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16-21 思い出の足跡

白い国 16-21 思い出の足跡 


牧師の父が残した縁で、貧困層が大半を占める村に、たまたま教会の手伝いとして出向いた際に、いたのだ。そこにあの時見た冴え冴えとした目の青年。大男をねじ伏せた武術を持つ、あの青年が。


 あの青年は、あの時のような武術を、論破を見せる事なく、打って変わって柔和な表情で、膝を曲げてしゃがむと、同じ目線に立って優しく小さな子供達と接していた。


 以前と今、子供達と接している姿とのあまりの懸隔に本当にあの時と同じ人物かと目を見張った。

 

 しかし、紛れもなく、その青年は同じ背丈に顔立ちの人間であった。


 半ば人間ではなく、人外の輩という可能性もあった中で、血の通った人間である事を知ったジャックは、青年に話しかけた。


 その問いかけに首をこちらに振り向けたその男の名こそ、クリストファー・ローレンス。その人だった。


 ローレンスは、当時アルバースに留学中の身であり、ホストファミリーの影響もあり、慈善活動を頻繁に行っていたのだ。


 同い歳という共通点もあり、お互いに意気投合した。そして、良きライバルとして、拳を交わしたりもした。


 どうやらその時から、ローレンスに勝つためにジャックは本格的な武道を習い始めた。というのだから、その対抗心は本物だ。


 余程マフィアに対して及び腰だった自分よりも、堂々と対峙して赤子の手を捻るように倒してしまったことへの嫉妬や羨望。そして何よりそういった感情にさせられたという悔しさが、彼を突き動かしていたに違いない。


「とまあ、こんな感じだな。ローレンスとの出会いは。その後はお互い仕事の関係で会ったり、情報交換をしたりと、ビジネスライクな関係でもある。単なる友人とは言い辛い仲だな。」


「へぇー。そんな経緯があったんなんて知りませんでした。先生は昔から暴力に精通してたんですね。特に言葉の暴力。」


 顔を歪ませて恨み節を言うテレスに、苦笑するジャックは、バックミラー越しにチラチラと後ろを気にしている。どうもまだ気の置けない心理状態らしい。


「ハハ。それは言えてるな。言葉のセンスって言うのかな。無性に相手を腹立たせるのに、絶妙な言い回しを使うんだな。これが。」


「まったくです!それに加えて容赦なく相手を罵倒するんです!人の尊厳とかプライドとか、いろんなことひっくるめて、こう、鋭利なナイフでグリグリと容赦なく抉るような言葉を使ってくるんです!」


 その後はさんざんローレンスの悪口で盛り上がった。目つきが悪いとか、上から目線。プライド高い。その割に傷つきやすくて、脆い。などなど、ローレンスの悪口は尽きない。


 そうして話は盛り上がりながらも、車は闇夜を突き進んでいく。


 相変わらず木立に囲まれた林道が続き、代わり映えしない景色が続く。


 もうそろそろ悪口も言いがかりに等しいレベルにまで行き着いた頃、遠くから車ヘッドライトの明かりが漸近して来るのが分かる。


 対向車など通る事など滅多にないこの林道で、車がすれ違う。となると、一気に緊張感が増す。考えるまでもない。敵の応援部隊である可能性はかなり高いからだ。


 手持ちに何もない事を急激に不安になったテレスは、バタバタと、暗がりの中をで探りで、武器を探す。


 そんな中でも、いたって冷静なジャックは、暗がりの中でも、すぐに銃を手に取ると、すれ違うであろう車両に注意を向ける。


 次第に近くなって、その光源の強さが増していく。蛇行していた林道が一直線になると、対向車のその輪郭が見えてくる。


 車両は三台。大きめのトラックが二台と、その後ろにジャック達が乗るものと同じ小型四輪駆動車のZEPPが控えている。


 お互いにスピードを緩める事なく、林道を突き進むと、僅か数秒だが車両が入れ替わるようにすれ違った。


 その刹那の中でも、目を凝らしていたテレスは、その車両に多くの武器を持った兵士らしい人間と、それを束ねる屈強な人間が搭乗している事を確認した。


 車両はそのまますれ違う。そしてだんだんそのまま離れていく。何事もなく。離れていく。


 すれ違う時こそ、固唾を呑んで身構えていたが、どんどんと距離が離れていく事に心臓の鼓動が落ち着いていくのがテレス自身よく分かった。


「行っちゃいましたね。無事やり過ごせたんでしょうか?」


 振り返っては離れて久しい車両の痕跡を目で追う。


「どうやらそうらしい。敵は何か急ぎの用事があるらしい。俺らみたいな余所者を排除するよりももっと大事な何かがあるのかもな‥。」


 厳しい表情で前を見つめるジャックは何かがなんであるかを言わなかった。


 それは言って憚れるものだったから言わなかったのか、単に予感というか、虫の知らせというか、漠然としたもの故に言葉にしなかったのか、それはテレスには分からなかったけれど、何か起きようとしている。


 それだけは、テレスにも感じられていて、不安で、不穏で。どうしようもなく胸が騒つくのを抑えられなかった。


 それでも、テレス達の乗る車は前へと進む。時間が進むように、エンジンを使って進むその鉄の車体は、動き続ける限り進み続ける。その目的地が、方向が、いかなる場所であったとしても。


 そして、その後ろに残されたものに、いかなる悲劇。惨劇が起きようとも。



 そうこうして近くの村へと着いた一行は、少年に当面の生活資金を渡して別れた。もちろん、何かあればレンブランド大使館にクリストファー・ローレンスの名前を出せば、何らかの対応がなされるはず。とのアドバイスも授けてある。


 丁寧にお辞儀をして、別れた少年は後ろを振り返る事なく、さっさと行ってしまった。感傷的な別れというよりは、殺伐とした決裂に近いものを感じた。この御恩は一生忘れません!みたいな展開は一切ない。「ありがとうございました。では。」お礼の言葉、終了。別れの挨拶、終了。端的だ。


「何だか意外とドライな子でしたね。」


 後ろ姿に手を振るレイも苦笑いを浮かべる。


「そんなもんさ。誰も信用してないんだよ。ああいう街で育った連中は大体そういう風になる。」


「悲しい事を言いますね。ジャックさんは。」


 テレスは、溜息をつくと、今度は列車の出発時刻が気になるのか、しきりに時計を見ている。


「まあ、それはいいとして、駅のある街まで急ぎましょう。早く宿に帰りたいです。もう、クタクタで‥」


「ああ、分かった。急ごう。」


 ジャックは車のエンジンを再びつけると、車を走らせる。


 既に太陽が登る道を走る。その先がある事を信じて。





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