4-10 始まりの鐘
白い国 4-10 始まりの鐘
「さて、冗談はさておき。ここがどこかは分かるかい?」
「はぁ、トリノヴァントゥムですよね?そしてここは先生の言っていた歓楽街のホテルですかね?」
「そうだ。ああ、よかった、知能の低下は見られないようだね。もし知能がチンパンジー並みになっていたら、トリノヴァントゥム動物園の前に置いてくるところだったよ。まあ、痺れに関しては、おそらくレイ君が教えてくれたと思うがしばらくすれば治る。質問はあるかい?」
冗談はさておいてないなら、知能がチンパンジー並なら〜の件は冗談じゃない。という流れになるが?と問いただすだけ無駄だろう。
おそらく本気なのだから。
「その、彼は何者ですか?レイと言った彼は?」
「ああ、彼かい。彼はレイ・クラヴィス。私の現地協力者だね。彼は優秀だよ、私たちの荷物も運んでくれたし、医学、薬学、武術にも長けている。君3人分くらいの働きは余裕でしてくれるから大助かりだよ。」
「優秀なのは分かりましたよ。何者って普段は何をしている方なんですか?」
「主に盗みと、殺し。あー、えっと、たまに診療所で医者の手伝いかな。」
それを聞いて思わず絶句して青ざめた。あの屈託のない笑顔で盗みや殺しをやっているのかと思うと、血の気が引く。人間とは一見して分からない。とは事実らしい。
しばらくの沈黙の後、ようやくとりあえずの気持ちを立て直したテレスは、途切れ途切れの思考を繋いでは話を続ける。
「…ま、まぁ。それは結構なことで。そしたら‥ あ!これから、これからどうするです?情報収集とかを始めるんですか?」
「うーん。既に情報収集は現地の協力者達にお願いして始めているんだけどね。いかんせん、中枢の中枢しか知らない情報でね。まったく掴めてない。むしろその情報を探る段階で何人も消息不明になってしまったよ。まったくセキュリティが硬いね。」
「そしたらダメじゃないですか。私達が来ても同じことでは?」
すると人差し指を横に振るローレンス。
「チッチッ。私達は何者であるか。それを忘れたのかい?」
何者であるか?その様な問いをするのは歴史学者的なのだろうか?むしろ小難しいことを並べては、結論は分からない。と述べる哲学者の様な者ではないだろうか。
あのまわりくどく、ネチネチした哲学の講義をする白髪の教授の顔が浮かぶ。あと光沢のある頭皮も。
「それは万国博覧会の特命大使クリストファー・ローレンスとその助手。ということですか?」
ちなみにこの、その助手。という言い回しは、テレスが国王の執事に言われた言葉を根に持っていることの証左だ。これでいて意外とテレスも根に持つタイプなのだ。
「エクセレント!その通りだ!つまりは分かるね?」
「万国博覧会は各国の要人が集まる。無論アルバースの要人も。それらの人を落としていこうという訳ですね?」
「そう言うことだ。しかし私の格好を見たまえ。」
「ブリタニア公ですか?」
「ああ。そうだ。ようは君だけが博覧会の手伝いとして今日の11時から私の影武者、ケニー・アルベルト大佐と任務を共にしてもらう。君は本人役だから演技の必要は無い分気軽にやりたまえ。まあしかしだ、偽名の輩とはいえ殺したと思っているアルバース当局には相当怪しまれるのは必定。それでも相手の疑念や隙を生むには自然体が一番だ。そうやってせいぜい敵を撹乱してくれると助かるよ。」
ブリタニア公こと、ローレンスはテレスの肩を軽くポンポンと叩く。
しかし疑問がある。確かだが、ケニー・アルベルト大佐は先の船で共にした変装の名人では?
そのお方ならアルバース当局に捕まっているはず。
アルバース当局がそんな短期間で解放するとはとても思えない。
「え?アルベルト大佐って捕まっているじゃ?」
「え?言ってなかったけ?ケニー・アルベルトはコードネームで、私に変装している機関員は一様にアルベルト大佐なんだよ。だから彼らの素性は本国のスパイマスターしか知らないし、私も彼らの顔は見たことないね。」
「そうなんですね。なんだかややこしい。」
それは変装だけでなく、性格まで正確にコピーしてることの方が厄介だ。つまりそれだけ嫌な奴がこの世に増殖しているという事実。その事だけで嫌気やストレスからくる胸焼けがしてくるのがテレスの本音だ。
「まあ、気にせず、クリストファー・ローレンスとの博覧会の準備を楽しめば問題ないよ!その方が相手も隙が生まれるだろうし。」
ステッキをクルリと回す目の前のローレンスは、既に変装を楽しんでいるようだ。
「分かりました。ではこのまま着替えて、博覧会の会場に向かえばいいんですか?」
「そうだね。まだ午前4時ちょっと過ぎだし、そこら辺を散歩してから行くといいよ。残念ながら私はもう仕事があるから行かねば。後のことはレイ君に任せている。分からない事は彼に聞きたまえ。以上だ。では。」
金色の懐中時計に目を落としてからそう言い残して立ち上がると、ローレンスは部屋を後にする。
ふと気づくとベット脇にはアルバース万国博覧会の招待状と、ゲスト専用のピンバッジが置かれていた。
それにはメモ書きが挟み込まれている。
しかもよりによって聖刻文字だ。
「君の活躍を祈る。」
その言葉に思わずフッと笑みが溢れた。
4章終わりました!
次章はNIA、スパイたちが登場しますよ!
ドキドキ、ワクワク!
読んでね!




