15-14 交える刃
白い国 15-14 交える刃
「あのぉ、テレスさん?何なら一緒に抱き合って寝ましょうか?私はその覚悟出来ていますよ。お嫁に行く前にそういう事をするってのはやっぱり緊張しますけど‥」
含羞の色を見せながら、俯き加減になるレイに、思わず「えっ‥」とテレス自身狼狽する。
どう対応すべきか戸惑う。だって可愛い人がそう言う事言うのって反則じゃない?その言葉に、ちょっと頭によぎったもんね。色々。そりゃ色々。
しかし、その色々という勘違いが生まれるから止めてくれる?そういうの、なんか別の意味出てくるから。
あっ!生まれるって、そう言う意味の方じゃないから!生命誕生の営みとかじゃ決してないから!
冗談抜きでこんなところで手を出すやついないから!
ちくしょう!可愛いから理性がやめろと言っているのに、このまま前のめりに突っ込みそうになるテレスがいる。
テレスは咄嗟に、自分の左手を思いっきりつねり、一旦馬鹿になる事で、意識を正気に戻した。消化した、消火した。鎮静化させた。
ふぅー!フワッ!ヒャッヒャッハ!よし!
おー、危ない危ない。
レイさんの貞操の危機もあったけど、テレスの倫理観の崩壊の危機でもあった。というか人格崩壊の危機だった。
その一連のやり取りを薄目で見ていたジャックは思わず、堪えきれずに笑い出す。
「おかしな奴らだな。テレス!もう一つレインコートがある。それを着て大人しく外で寝るといい。明日は早いぞ。」
レイコートを投げ渡すと、蓑虫のように丸まったジャックは、寝に入る。早い。全く取りつく島もない。
「えっ!あ‥ああ。ありがとうございます‥。」
結局そうなるよね‥。まあ、ね。
仕方なしに、(こう言うと一緒に寝たい願望があったかのように思われるといけないので、弁明しておくが、単に、雨が降る野外で、濡れながら寝るのは嫌だった。と言う事が主である事を肝に命じて頂きたい。)テントから雨降りの外へと這い出たテレスは、大人しくレイコートを着ると、近くの木の根元に、腰を据える。
ゴツゴツとした感触に、背中に腰に痛みが走るが、ここは我慢するしかない。
雨で湿った地面に顔をつけて横たわる事の方が嫌といえば、嫌なのだ。
そう言う意味では、レイはどうするのかな?と思いきや、器用に鍋を下に向けて使って枕にしては、仰向けで、横になっていた。
あの硬い鍋を枕にするなんて、どんな頑強な首筋なんだ。と驚かされたが、あの恥じらいの姿も既になく、静かに寝息を立てているではないか。
恐るべき切り替えの速さ。恐るべき入眠までの時間の短さだ。賞賛に値する。てかものの数十秒で寝るって世界記録じゃね?もしや気絶の方が正しい表現なのかも?などという世迷言を考えても、雨は降り止まないどころか、風も追加されて、より過酷さは増す。
話す相手もいなくなったテレスは、風にゆらゆら揺られ、ぽつんと一人になった。フードを深く被り、滴り落ちる雨粒を上目遣いで、見つめながら、ボーッとしては、自身が眠りにつくのを待ち続けた。
ひゅうひゅうと風の音が喧しい。
こうなれば、安眠妨害罪で、高気圧に排除されてしまえ!
などと、訳の分からぬ事を空に向かって呟いて見るが、風、雨の、両方の音に掻き消される。
目の前に出来た水溜りには、仔細に観察すれば、小さな円の紋様、波紋が、出来ては、すぐ隣に雨粒がやって来て、波紋が打ち消される。
落ちてゆく雨粒の数を数えると、一体何粒なんだろう。幾千、幾万、何億、何兆、何京なのか?
頑張って波紋ができた数だけでも数えてみようかと思案しているうちに、風の方がより煩わしい。
フードを横から吹き付けるように迫る風は、厳密には、顔へ雨水がかかる事態を防ぐ効果は発揮していない。
時折、フードの中へと吹き抜ける風のせいで、被っているフードが外れそうになるのを手で押さえる。
すると、露見した手が風雨の餌食となり、より冷たさを感じざるを得ない状態となる悪循環。
それに腕を上げたまま、寝る。なんてのは、流石に至難の技である。
よって寝落ちすれば、腕は下がり、風雨に晒されて意識が目覚める。という事の繰り返しになるだろう。
さっきからダラダラと、自然現象に対するテレスの反応を述べているが、さっさと進んで欲しい。なんて思っていないだろうか?
それはいい考えだ。かったるい描写は面倒なので、つまるところの、「雨が降りました。」「風が吹きました。」「気づけば朝がきました。」でいいのだ。小学生の絵日記の文章力でいいのだ。
5時間が30文字程度で済む世界。読み上げるのに僅か数秒の刹那。テレスだって体感時間並びに、現実時間をワープできるのなら、そうしている。
しかし現実とはそう上手くはいかない訳で、無論、しっかりと5時間分の時間が流れる訳で、しかも、ガッツリと意識がある中で、その5時間を過ごす訳だ。
え?寝てしまえば、一瞬?何を言うか。寝れなかったから、5時間まるまる記憶があるんだろうが。
テレスはその間一睡も出来なかったのだ。
それはテレスが繊細な神経の持ち主である事も要因だろうが、この環境下で、すぐに寝れる神経の方が異常だと言っていい。
つまりやはりと言うべきだが、二人の環境適応能力が高すぎるのだ。
羨ましい。嫉妬する。
こうなれば二人も道連れにしてやろうか?と浅ましい考えも頭に浮かんだが、やめた。
人間は嫉妬するし、妬むし、やっかむし、(全部意味同じだけど)面倒な生き物だけど、しかし、だからといって醜くあって良いとは思わない。
その最後の理性が、品性が、テレスを踏みとどまらせた。
よって、梢の先から、滴る雨水の最後を見届けた。
つまり雨は夜のうちに止んだ。
そして時を同じくして、東の空が明け、陽光が森に差し込んできた。
うわぁ。朝だ。もう、朝だ。
やっと待ち望んだ朝。
レイコートのフードを外し、朝の新鮮な空気を肺一杯に吸い込む。
そして大声で一言。
「寝れなかったぁああああああああああ!!!」
こだまするテレスの声。
鳥たちが一斉に羽ばたく。
テレス、絶賛睡眠不足で、絶賛、狂っています。




