バカと言われたらバカと返し、アホと言われたらアホと返す。そんな幼馴染に好きと告白した結果、大好き!と返された
幼馴染というと、誰よりも恋人に近しい存在だと思う。
小さい頃から一緒に過ごしていて、お互いのことを誰よりもわかっていて。成長して中学や高校に進学し、生活スタイルが変わってきたとしても、「幼馴染だから」という口実さえあれば関係が途切れることはない。
しかもその幼馴染が他のどの女の子よりも可愛いのだとしたら、それはもう惚れないわけがないだろう。
白状しよう。俺・桐島颯汰は幼馴染の桃咲瑠奈のことが好きなのである。
瑠奈は誰もが認める美少女で、その上コミュニケーション能力も高い。彼女の周りにはいつも人集りが出来ていて、本来陰キャラの俺とは住む世界の違う存在だった。
しかし俺と瑠奈は幼馴染だ。
俺だけが与えられているそのカードを駆使すれば、休み時間や放課後に瑠奈に話しかけるのだって難しいことじゃなくなる。
そう、話しかけること自体は。
「おい、瑠奈。お前昨日もベランダに下着干したまま風呂入りに行ったろ? すぐ隣が俺の部屋なんだから、気を付けろって何度も言ってるよな? このバカ」
「颯汰が気にしなければ良いだけの話じゃない。あとバカって言う方がバカだから。このバカ」
瑠奈に話しかけることは簡単だ。だけどいざ彼女を前にすると緊張してしまい、つい悪態をついてしまう。
俺が瑠奈に「バカ」と言えば、彼女も「バカ」と返してくるし、「アホ」と言えば「アホ」と返してくる。そしていつも口喧嘩に発展するわけだ。
こんなんじゃいつまで経っても告白出来ないよな。付き合うなんて、夢のまた夢だ。
幼馴染という関係性に満足していないくせに、幼馴染という立場に甘えてしまっている。それこそが俺の現状だった。
とある日の朝、俺が登校するべく家を出ると、玄関先で偶然瑠奈と出会した。
俺と瑠奈の自宅は十字路を挟んで斜向かいにあり、その為こうして登下校時にばったり出会すのも珍しくない。
「おはよう、颯汰」
「おう、おはよう」
「……真似すんなし」
いや、朝の挨拶くらい被っても良いだろうがよ。お前なんて、俺の発言をいつもおうむ返ししてくるくせに。
優しいと専ら噂の瑠奈は、俺の前でだけ異常なまでのSっ気を発揮する。
物心ついた時から一緒にいる俺相手に、今更猫を被る必要はないということなんだろうけど……少しくらい優しくしてくれても良いのになぁ。
まぁ俺にだけ態度が違うのが桃咲瑠奈という女の子なわけだし、この塩対応も今更というか、その程度で嫌いになったりしないけど。
俺が学校に向かって歩き出すと、なんと瑠奈が俺の横に立ち、同じスピードで歩き始めた。
俺と瑠奈では当然歩幅が違い、その為歩く速度も俺の方がずっと速い。そんな俺に必死でついてこようとする彼女は、なんとも愛らしかった。
「……」
「何ジロジロ見てるのよ?」
「いや、何で俺たち一緒に登校しているのかなーって」
「偶然家の前で友達と会った。だから一緒に学校へ行く。……別におかしなことじゃないんじゃない?」
確かにおかしなことではないんだけど、彼女のことだから「一緒に登校したくないから、ちょっと忘れ物取ってきなさいよ」とありもしない忘れ物を取りに行かせると思っていたのに。一体どういう心境の変化だろうか?
まぁ俺としては好きな子と登校出来るので、願ったり叶ったりなわけだが。
「友達同士と言っても、俺たちは男と女。それも幼馴染なんだから、どう考えたって皆勘違いするだろう? お前はバカか」
「幼馴染だからこそ、一緒にいても勘違いされないのよ。第一あんたと私じゃ釣り合わない。月とスッポンよ」
「……因みにどっちが月でどっちがスッポンなんだ?」
「自分が月だと思っているのなら、一回眼科に行った方が良いわよ」
散々俺を罵倒した瑠奈だったが、まだ悪口を言い足りないのか「あっ、そうそう。忘れてた」とセリフを続ける。
「颯汰の方が、バカだから」
……はいはい、さいですか。
バカと言われたらバカと返す。相変わらずな幼馴染だった。
◇
つつがない1日が終わり、帰宅した俺は、自室のカレンダーを見つめていた。
暦の上では11月。30ある数字のうち、14日の部分にだけ赤丸が付いている。
11月14日。世間では何の変哲もない平日だけど、俺にとっては年に一度の特別な日なわけで。――この日は俺と瑠奈の誕生日なのだ。
家が近くの幼馴染で、生まれた日まで一緒とか、これってもう運命じゃね? 将来結婚確定じゃね?
などとたとえ冗談でも瑠奈に言おうものなら、きっと「バカじゃないの」と真顔で言われることだろう。俺が「バカ」と言っていなくても、だ。
同じ誕生日なので、俺と瑠奈は小さい頃から毎年プレゼントを贈り合っている。そして毎年文句を言われる。
文句を言いながらも去年贈った高めのボールペンとか、大切に使ってくれているわけだから、本気で嫌がっているとは思えないけど。
16歳の誕生日、果たして今年は何を贈ろうか?
女性は16歳になったら結婚出来るので、いっそ婚約指輪でも贈ってしまおうか? 「あと2年待っててくれ」というメッセージ付きで。
……純粋にキモいな。同じことをやられたら、多分そいつと二度と関わりたくないと思うって。
それに恋人でもない女の子にいきなりプロポーズって、非常識にも程がある。物事には順序というものがあるのだ。
だから――今年の誕生日、俺は瑠奈に告白すると決めたり
告白するとなれば、シチュエーションが重要だな。どういう告白にすれば、瑠奈はときめいてくれるだろうか?
そうだなぁ……でっかいクマさんのぬいぐるみをプレゼントとして贈って、その中に俺が隠れているなんてどうだろうか?
……即粗大ゴミ確定だな。或いは俺だけ外に放り捨てて、クマさんを念入りに消毒するか。
数時間かけて色々な告白の方法を考えたけど(半分以上はキモい案だった)、どれもしっくりこない。
結局無難なプレゼントを選んで、渡すと同時に「好きだ」と伝えることにした。シンプルイズベストだ。
俺が「好きだ」と告白したら、瑠奈は何と返すだろうか?
いつもみたいに、おうむ返ししてくれるかな?
「バカ」と言われたら「バカ」と返すように、「アホ」と言われたら「アホ」と返すように、「好き」と言われた時も、彼女が「好き」と返してくれたら、なんと幸せなことだろうか。
◇
11月14日がやってきた。
ハッピーバースデートゥーユー、俺。年を重ねて、また一つ大人になったぜ。
そして同時に、俺は今日、男になる。
朝、綺麗にラッピングされたプレゼントを手に(結局ネックレスにした。高校生が贈る品としては、いささか高価なやつだ)、俺は瑠奈の家に向かった。
いつもより20分ほど早く家を出たので、瑠奈もまだ自宅にいるだろう。ピーンポーンとチャイムを鳴らすと、案の定朝の支度真っ只中の瑠奈が出てきた。
制服には着替えているものの、髪はボサボサでメイクもまだ施していない。幼馴染として小さい頃から一番近くにいる俺相手だからこそ、曝け出せる姿だ。
「颯汰? こんな早くにどうしたの?」
「早いって言っても、20分かそこらだけどな。……一緒に登校しようと思ってよ」
「一緒に登校? ……あぁ、そういう」
瑠奈とて自分の誕生日を忘れるほどバカではない。幼馴染の誕生日を忘れるほど薄情な奴でもない。
俺がどうしていつもより早く、彼女の自宅を訪ねたのか? その理由を、瞬時に察した。
「すぐ準備してくるから、ちょっと待ってて。なんなら上がって待つ?」
「目覚めのコーヒーでもいただこうか」
「と言ってもブラックはNGなんでしょ? あんた、甘党だからね」
桃咲家のリビングでコーヒーを一杯飲み終わる頃には、瑠奈の支度も終わっていた。
「お待たせ」
身支度を整えてリビングに現れる瑠奈。その手には鞄だけでなく、小包みも持っていた。
「それじゃあ、学校へ行こうかしら」
「と、その前に。瑠奈、誕生日おめでとう」
俺は瑠奈にプレゼントを渡す。
「ありがとう。颯汰こそおめでとう」
「ん。ありがとう」
瑠奈からのプレゼントは――なんの偶然か、俺が彼女に贈ったものと同じネックレスだった。
「お互い同じものを送り合うなんて、相変わらずよね」
「幼馴染だから、考え方が似通っているんだろ? ……因みに聞きたいんだが、今ここで俺が「好き」と告白したら、瑠奈も「好き」って返してくれるか?」
さり気なく、だけど精一杯の勇気を絞った告白。一世一代の大勝負の結果は、果たして――
「嫌よ。「好き」だなんて、絶対返してあげない」
「そう……だよな」
俺と瑠奈は幼馴染だからこうしてつるんでいるわけで、もし幼馴染という関係性がなかったら、きっとプレゼントの贈り合いどころか、会話をすることすらなかっただろう。
だから瑠奈と恋人同士になるなんて、夢のまた夢……
「だって私、颯汰のこと好きなんだじゃなくて、大好きなんだもの」
「バカ」と言われたら「バカ」と返し、「アホ」と言われたら「アホ」と返す。そんな瑠奈が俺の「好き」に対して「大好き」と返してくれるなんて……。
おうむ返しこそが、俺と瑠奈の真骨頂。取り敢えず俺も、彼女に「大好きだ!」と改めて自分の気持ちを伝えたのだった。