4話
「ひとまずはこれでいいでしょう。誰もが羨む美白を手に入れましたね!」
アリスの顔を間近で見るのは幾度となくあるが、その度に私は彼女のメイク技術に唸りを上げていた。
元々の肌がとても綺麗というのもあるけれど、それでもそのメイクには工夫を感じられ、この人になら任せて大丈夫と思わせるほどの完璧な仕上がり。
中でも特に気に入っているのは眉毛。
本当に生えているかのように毛流れが再現されており、それはまさしく芸術だった。
過去にお貴族様やご令嬢との接点が多々あった私。
基本的なメイクをできない人が大勢いた。
それこそ白くすれば良い。男は白い肌が好きと勘違いした人たちが化け物になって外を徘徊するのは珍しくなかった。
メイクというのは女性を輝かせる道具だ。
化け物になっては意味がない。
「ふふっ、口と目周りは薄くしてくれた?」
「……え?どうしてですか?」
「だってアリスもそういうメイクをしてるでしょ?」
笑顔で言葉を発する彼女はまさしく天使で今すぐ拐いたい衝動に駆られるが、思考を持ち直してアリスはお嬢様の言葉に驚いていた。
あまりメイク道具が発達していないこの世界で、私はそれなりに研究を重ねて今の土台を作った。
もちろん口と目の周りは化粧崩れを回避するために薄く塗っているけれど、それが化粧などほとんどしたことのない12歳のお嬢様にわかるはずもない。
アリスは深く思考を巡らせ、ある一つの答えに辿り着いた。
(……やはりお嬢様は…)
ーーー美の神に愛されている
顔や体も神がかり的な美しさだが、それはその思考も含まれるのだ。
美への探究心が心に…脳に、生まれた時からあるのだ。
化粧を一発で見抜いたのも武人と同じようなもの。
ーーー見ただけでわかる
そういう領域なのだお嬢様は。
鼻歌を歌う目の前のお方は…私の腕を信頼し、ニコニコと笑っている。
(かわいすぎ…じゅる…)
じゃなくて、そんな彼女にいくらサラ様の命令だとしても…なんてことを…。
コンコンッ
ノックオンの後、スターリア家当主が声を上げた。
「ルナリア、ユーフィリア様をお連れしたんだけど入っても良い?」
「!?」
「いいよ!」
私は慌てて扉の方へと出向き…サラ様とアイコンタクトを取ってこの場を後にした。
(戻ったら最大級の罰を受けます…!)
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
当主、サラ、そしてユーフィリアがルナリアの部屋へと入る。
当主は少し緊張気味で、サラは何かを期待しているような雰囲気、そしてユーフィリアは……楽しそうにしていた。
天蓋があるためルナリアの顔は扉の方からは見えない。
三人は歩を進ませ、ルナリアを視界にとらえる。
そして放心。
次いで膝から崩れ落ちる当主と笑いを堪えるのに必死なサラ、それと汚物を見るような目を向けてくる男性。
そのベッドには化け物が座っていたのだから。
(え?みんなどしたの?)
母様と目が合うが涙を滲ませて吹き出しそうになっていて、美人な顔が台無しだった。
それに父様も…なぜか虚な目をしているし、婚約者っぽい人もゴミを見るような目を…
「おいっ!どうなってる!?誰だこのブスは!」
「………は?」
今なんて言った?
ブスって言った?
私に?
「美少女と聞いて婚約したんだぞ!あの写真も嘘か!?俺は伯爵家の跡取りだぞ!?何の取り柄もない子爵風情とわざわざ婚約をしてやったのに、ふざけるな!」
クソガキ傲慢タイプで私の苦手な人種だけれど…とりあえず話を聞かないとなんで怒っているのかわからないし、どうにもできない。
「落ち着いて…「黙れブス」…」
かっちーん
2回も言った。
この完璧美少女を前にブスって2回も言った。
あれなの?
見た目ぽっちゃりしてるけど?
もしかして美少女の私をブス扱いって美的センスずれてるの?
ふくよかな方が可愛く見えるタイプの人種?
それともゴリラじゃないと満足しないわけ?
「も、申し訳ございません!な、何かの手違いが!メイクを落とせば…」
「うるさい!こんなにコケにされたのは初めてだ!スターリア家!今回の話は無しだ!」
ーーーー婚約を破棄する!!
「そ、そんな…!」
(え?超ありがたいんですけど)
一方的に告げられた婚約破棄の宣言。
何もわからないまま進んでいる話だけれどもしかしたら良い流れかもしれない。
母様は後ろの方で親指を立てて心底嬉しそうだった。
その表情から何か細工をしたのは間違いなかった。
「後日改めて破棄の書状を送る!」
怒り狂った元婚約者はどすどすと音を立てて部屋を出ていった。
「あ…ぁぁ…こんなはずでは…」
父様の落ち込み様からして…たぶん家のことを、未来を考えてくれていたのだろう。
それを台無しにした私と母様と…アリス。
前世で学んだ貴族社会というものは…上に絶対服従だ。
弱い身分がのしあがるには多大な功績もしくは結婚しかない。
しかし私なら…多大な功績どころか世界を揺るがせられる。
それをどうやって伝えるかだけれど…まずは…
「母様?手鏡を持ってきてくださる?それとアリスを呼んでください」
こうして私の婚約者との会合は一瞬にして終わり、さらに婚約破棄までされた。
伯爵の跡取りを…伯爵家を敵に回したも同然の行為。
(これから忙しくなりそう…)
ルナリアの予言は当たらずも遠からず。
しかし今世は自由に生きるのだ。
誰が敵に回ろうとも…魔王を倒せる私を束縛なんてできようはずもない。
(奇跡的に転生して…さらに婚約破棄。もう悪役令嬢にでもなってみようかな)
楽しく生きれればそれでいいのだ。
今世は…力を隠し、非力な悪役でも演じてみようか。
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