6-3 錯綜する都 (注)
注意すべき表現がありますので予めご了承ください。
白い国 6-3 錯綜する都
頬を軽く叩かれたテレスは、瞼をゆっくりと開ける。すると視界には安堵の表情を浮かべた、レイの姿があった。
「はぁ。よかったです。ちょっと見てくるだけって言っていたのに、全然戻って来る気配ないので探してみたら、そんな姿で寄りかかって倒れているんですから、心配しましたよ!ホラ!」
水筒に入れた水を半ば強引に口にテレスに差し入れると、テレスの体は突如来た水による誤嚥を防ごうと、咳き込む。
しかしそれで意識は普段通りにまで回復する。
「ゴボッ!ゴボッ!はぁ、はぁ。ありがとう。レイさん。」
「いいえ。感謝は結構です。無茶し過ぎですよ。救助はプロに任せるべきです!そもそもその格好じゃ仕事にも行けないじゃないですか!早いところ宿に戻って、シャワーでも浴びて、着替えましょう!さ!立ってください!」
テレスは手を借りて立ち上がると、その汚れた手で触れてしまったことに申し訳なく思う。
まだ血の付いた手を見ると、あの男性の姿がフラッシュバックしてくる。
その反動に思わずふらつくと、そっとレイが肩を貸してくれる。
触れたその感覚は、存外に柔い体躯な気もしたが、おそらく疲れから感覚器官がとち狂ったらしい。どうにか肩を借りて宿へと帰っていく。そうしたからこそわかった事だが、レイの身長が存外低い。
右に偏りながら歩くのはかえってきついような気持ちもしていたが、折角の配慮を無碍にする訳にもいかず。故にそのまま肩を借りては、宿に到着してしまった。ようやくエントランスから自室の部屋への階段からは流石に一人で行く。
手すりがあれば、そんなに難しい状況でもないからだ。むしろ道の途中で殆ど回復していたのに、そのご厚意に甘えていたのを罪悪感すら、感じていたくらいだ。
ふと時刻が気になり左腕を見ると、いつもの時計がない。どうにもあの騒ぎの中で、時計を無くしてしまったらしい。何と不運な事か。時刻が分からなければ、行動しづらいテレスはレイを呼び止める。
「あの!レイさん!今何時ですかね?」
呼び止められた、レイは階段の方にヒョンと顔を出すと、エントランスに設置された振り子時計を見てレイは答える。
「はい?えっと、大丈夫ですよ!まだ8時過ぎです。レンブランドの大使館には11時ですよね?それまでには間に合うように私も支度を手伝いますから。それともお腹が空きましたか?」
その言葉にテレスの体は正直だ。
グゥ〜〜と鳴るお腹に、先に返事をされてしまった。
「フフッ。そうですよね。昨日からほとんど丸一日何も食べずに来てますもんね。朝市に結局寄れずじまいでしたからね。ホテルの職員用のキッチン借りて何か作りますから。部屋で待っていてください。」
少女の様な透き通る笑顔でそう言い残すと、レイは一階のフロント内側、バックヤードへと入っていく。
何も言わずに従業員でもない人がバックヤードに入れるのだから、どうにもここはホテルと言うより、寄せ集め小屋みたい感じで、単に共同生活する場所。と言った感じの方が正確な認識なのかもしれない。
テレスはレイを見送ると上がる度に軋む階段を上り、自室に戻る。
こんな古びたホテルでもシャワーだけは完備されているのだから、何かしらの意図は感じる。汚れた服を脱いで、裸となったテレスはシャワー室へと入る。くすんだ鏡の前にある鏡台には最低限の石鹸が置かれていた。手で少し擦っても、まだくすみ、その役割を果たすには不十分な鏡を見ると、このホテルの客層が伺える。
蛇口を捻ると、冷たい水がタイルを叩き、飛び散る冷水が体を冷やす。
次第にタイルを打つ液体が漸く温かみを帯びてくると、テレスはその体をシャワーの直下にさらす。
腕から肩、そして頭へと浴びて、体を慣らしていく。そうして石鹸を手にすると、肢体、胴体を洗っては汚れを落としていく。
すると、閉めたカーテンの背後から声がかかる。
「あのぉ。私もいいですか?さっきテレスさんに肩を貸したら煤と埃だらけになってしまったので。」
その声に反応したテレスは背後を一瞥する。どうにもその人はカーテンの影では脱衣を終えている様だった。しかし、このシャワー室で二人が使うのは少し心許ない容量と、台数だ。暫し待って欲しいとそう言って制止しようとカーテンを少し開いて、その影の実物を目にした。
しかしその視界に入った者の姿は予想を遥かに超える。まさに驚倒させられる事実だった。
先程聞いたその声は確かにレイだ。今見たその顔は確かめようもなく、レイだ。そしてその体はレイか?
テレスは紛れもなく目を疑う事態だ。
そのしたにあるものがない。
よって上にはないはずのものがある。
白いタオルで絶妙に前を隠してはいるものの。しかしどう見ても。いくら目測で補っているとはいえ。




