5-4 どこにもいない、誰でもない
白い国 5-4 どこにもいない、誰でもない
「キャプテン、そろそろ変わりましょうか?お疲れでしょう?」
唐突に来た青年に視界に入れても、平生と何ら変わらない様子の男は、青年のその性格と性質から、時間を考えればそろそろだと、その動きを予測していたようだ。
「ほう?いつから上司を気遣えるようになったんだ?大学での潜入で、歳上に媚びることを少し覚えたか?」
上司として部下の意欲を上げる工夫を忘れない男は、そう言って拳銃を片手に片膝を立てて座っていた。そうして荷物を守り、いつでも敵からの襲撃に対応できるような状態は維持しているのだから、その性格が伺える。
「いやぁ、どうでしょう?与えられた役割に染まるのに、だいぶ慣れてきただけですよ。」
「そうか、それはこの仕事柄良いことだ。しかしファイブス、口は災いの元だぞ。荷台にいても君の声が聞こえた。一応任務中だ、不要な会話は慎むように。まあ、親睦を深める程度の会話なら結構だが。」
「フフッ。キャプテン。あのファイティングドック先輩に親睦を深める会話なんて似合わないですよ。あの人がせいぜい話せるとしたら対人格闘武術の話くらいですもん。」
「そうかな?そうだとしたら君も諜報能力がまだまだのようだね。彼を饒舌に話させる事が出来れば、大抵の人間は難なく情報を引き出せる。」
「それは基準が厳しすぎますよ。相手がスパイじゃね。」
「それは敗北宣言と取っていいのかな?君は生粋の負けず嫌いだと思っていたが?」
「キャプテンは僕の評価を買いかぶり過ぎですよ。あくまで出来ること、出来ないこと。それはハッキリと割り切っているんです。今回は出来ないことに当てはまる事例ですから。」
「ふーん、そうかね。私にはそんなこともないと思うがね。しかし君がそう思うならそうなのだろう。何事も自らが可能と思わないことは可能とはならないからね。」
「それはそうかも知れませんがね。ところで、キャプテンはどこに潜入されるんですか?それとも個別の命令書の内容は同じ隊の者同士でも話さないのが基本だ!とか言いますか?」
青年は自らの拳銃を持ち出したかと思いきや、弾倉を確認して荷台後ろの仮想敵に向けて銃を構える仕草を見せている。
「いいや。今回は、目的は同じだ。それに君の命令にもアドバイスしたように、私には全員の命令内容を知っている。私の任務で君が必要な情報ならば開示するよ。」
その言葉を聞いた青年は銃を下げると、男に食い気味に詰め寄る。
「ならキャプテンはこの任務どう思います?やっぱり怪しくないですか?何かお偉いさん方の思惑が蠢いている気がしてならないんですよねぇ。」
思惑に対して敏感。というより政治情勢に関心が強い青年は、常に不穏な動きにはアンテナが立つ。疑惑の目を向けて情報を探るのはこの仕事をする上では必須だし、そこを見込んでの起用されてわけだが、諜報員として深入りはやはり禁物だ。
危うく地雷を踏みかけた経験を持つ男からすれば、尚更こういった事案には思慮深さが必要となる。しかしそれを青年に解くには時間が足りないだろう。直に駅へと着くのを分かっていたからだ。
「個別の任務の個人的な心証は任務に関係ない。故にそのことについてはノーコメントだ。しかし先程の、潜入先なら答えられる。今回は自動車整備工として、現地の協力員の小さな工場に潜入する予定だ。何かあれば、そこにメンバーが集まる予定だ。後で確認しておきたまえ。」
「わっかりました。そうします。しかしこの機関の人間ってどうも硬いですよね。それじゃその道の人ってバレやすいですよね。」
「フッ、どうかな?そう言う君はそう思われない技術があるから少なくとも選ばれたんだろうね。まあそんなことよりもうすぐ駅に着く。必要な荷物を下ろしたら、列車に乗り込む準備をして待機してくれ。待機時間は食事や休憩に充ててくれ。」
「分かりました。じゃお先に僕が駅舎の売り子から何か買っておきますね!」
そう言うと、青年は走るトラックの荷台から突如飛び降りたのは、さすがの男も驚かされた。
しかし難なく着地した青年は、笑顔で荷台にいる男に手を振ると、狭い脇道を通り、駅舎へと向かっていく。
車は道路の都合から駅のロータリーには迂回してから入らねばならない。
それに対して徒歩ならば、脇道を通ればほとんど時間はかからずに到着する。それを見越しての行動だった。忙しなく青年の消えた荷台は、相変わらずの振動とエンジン音が残る。その振動を体で感じては、時折青年のその無鉄砲さを羨ましく思ったりしていた。




