男が頭を下げたので顔を覚えた。王子よりいくらか話しやすそうな雰囲気に少しだけ安心する。再び礼の姿勢をとると王子はそれ以上会話をすることもなくすぐに謁見の間から出て行った。

 従者に案内され与えられた部屋に入りさっそく用意されていた衣服に着替え、指定された場所へ向かう。


 なにもないガランとした部屋に入ると、水の能力者によって作られたバリアの中にジャファを含む数人がいた。その中の一人が口を開く。


「まずは最大限の力を見せてほしい」

「最大限、ですか」

「両親から自分の身を焼き尽くすほどの力が出せると聞いているがそれを見てみたいんだ。治療の準備は出来ているので安心してほしい」


 あぁなるほど。

 年長者に言われたことは素直に従うべきという教育を受けているサハネは、こくんと頷き一気に力を開放させた。

 積み重ねてきた稽古の賜物か、多少肌がやけたくらいじゃなんにも感じない。


 いつもは稽古場を焼き尽くしてしまうかもしれないという遠慮があったが、ここには水の能力者がいる。あのバリアの力がどれほどのものか分からないが、王の側近が一緒にいるのだから、そう簡単には壊れたりしないだろう。

 それに自分でも自分の限界を知りたいと思っていたところだった。そう思って解放した力は自分の想像を遥かに超えていると感じる。意識が持っていかれそうになったその瞬間、バリアが破壊されたのを視界の隅に捉えた。

 これはマズイ。

 すぐに力を抑え込むが何人かが熱にやられたようでその場に蹲った。肩を上下させ乱れた息を整えながらサハネは顔を真っ青にする。


「も、申し訳ありません。みなさんお怪我は……」


「想像を遥かに超えている」

「王子と匹敵する力、いや、これはそれ以上かと」


 この事態に驚きを隠せないのか議論が続きサハネの謝罪は届いていない。

 自分の力を評価してもらえるのは嬉しいが、みなが私は見る視線には恐れが浮かんでいる。

 彼らの議論が続く間、会話に入ることも出来ずしばらくジッとしていたが、こうしているとやけた肌に違和感を覚えた。そっとその箇所を押さえているとそれに気づいたのがジャファが「救護班」を呼ぶ。


「傷を見せてください」

 1人の女性にそう言われ突然腕を取られたサハネは「あ」と声をあげた。淡々と仕事をこなそうとしていた彼女はサハネの腕を見て息をのむ。戸惑いの表情を目の当たりにして慌てて手を引っ込めた。


「これくらい大丈夫ですから」

「ですが……」

「本当に大丈夫なんです。……すいません、見苦しいものを見せて」

「いえ、そんな」


 無数に広がる暴発の跡。どれが今出来た傷なのか一瞬では判断が難しいその腕は、やはり普通の人が見れば恐ろしいのだろう。

 彼女は判断を仰ぐためかジャファたちの元へ向かう。何やら話をしたあと戻ってきた彼女から塗り薬を渡された。


「これは肌の再生を促す薬です。塗り続ければ少しは楽になるかと」

「……ありがとうございます」


 自分の元の肌がどうだったかなんて覚えていないのだけど。

 心遣いに感謝しながら受取ると、彼女は頭を下げて部屋を出て行く。残されたサハネにジャファが声をかけた。


「今日はこれで終わりにしましょう。部屋に戻って休んでください。お疲れさまでした」

「分かりました。あの、本当にみなさんは大丈夫なのでしょうか?」

「こちらの心配は無用です。それより部屋の場所は分かりますか?誰かに案内を……」

「いえ、大丈夫です。場所は覚えていますから。では失礼します」


 そう言って部屋を出る。

 部屋に戻る途中、先ほどの傷は思っていたより酷かったようで徐々に痛みが出てきてしまった。貰った薬を塗ろうにも、一度ちゃんと冷やしたい。自分の部屋に戻った方が早いかもしれないが、顔が引きつるほどの痛みにとりあえずどこかに水場がないかきょろきょろと辺りを見渡した。だが周囲の扉はどれも同じに見える。勝手に開けるのはマズイだろうか。けど少し水場を借りるだけ。他意はない。ゆっくりと一番近くの扉に手をかけ恐る恐る開く。中を覗いて違うようならすぐに閉めようと思っていた時、背後から声をかけられた。


「そこで何をしている」

「っ!」


 声に驚いて慌てて扉を閉めるが、そうしたって今自分が部屋を覗いていたことに変わりはない。パッと振り返ると長身の男が無表情で私を見下ろしていた。


「あ、あの……」

「王宮の人間じゃないようだが。……あぁ、そういえばフルール家の娘が来ると言っていたが、お前のことか?」

「そうです。すいませんあの、水場を探していて」

 淡々とした口調だがそこに責めようとする意志は感じられない。頷きながら返事をすると男はサハネの姿を見て何かに気付いたようだ。


「水場……能力測定はこれからか?」

「え?あ、いえ……今終わりました」

「なるほど。それならこっちへ来るといい」


 そう言った男はサハネが開けようとしていた隣の扉を開けた。


「どうした?」

「……そこは?」

「ここは俺の部屋だ。話ならこっちですればいいだろう」


 王宮に部屋を持つ人間ということは怪しい人ではないだろう。ついて行ってもいいだろうか。咄嗟の判断が出来ず躊躇ってしまうが、この人の言葉から悪意は感じない。そもそも最初に王子から好きに移動していいと言われているのを思い出したサハネは、男のあとに続いて隣の部屋へ入る。

 扉を閉めて奥に進むと男はすでにソファに座っていた。


「あの……」

「ここに座りなさい」


 隣に座る様に促され足が止まる。

 サハネは外の生活をあまり知らない。それゆえ妹のように異性と遊びに過ごす経験もなかった。部屋に二人きりという状況の中、異性の横に座るというそんな簡単なことでさえ、大それたことのように思ってしまう。

 一向に近づいてこないサハネを見つめた男は口を開いた。


「……俺が怖いか?」

「え?」

「すまない。兄には似ていないのだ。ただ治療をしたいだけだから心配しないでくれ」


 どういう意味か分からなくてサハネは思わずぽかんと口を開けた。

 たしかに自分よりはるかに大きい体格と、最初に会った時からぴくりとも変わらない表情は気になっていたが、怖いと判断するほどではない。


「そんなこと思っていないので、謝らないでください。ただ私が異性の方に慣れていないだけなので。すいません」

 そう言いながら歩みを進め男の隣に腰を下ろす。

「そうなのか」と呟いた男は小さく息を吐きだした。それがホッと息を吐いたように見える。


「腕を触っていいか?」

「あ、あの……」

「大丈夫。痛くはないはずだ」


 大きい手が自分の腕に伸びてきてギュッと目を閉じたが、綿を包むように柔らかく触れられ逆にビクっと身体が震えてしまった。そのまま持ち上げられると袖が捲れ、ギョッとするような肌が露わになる。


 咄嗟に引っ込めようとするが男は「大丈夫だから」と言って、もう片方の手をそっと傷跡の上に乗せた。さっきの傷に触れられた痛みに顔を顰めたのも束の間、サハネの腕は薄い膜のような物に覆われる。


 それが男の能力だというのはすぐに分かったが、驚いたのはじくじくとした痛みがスッと治まったこと。それどころか何年も放置してあった傷跡にも、ほんのりと温かい空気が染みわたり、むず痒いようななんともいえない感覚に陥る。


「これで少し楽になればいいんだが」

「これは何を……」


 ゆっくり手を離した男はサハネの腕を下ろすと少し距離を取って座りなおした。両手を組んで静かに口を開く。


「俺の能力は癒しだそうだ。この国ではあまり必要ない力だが」


 それを聞いて腑に落ちる。蓄積された傷跡はまだ腕に残っているが、さっき負った新しい傷はほとんど完治していた。そして男の言う通り能力の掛け合わせによって進化したこの国の医療はどこよりも進んでいる。

 水の能力者の多くは治癒の能力を持つ者が多いが、癒しはあまり聞いたことがなかった。

 必要ないなんてことはないと思うが、男は相変わらず表情を変えないまま続ける。


「でも今日は初めてこの力を少しだけ誇らしく思った。そうだ。何か薬をもらわなかったか?」

「薬……あ、はい。さっきこれを」

「ジャファが用意したものか。たしかにこれはいい薬だ。少し借りても?」

「はい」

 男は受け取った薬に手をかざし、再びサハネに返す。

「効果があればいいが、一応俺の力を込めておいた」

 男の表情も声もやはり淡々としているが、能力が強いゆえの怪我など、誉にこそなっても心配されることはなかった。私の傷を見ても引かないどころか、こんな風に気遣われてしまうと嬉しさを通り越して心がざわつく。


「あの。気味が悪くないんですか?」

「どういう意味だ?」

「この肌……救護班の方だって驚いていました。もちろん私だってこんな肌を見たらそう思います。それが普通です。それなのにどうして」

「それじゃ逆に聞こう。君は何故私を怖いと言わなかった?」


 質問の意図が分からず隣を見上げると、男は無表情のままサハネを見下ろした。視線がぶつかり沈黙が流れる。たしかに怒っているように見えなくもないが、話しているとそうじゃないことくらいすぐに分かる。どこに怖いと思う要素あるのだろう。


「すみません。おっしゃっている意味が分かりません」

「それは何故だ?」

「何故って。……あなたの視線は嫌じゃないからです。私をフルール家繁栄の為の道具として見ていないし、こんな身体を見ても同情も憐憫も詮索することもない。そんな人は今までいませんでした」


 そう初めてだ。

 常に能力を高めることを求められ、人と接する機会はほとんどなかったが、たまに来る来訪者も妹と話をするばかり。私に求められていることは、この家の繁栄の為王家に嫁ぐただそれだけだった。


「それに私の腕をこんなふうに触れてくれたのはあなたが初めてです。だから怖いなんて思うわけがない」

「そんなこと言われたのは俺も初めてだ」

 男が目を少し細める。

「ありがとう」

「そんな、お礼なら私の方こそ」

「いや」

「いやいや」


 なんとも奇妙な言い合いをしたあとお互い口を閉ざし沈黙が流れる。

 そしてどちらからともなく吹き出した。と言っても男はフッと息を吐きだした程度だが。

 ひとしきり笑ったサハネは男を見上げた。


「私、サハネと言います。名乗るが遅れてすいませんでした」

「サハネ。……いい響きだ。私はケンリーだ。まぁ知っていると思うが」

「えっ?」

「ん?」

 想像もしていなかった名前に思わず声が出る。

「……知らなかったのか?」

 だが驚いた素振りを見せたサハネを見つめるケンリ―も、表情には出さないが声に困惑が滲んだ。サハネは首を何度も縦に振る。


 外の世界に疎いサハネもその名は知っていた。

 ケンリ―。

 本名はおそらくケンリ―・ライノット。

 サハネが婚約する第一王子の5つ年下の弟で、この国の第二王子だ。


「し、失礼しました。すいません、私なんかに貴重な力を」


 まだ正式な婚約をしていないサハネの身分はまだ一般市民と同じ。

 王子と同じソファでしかも隣に座るなど不敬にあたる。滑り落ちるように床に膝をつくが、ケンリ―によってすぐに身体を起こされた。


「知っていると思い名乗らなかったのは俺だ。驚かせてすまない」

「そんな、とんでもないです」

「サハネも知っていると思うが、この国では能力の高さが重要視される。俺のこの能力では兄を差し置いて王になることもないだろう。ハリボテの王子だ」

「ケンリー様がハリボテなら、私はただの器です。必要とされているのはこの能力だけで、私自身に価値はない。ずっとそう思って生きてきました」


 正反対の悩みだが思わぬ共通点に二人は一度口を閉じる。

 先に口を開いたのはケンリーだった。


「能力測定は今日だけじゃないのだろう?」

「最初に聞いていたままだと一週間に一度です」

「そうか。もう無茶はされないと思うがもしまた傷を負ったなら、この部屋に来るといい」

「え?」

「治癒の能力だったら役に立ったかもしれないが、俺は癒すことしか出来ない。完全に治すことはできないが、それでも君の傷を癒してあげることは出来る」

「ケンリ―様」

「もし何かあったら遠慮はしなくていい」

「ありがとうございます」

 やはりこの人は怖い人なんかじゃない。

 王宮での生活は不安でしかなかったが、ケンリーとの出会いはサハネにとって心の拠り所になった。こうして能力測定のあとこの部屋に何度か足を踏み入れることになる。



 ただ、サハネは第一王子と会った時に言われた言葉の意味をきちんと理解出来ていなかったのだ。



「ジャファ様!どういうことですか!何故?私たちは何もやましいことなどしておりません」

 サハネがそう必死に訴えるがジャファは聞く耳を持たない。

「もう決まったことです」

「何故ですか!何故そのようなことを……あの方は王子の弟、れっきとした王子なのですよ」

「あなたが忠告を無視したのでしょう。王子はきちんと言っていましたよ。“王子に嫁ぐ身なのだと自覚した行動をとるように”と、忘れてはいないですよね」

「もちろん覚えています。でも、本当にあの方はただ私の怪我を治してくれようとしただけ。あんなに優しい方が何故」


 サハネが第二王子と不貞を働いている。

 そんな噂がたってすぐ、第一王子が命じたのは第二王子の処刑だった。

 もしそれが本当だとしても罰が重すぎる。だが「強力な火の能力を持つ女を使い、王位をとるおつもりです」と家臣に進言された第一王子は、本当に第二王子が王位を狙っていると思い込んだのだ。


「それなら私が処刑を受けます。元々私の軽はずみな行動のせい。あの方には何もしないでください。お願いです、ジャファ様」

「あなたを処刑?……何を言っているんですか。そんなこと出来るわけがないでしょう?第一王子をも凌ぐ能力をお持ちなんですから、それにあなたは予定通り第一王子と婚約が決まっています」


 ジャファはそう言うとサハネの部屋に施錠をした。

 水の能力で作られた鍵は火の能力者には壊せない。処刑はもう始まってしまう。


 目の前が真っ暗になった。

 なんでこんなことになってしまったのか。全て私がいけないのだ。私があの方の優しさに甘えてしまったから。あの方の温もりに幸福を見出してしまったから。


 頬を伝う涙と共に嗚咽が溢れる。


 ずっと家の為に生きてきた。

 予定通り第一王子との婚約も決まった。私は無事に役目を果たせたことになる。

 ただもう一人の自分が言うのだ。

「私を人間として扱ってくれたのは誰だ?」と。

 家のことを考えればそんなことをしていいはずがない。駄目だ、と良心がサハネを攻め立てる。



 だけど、どうしても無理なのだ。

 能力を使っていないにも関わらず心が焼き尽くされているように熱く痛い。

 どうせ焼けるなら。

 いっそこの身ごと燃やしてしまおう。


 震える足に力を込めて立ち上がる。

 サハネが進むごとに床は焦げ煙が上がり始めた。水の能力で作られた鍵を握りつぶすようにして、この一点に能力を集中させるとサハネの能力の値が上回り鍵が壊れた。


 何も躊躇わない。

 この力はこの日の為に、あの方の為に使うのだ。

 そう思えば勇気が沸々と湧いてくる。


 サハネの身体に収まりきらなくなった能力が四方に散っていく。王子の処刑など未だかつて聞いたことがない。王宮の人間はその対応に追われているのか、あちこちから煙が上がりその異変に気付いた頃には、すでにサハネは処刑場に到着していた。


 ここで全て終わらせたら代々続くフルール家は逆賊となる。

 それでも私を道具としてしか扱わなかった人たちと、初めて一人の人間として接してくれた似た傷を抱えたあの方。

 どちらかしか助けられないなら私は迷わず後者を選ぶ。



 サハネは一瞬の迷いもなく能力を全開放させた。

 あちこちから火柱があがりこの場を燃やし尽くすほどの能力が突如現れ、処刑場はパニックになる。王宮にいる水の能力者をもってしてもその能力を防ぎきれない。光の能力者たちは周囲の人を守るだけで精一杯といったところだ。何の騒ぎだと喚く王子や他の王族たちは早急に避難するよう誘導され他の人も続々と処刑場から出て行く。


 ただこの能力の影響はサハネも受けていた。

 この身が焼けてなくなるほどの熱に薄まる意識の中、その視界にケンリ―を捉える。彼に近づき手錠を破壊して力なく微笑んだ。


「どうして君がこんなところに……それより早く力を押さえるんだ。これ以上は君の身体が」

「も、うしわけありません。私のせいで、つらい思いを……ここは、わたしがなんとかするので、どうか遠くへにげて、ください」

「何を言っている!今は俺のことなどどうでもいい」


 二人が言葉を交わしているのを見て衛兵たちが近づいて来ようとするが、サハネは自分たちの周りをさらに能力で覆った。ここに足を踏み入れるなら身体が燃え尽きる覚悟を持ってこい。そんな強い意志を感じる力に衛兵たちも足を止める。


「どうでもよくなどありません。私はこの国や私の家がどうなろうとも、もうかまわない。あなたが、私をひとりの人間としてあつかってくれた。私にとって、ケンリ―様の方が大事なのです」

「分かった。分かったからもうやめてくれ。このままじゃ本当に燃え尽きてしまう」


 こんな状況でも私の身を案じてくれるケンリ―に涙が溢れた。

 それだけで皆が責めても私の勇気は無駄じゃないとそう思える。


「あなたに出会えてよかった。……おねがいします、はやく行って」


 これ以上は本当に無理かもしれない。

 サハネがそう訴えた瞬間、能力を身に纏うサハネごとケンリ―がその身体を抱きしめる。


「ケンリ―様!」

「大丈夫。君を一人にはさせない」


 一緒に燃えてしまう、と悲痛な声を上げるサハネを抱きしめたまま、ケンリ―は能力を解放させた。傷ついたサハネの心身はその力をもって徐々に収まっていくが、そうすればおのずと能力も消えてしまう。衛兵はいまだ残っていてこのままじゃ結局彼らに捕まってしまうじゃないか。


 そう思っていたが何故か朦朧としていた意識がはっきりしてきても、サハネが使った能力の威力は消えない。


「あれ、なぜ?」

「分からない。が、幸運だと思おう」


 ケンリーはサハネを抱きかかえ自らの身体に能力を纏わす。そしてサハネが作った能力の壁に少しだけ触れてみた。


「ケンリ―様それに触れては……あれ、大丈夫なのですか?」

「あぁ。君の攻撃対象に俺は含まれていないのか、それとも俺の能力が無効化しているのかは分からないが、大丈夫そうだ」


 確かにケンリ―を助けるために能力を使ったのだ。その力が彼を傷つけることはないのかもしれない。それなら、とサハネは癒しの能力を纏ったケンリ―をさらに覆いつくすように自分の能力を重ねた。


「熱くは、ないですか」

「あぁ。なんともない。……二人でここから出よう」


 ケンリ―はサハネを抱えたまま衛兵たちの前を通り過ぎる。衛兵たちは互いの能力を纏った二人に触れることさえ出来ない。ただこの力がいつまで持つのかも不明だ。サハネは衛兵たちが追ってこないよう残った力を振り絞って足止めするように能力を放つ。

 こうしてひたすら走り続け、とうとう二人は王宮を飛び出した。

 近くに身を隠し振り返るといまだに王宮から火の手が上がっている。そのおかげで追手もまだ来ていないようだ。


「まったく無茶をして……」

 震える声でそう言ったケンリ―にサハネも泣きながら「すいません」と謝った。二人は互いに能力を消し去り、サハネはゆっくりと身体を下ろされる。


 向かい合った二人は涙に濡れた顔で見つめ合い、そして熱い口づけを交わした。


「ケンリ―様」

「もう王子ではないのだから、ケンリ―と呼んでくれ」

「……ケンリ―、あぁ。本当に二人とも生きているのね」

「サハネのおかげだ。ありがとう。けど今後あんな無茶はしないと約束してくれ。自分の身も大切にしてほしいんだ。……愛する者が傷つく姿はもう二度とみたくない」

「はい……私もあなたを愛しています」


 二人は再び強く抱きしめ合った。


 そして二人は王宮に背を向ける。

 今後王宮がどうなったのか、そしてフルール家がどうなったのか、知らずに生きていける場所を目指して二人は歩き始めるのだった。



最後まで読んで頂けてとても嬉しいです。

ご覧いただきありがとうございました。

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[良い点] 「thanks20th企画」から拝読させていただきました。 サハネ、よく決断しました。 あなたのその卓越した力を利用しようとだけ捧げる必要はありません。 あなたとあなたの愛する人のために使…
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