4-3 始まりの鐘
白い国 4-3 始まりの鐘
どんどん騒ぎが大きくなるにつれて寝ぼけた街は否応にも叩き起こされた。
すると、街の路地から2頭の馬を連れてローレンスがやって来る。
「テレス君。早く乗りたまえ。追跡者は二人始末したが、君の分はまだだろ?」
「ええ。まぁ、そうですけど。」
さも当たり前に始末(殺し)を前提に話が進むのは一介の学生には違和感どころではない。
異国に来たからって人を殺めていいとはならないはずだ。
本来ならすぐにでもこの男は法の裁きを受けるべき、なんなら侮辱罪でも追起訴しておくべき人間だ。にも関わらず、その事実を見逃すのはテレス自身の良心と、己の生命を天秤にかけた結果だ。
「早くしたまえ。増援が来ると厄介だ。」
急かされたテレスは仕方なく馬へと跨り、ローレンスが先導する道を走っていく。
「先生!追跡者は三人なんですか?」
「おそらく。二人始末すれば、自ずと一人は増援を呼び、追跡はしてこないはず。今がその時だから、早いところ、アルバースの包囲網を掻い潜らないと。要はゴキブリの法則だよ」
沈着な面持ちで言うその、ゴキブリの法則なるものは何たるや?という疑問は当然起こる訳だが、ここで話を広げて質問する暇など当然無い。
「しかしこの騒ぎはローレンス先生が?」
「いいや、向こうが仕掛けた罠だよ。おかげでジョンソンさんの家が焼けてしまったよ。ジョンソンさんには悪いことをしたな。」
そう言っている時のローレンスの顔は何か高揚し、まったく憐憫の情を向けているようには見えない。
おそらくだが、想像以上に念入りに自分を殺しに来ているアルバースの諜報員達との凌ぎ合いに滾るものがあったのだろう。
既に影武者も襲われ、ローレンスの想定を超えて健闘するアルバース国との対峙に、心が沸かないわけがない。実にクリストファー・ローレンスとはそう言う男だ。
「で?今はどこに向かっているんですか?」
「オーフダム。当初の経由地トルチェスター南西の街だよ。」
「え?ブライトの港まで行って船じゃないんですか?」
「いいや、予定変更だ。だからとりあえず、馬で30マイルは走りっぱなしだね。とりあえず覚悟はしたまえ。」
その言葉通り、30マイルは移動し続けたローレンスとテレスは何とか日暮れ前にはオーフダム近くの森まで来る事が出来た。
出発した頃の乾き切らない服達は、既に乾いては、塩を吹いて塩味を増していたし、その頃には馬達の足も限界だった。
その疲れ具合を察知したローレンスはようやく馬への休息を与えるために馬を降りて、森の中を流れて、せせらぐ小川へと馬を誘導している。
しかし馬もそうだが、テレスの体も流石に悲鳴をあげている。
恥骨へのダメージ、内転筋を中心とした筋肉痛がテレスを襲い、膝から崩れ落ちる。
しかし対象的なのはローレンスだ。まったく疲れを見せず、水を飲む馬を労る余裕がある。
テレス自身、これ程までに差があると日頃研究室に籠って筋トレでもしていたのではと、疑ってしまうほどだ。
「あ、あのぉ、先生この後はどうするです?正直、船でゆっくりの後は優雅に馬車をイメージしてたんですが、今後はそういう予定だったりします?」
願望を込めてローレンスの方を覗き見しながら質問するテレス。
テレスの中で返して欲しい言葉は決まっている。もちろん労いの言葉も欲しいが、今ではない。
ただ一つ、楽にトリノヴァントゥムまで着く方法を言ってくれ!その一点に限る。
「その道程は既に相手方に聞かれている。天窓から細工して、こちらの情報を盗み聞きしていた奴がいたのは気付かなかったかい?それに、ジョンソンさんが口を割らないとも限らないし、裏切り者(二重スパイ)の可能性もある。我々しか知らないルートの方が確実だろ?」
その発言を聞いたらジョンソンさんは悲しむだろう。
あの感じなら結構ローレンスを慕っているような雰囲気だったのだが、肝心のローレンスは微塵も信頼出来る友のような感覚には無いらしい。
「そしたら、明日からはどうやって?」
「君は特に何も考えず、今日は寝る準備だけして待っていたまえ。私は街で買出ししてくるよ。」
どうやら先程の我々にはテレスのことは含まれていないらしい。秘密主義もここまでくれば、孤立主義だ。付け加えて独善主義と言ってもいい。
それに細かい事だが、「寝る準備だけして」は寝ることは許可していない。の反証だ。そこはやはりこの人の性格が出ている。
そんな仕打ちに思わず本音が漏れる。
「先生って友達いなそうですよね。」
ボソッと言ってしまった言葉にローレンスの耳が動く。
そうして踵を返したローレンスのスイッチが入る音がした。
「ふむ。友達ですか。テレス君は友達をどんな間柄だと定義しますか?」
始まってしまった。テレスは面倒なことはないようにと気をつけてはいたつもりだったが、不意に出た言葉は、ローレンスの面倒な、厄介な一面を引き出す引き金となってしまったようだ。
いつも若人の薫陶の機会である講義にはえらく嫌がっているにも関わらず、こと、何かあると自慢話かのように、自身の考えを聞かせて来るのだ。ようは面倒な人なのだ。歳が行けば、早く逝け!と罵られてそうな人の類いだ。
「えっと、おそらく一緒にいて気を使わず、くだらない事で笑い、楽しさを共有する相手ですかね。」
テレスなりのしっかりとした回答だったが、その回答を聞いたローレンスは、まるで、「評価D」と回答用紙の余白に記すかの如く採点する。
「それは合格とは言えませんね。辞書で調べても親しく付き合っている人。としか出てこない。いまいち定義し辛いのですよ。しかし私は思うのです。友達とは、苦しみや悲しみを共有し合った仲において、互いに憐憫の情を抱く事が可能となった関係性のある人を友達と呼ぶ。そう思うのです。」
「はぁ。」
「だから君の言う友達は、本当は友達ではなく、ただの知人に過ぎないのですよ。分かりましたか?」
「分かりました‥。」
教えを授けるのではなく、理解を強要している事が本当の学術を教えている者の正しい態度なのだろうか?
しかし、その様な反論をしようものならば、
「では正しいとは何でしょうか?」
と始まり、「古くは古代文明の哲学者から紐解かなくてはなりません〜」
と延々と続く長い、長い話になる。
とにかく詭弁を弄するは水の如し。
溢れ出したら止めようがないのだ。
「その、ところで先生、ここで馬に水や餌を与えるのはいいとして、私達はどうするのです?宿は?」
「何を言ってるんだ。今夜はこの森で一泊するよ。キャンプだよ、キャンプ。野外で、それも異国の夜は長い。空を見上げて、星に願いでもかけたまえ。あ、ちゃんと荷物の番はしておくように。では。」
鞄一つを持って、街の方へと出掛けて行ったローレンスを見送り、また待ちぼうけ状態となる。それでもテレスは、言われた通り寝る準備だけは万端に、ほんの少しの気遣いとして、火を起こしておいた。
すっかり暗くなった森の中は、異国の風を受けて心寂しくなる。
テレスはそんな暗闇の中で、火の明るさと温もりで紛らわそうと試みる。
枝木や乾燥した草を集めてオイルライターで火をつける。じきに火が大きくなると、少しの風には負けない安定感を帯びてくる。
暖色の火のゆらめきを見ていると、だんだんと落ち着いてきて、今日揺られて揺さぶられて、骨を筋肉を、ここぞとばかりに擦り減らしていたことを忘れさせてくれるようだった。
瞼も重くなり、意識が遠のきそうになったその頃、
目覚まし代わりに馬が粗相をする音がして、心に重い暗い現実を乗せてくる。
ついでに、落とし物を鞄の上に置いてくれたのは、この出会いに対しての馬なりの、挨拶と受け止めよう。
でなければ、この馬とは一生やっていけない。
馬の落とし物を片付けると、番屋からそのまま拝借してしまったコートを纏い身を縮こめる。
すっかり気持ちを落としたテレスは馬との適切な距離を保ちつつ、本当に星を眺める始末。
そんな落ちぶれた人間を、鳥や動物達が見知らぬ訪問者として警戒している中、
森の中に一筋の煙が上がるのを確かめては、よからぬ事を企む者がいた。
ローレンスは滅茶苦茶強いです(笑)
しかし、彼に勝てる人物が、なんと、作中に二人出てくる予定です!誰か予想してみてくださいね!
次回お楽しみに!
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