表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
7/214

2-6 偽りの国へ

2-6 偽りの国へ



「ちょっと先生!先生は自己都合が過ぎます!私を出しにしようと言う魂胆をそもそも私に言ってどうするんですか!不愉快なだけです!」


「おっと、それもそうでした。では訂正を。私のスケープゴートになりなさい。以上。では行きましょう。御者さん!出してください!」


「待ちたまえ!ローレンス。肝心の私を忘れては困るよ。」


 遅れて乗り込んできたドルフ教授は少し息を上げて、そのネクタイを少し緩める。そんなに急いで何処へ向かっていたのかはわからないが、何やら手持ちの革鞄の鞄口にはダイヤル式の鍵まで付いている。どうやら重要な書類を入れて来た様子だ。


「これはすいません。てっきり先にお出になったのかと。」


「ハァハァ、まったく。君の行動にはいつもヒヤヒヤさせられる。すまん、出してくれ。」


 その言葉を聞いた御者は馬に合図すると、カタコトと蹄鉄を鳴らして馬が動き出す。石畳の道をしばらく行き、未舗装の土の上を走ると、車輪の奏でる音も鈍くなる。


 それに加えて、馬車の動きは雨の後でより不整地となった影響もあり、揺れも大きくなる。


「はぁ、こう揺れるのでは快適な時間を過ごすというのは難しいですね。いっそ馬に乗った方が早いし、時間の短縮にもなるし運動不足の解消になりますよ。」


 ローレンスの言葉に合わせる気はないのだが、テレスもまたその思いがない訳ではない。テレス自身貴族階級の乗る馬車など滅多に乗らないため、居心地の悪さを感じていたのだ。


「ローレンス君は相変わらず厳しい事を言う。この老体に馬に跨がれとは中々難しいことだ。第一にそれでは君達に説明する時間がないだろ。これならこの移動時間に説明も出来て一挙両得ではないかね?ほら、まずは見たまえ」


 そう言って鞄のダイヤルの数字を合わせると、鞄から茶封筒を取り出す。それをそのまま渡されたローレンスは紐を解き、中身を確認する。


「これは、機密文書じゃないですか。それもごく一部しか伝えられない機密性1の1分類だ。こんなのどうやって?」


「それは私の立場上答えることは出来んよ。君にも守秘義務はあるだろう?それと同じ。とだけ今は答えておこう。」


 ローレンスは渡された文書をペラペラとめくるとものの2、3分で全てを見終える。


「わかりました。して、内容もまた厄介な内容ですね。こんだけ手の込んだことしてやる事が泥棒ですか?」


 内容を概括したようなローレンスの発言に、まったく見当がつかないテレスは機密文書と言われる複数の紙切れを盗み見ようと首を伸ばす。


「あのぉ。さっきから全く話が見えてこないんですが、国家機密に関する事なんですかね?」


 しかし、その視線を感じたローレンスは、スッと文書を体に寄せると、テレスの視界に入らぬようにするのだ。またその時の顔がテレスには気に食わない。「部外者お断り!」と顔面に書いてあるかのようだ。



「ああそうなんだ、すまない。テレス君は一般人だからね。詳しくは話せないんだ。」


 その顔つきに腹の虫が少し暴れたテレスは一計を案じた。文書の裏側を指差して白紙のページを熟視しつつ、上目でローレンスに疑問を投げかける。


「だったらそもそもこんな格好の私も同行する意味あります?ここでの会話を私が漏洩する可能性だってあるんですよ。」


 我ながら上手い切り口を見つけたと思ったテレスは、加えてローレンスの企み(スケープゴート)を潰せる可能性がある事に気づき、その訴えをドルフ教授の方へと視線を移す。


「それはその通りだ。ローレンス君。なんで助手の彼を連れて来たんだね?」


 ドルフ教授の言葉に窮したローレンスは少しまごついたかと思えば、すぐに得意の詭弁を弄する。


「えっと、あれですよ。彼は射撃が得意でね、陛下は最近狩りに出かける事が出来ずに鬱憤が溜まってらっしゃると聞きます。彼の狩りの腕を見せれば、少しは気が晴れるのではと思い、連れて来たのですよ。」


「本当かね?テレス君。君が狩猟をやるような人物とは聞かなんだ。確かに陛下は狩猟好きで知られておるが、昨今の情勢から控えなさっているが‥話は合うかもしれん。」


「いや、私はそんな大した‥」


「いいや!彼は大した腕ですよ。だからジャケットも置いてきたんです。だろ?」


 ようは、はなから射撃の腕を見せるために来た(てい)ならば、上着など必要ないであろう。


 という理屈なのである。こういったローレンスの辻褄合わせ、帳尻合わせは見事なものだ。即興で演じていても、何か落とし所が分かっているような、そんな感じがいつもするのだ。それ故に口先では敵う者はいないと感じる。


「ああ。そうです。そうなんです。射撃ね。ハハッ。」


 愛想笑いで誤魔化すが、陛下の前ではそうはいかないだろう。


 実のところ、テレス自身、拳銃(ハンドガン)の腕自体に覚えがあるのは本当の話なのだ。競技大会にも出場し国内はおろか、ブロード(欧州)における大会で表彰台に登った経歴を持つのだ。それでも猟銃と拳銃では大きく異なる。同じパフォーマンスを見せろと、言われても難しいものがある。


 そもそも、テレスは本来ならこんな奇人の助手ではなく、射撃の大会に出場しては、将来は軍や警察のエリートとして重宝される逸材なのである。

それでも彼はその道を選んでいない。そこには彼の人生における深い思いによる選択なのだ。


 彼はもう銃を握らない。という選択をとった理由は、そんな簡単に覆せるほどのものではない事をこのローレンスという男も知っているはずだ。

それでも平気にそれを要求してみせるのがこの男でもあるのだが。


「ということですから、彼は同行しますよ。ちなみにですが、この任務。彼も参加させてはいかがでしょう?ちょうど良い荷物持ちにも、弾除けにもなるのでね。」


 ローレンスはテレスの方を見ると、さっき見せまいとした機密文書をヒラヒラとさせては、

「承諾するなら見せてやるぞ?」と言わんばかりだ。


「うーむ、それはどうだろう。彼は一介の学生に過ぎん。そもそもこの作戦は最小限の人間にのみ伝えられている。内部でも、大臣級、関係機関の上層職員しか知らぬ作戦。陛下がお許しになるかどうか‥。」


 そう言ってドルフ教授は顎に左手でさすっては、難しい顔をしている。


「先生、だそうですよ。この状況下で自分にその機密文書を見せれば、国家機密漏洩で投獄されてしまいますよ。」


「ほぉう?この私を監獄に入れて、臭い飯を食わせるとな?やれるものならやって欲しいものだな。自慢ではないが、私は前科などあってないもの。そもそも入れられた所で、レンブランドの監獄の看守や施設の程度(レヴェル)では私を閉じ込めておく事は不可能だろうね。」


 こうした止まることを知らずに、ドンドンと湧き出る「自信」という名の「傲慢」の源泉には、例の安全圏と、彼自身の能力による所が大きい。


 彼には周知のものから秘匿されたものまで、特殊な技能が多いのだ。そういった能力を頼りに国が特殊な任務を頼む背景になっている。


 それ故に特別待遇は常なのだ。


「はぁ、ローレンス君。君には少し謙遜という態度も取った方が賢いだろうね。」


「お言葉ですが、ドルフ教授。私は謙遜という態度は私には不釣り合いな態度なのです。へりくだること、控えめな態度。類義語には「卑下」が該当する。

私自身、私よりも優れた人物など数えるほどしか会ったことも見たこともありません。故にあまりにも謙遜を行わなくてはならない対象が多すぎる。それでは非効率だ。故にそのような態度は取らないようにしているのです。テレス君、君も非効率的な行動は厳に慎みたまえ。いいかね?」


 そう言うと、あっさりと機密文書をテレスに渡す。ほとんど読む事を強制されたテレスはドルフ教授の視線を浴びながらも内容を読み進める。


「は、はぁ。」


 その言葉に頭を抱えて呆れるドルフ教授の姿など無論ローレンスの視界には入っていかない。


 テレスは渡された機密文書を読むと、まず目に入ったのは、文書におけるレンブランド国内の情勢観察だ。



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ