2-3 偽りの国へ
白い国 2-3 偽りの国へ
「どうゆうことですか!ドルフ教授!何で貴方の弟子である私の研究室の研究費が削減されて!あの無駄で、無意味で、厚顔無恥な国文学研究が増額なんですか!」
大学の廊下中に響き渡るのではないかとゆう程の剣幕で自らの師に迫る男は、案の定ローレンスだ。
「ローレンス君。君はちょっと落ち着きたまえ。ここでは迷惑だ。私の研究室に来なさい。おやっ、テレス君か!丁度良い!君の助けが必要だったところだ。君も来るといい。」
テレスを呼び止めた老人は、白い口髭を綺麗に整え丸渕の眼鏡をかけ、年相応のふくよかな腹回りを持つ。彼の腹は彼の知識を溜め込んだ結果か、それとも好好爺故の愛すべきフォルムなのか、その見た目の割にその私情を知る人は少ないと言われている。
しかし、私情は知られずとも彼は公の人としては有名な学者だ。
名をマックス・ドルフと言う。彼は言わずと知れたレンブランド歴史学における権威で、彼の名前を知らない歴史学者はいないと言われるほどだ。国外でも名高いドルフ教授は、フレトリアとの戦争前には国外での講演も多数行っており、彼の論文、著書は多くの論文でも引用文献として使われる事が多い。それほどの存在である。そのドルフ教授が執拗に迫られて一介の助手に過ぎないテレスに頼るのは余程のことなのだ。
ではこの一件の事態に至るまでの経緯おさらいしよう。
テレスが90分間の講義を行う間、ローレンスは何をしていたのか?と言うと、所在なく廊下をうろうろしていた訳ではもちろんない。この男に限ってそのようなはずもなく、猛然と事務室のスカーレット・メイに詰りよっては男性職員に仲裁に入られる始末。
ローレンスによれば、教授会の決定は覆るから、まだ予算案は作成しないように釘を刺しに行ったところ、既に署名されて承認議決されたので覆らない。よってその話は聞けないと、突っぱねられたのである。それはごく自然な事でそんな事は「当たり前である。」
大切な事は二度言おう。「当たり前である。」
人生において上手くいかない事や納得のいかない事態など往々にしてある事だ。それを逐一突っかかっては、周囲に迷惑をこうむる存在。またの名を「クリストファー・ローレンス」と言うが、彼はそんじゃそこらの地上げ屋よりも悪質で粘着質。ようは質が悪い。
いよいよ業を煮やしたローレンスはだったら今から教授一人一人から撤回の署名を取って来てやる!と啖呵を切ったものだから大騒ぎ。
講義中の教授方に殴り込みをかけようと言うのだから、他の職員も焦り、最後の手段としてドルフ教授に説得を頼んだ。はずなのだが‥
「ドルフ教授!なぜだ!マックス・ドルフともあろう、お人が!あんなチンケな研究に金を取られて悔しくないんですか!奴らは愛国者でもなんでもない!空想や虚言を語る有害人種ですよ!」
「ローレンス君。さっきから言葉が過ぎるぞ。少し落ち着きたまえ。ほら、そこにかけなさい。」
仕方なくドルフの言葉に従い研究室のソファーに腰掛ける。カモミールティーを出されたローレンスは勢いよく口に運ぶが、その熱に舌を火傷する。
そのような事は平生であればあり得ないことだ。余程、冷静さを欠いていることの証左でもある。そんなことすら自分で気づけない程、ローレンスは怒髪天を衝く様相だったのだ。
「ありえませんよ!やつらは妖精だの、お姫様だの、魔女だの!悪い噂を市中にばら撒いては国民を誑かし(たぶらかし)、王政を破壊する!まさに悪の権化だ!ドルフ教授!今こそ奴らの欺瞞を暴く時がきたのです!」
デスクを叩き、立ち上がるローレンスの目には怒りで目が血走っている。その苛立ちと怒りをぶつけられ続けたドルフ教授も食傷気味だ。
「テレス君。第三者的目線で君から何か言ってくれないかね?」
困り果てたドルフ教授は最後に頼ったのがこの助手であるスチュアート・テレスだ。彼はこのレンブランド大学の法学部生でありながら、ローレンスの講義に潜り込み、その講義内容に惚れて学部変更してまで彼の助手を務める。謂わば変人だ。語弊があるといけないので、補足するが、テレスという青年もまた、変人ではあるものの、法学部出身故に常識や法的理論による冷静な判断力も持ち合わせているのである。
故に常に常識を持ち合わせていないローレンスにとっては、青年は社会基準に照らした判断を必要とした時には、稀に青年の言う事に耳を貸すのである。
「そうですね。率直に申し上げさせて頂きますと、今回の教授会の判断は妥当かと。」
「なっ!テレス!スチュアート・テレス!君がその研究費で雇われていることを忘れたのか!ひいては君の給与の支払いだって危ういのだぞ!」
「いいえ、私の給与は支払われます。私言ってませんでしたっけ?職員労働組合に入っているんです。もし、不法又は不当に減給や賃金の不払いが起きた場合には団体交渉、ストライキやサボタージュなど、組合員一同精一杯やらせて頂く所存ですので悪しからず。」
「な‥んだと。あんな私利私欲を貪る労働組合に入ってるだと。テレス、見損なったぞ!」
「見損なったのはローレンス教授。貴方の方です!ですよね、ドルフ教授?」
「ああ、ローレンス。君はここ何年も論文を書いていないね?どうしてだね?」
「いや‥あの。お国のための仕事が忙しく。論文の研究活動への時間が割けておらず、ここ数年は書いておりません。」
「ここ数年ではなく、正確には7年と3ヶ月。教授になられてからは一度も書かれておりません!ですよね?ローレンス教授?」
先程までの威勢の良さは吹き飛び、一回りも年下の青年に責められる状況に、肩身が狭くなるローレンス。
ブックマークに評価、そして感想もお待ちしております。
よろしくお願いいたします。 (*- -)(*_ _)ペコリ
皆様の応援が励みです!!