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3-1 船の上


白い国 3-1 船の上


 既に日差しは頂点を過ぎ、出港の汽笛を鳴らす貿易船には、船の乗組員と他に、運航とは関与しない、異質な存在を交えて港を出港していた。


 主に小麦を乗せたこの船は、アルバース南部の港には明日の17時には着くとの事だ。


 乗組員は船の航行に支障の出ない範囲内で、交代で休んでは、満点の星が映る幻想的な夜の海へと進んで行く。もっとも、相手が三十代の男とでは、幻想的とは言い難い光景であるのが残念なところだが。


 そんな海の景色とは対照的な実利的、合理的な運用を心掛けた船には、およそ客室と呼べる場所はなく、あるのは船員達の2段ベットが所狭しと詰め込まれた休憩室、およそ調度品などあるわけもなく床には酒瓶が転がるような船長室、残るは麻袋に入った小麦を満載した船倉しかない。


 この有様と、この数時間前の出来事の両方に業腹な歴史学者を含む、異質な二人は甲板で夜の海を見ながら、海風にあたっていた。


「あの、先生?いい加減に機嫌直してくれませんか?船長は別に悪気があったわけではないんですよ。それにこの待遇は元々諜報員としては普通なんじゃ‥」


 助手であるテレスのその言葉にローレンスは耳を貸すどころか、視線も合わせる事もしない。


 しかしどうしてこの様な事態になったのか。


 それは遡る事数時間前の出来事である。


 無事に船に同行したローレンスとテレスは、まずその船の有り様に驚愕した。


 とにかく老朽化が激しい。有り体に言えば、ボロい。とにかくボロいのだ。


 船体は塗装も剥げ落ち、錆ついているし、船内も清掃が行き届いている環境とは言い難い。あまりの老朽化のために軍の徴用を免れたという伝説を持つらしい。


 そこに追い討ちをかけたのは船長だ。


「なんだか知らねぇが。輸出管理の役人に二人乗っけろって言われてなあ。でも聞くに考古学者らしいじゃねぇか。学者って言えば金持ちのイメージだけんど、あんたらなんでこんなボロい船に、好き好んで乗るんだあ?」


 そう、好き好んで乗ってないのに、そんな事を言われた挙句、ローレンスの地雷を踏んだのだ。


 それはまさに噴火した火山の如く止まる事を知らず、溶岩を垂れ流し、噴石を飛ばす。


 周囲はあっという間に火の海だ。


 鎮火を試みようものなら、あえなく火の餌食となるだろう。


「考古‥学者?君、私を、この私を考古学者って言ったかね?」


 既に火山活動は活発化し、噴煙が立ち登る。


「んや、そう言いましたけんど。何か?」


「何か?何かではなく、その認識は誤りであると言う事を今!ここで!しっかり!その脳の海馬に刻み込む必要性がある!と言いたい。」


 テレスはその怒りの始まりを、まさに超然として見届けた。もはやこうなっては手をつけられないだろう。


 事前に聞いていたローレンスの取扱説明にあった一番の注意事項をここで、早速披露することとなろうとは。


「いや‥オレは別に何も‥」


「だから!君の発言は間違いだって言ってるんだよ!分かるか!考古学者じゃない!歴史学者だ!」


 ほら言わんこっちゃない。先程の語尾が前後の声色に比べて妙に落ち着いてたのは、最終警告だったのだ。故に噴火の予兆は(ふもと)の火山研究所でも予測可能な火山活動の類いだろう。


「いやぁ、そんな事言われても学がねぇんで。違うんですかぁ?」


 無論その発言には罪悪感とか、危機感など有る訳もない船長はむしろどこに沸点があったのかと首を傾げていたが、無理もない。


 常人のそれとはまるで共通項を持たないローレンスの沸点、いや噴火活動の予測などおよそ専門家しか予測しえないものだし、ここでいう専門家とはローレンスのバックグラウンドを知る者。と言える。故に極一部の限られた人間しか予測しえない事態なのだ。


 その事情を知った上で、テレスからは船長に対して、「お悔やみを申し上げる」としか、ほとほと言いようがない。


「はぁー!違うわ!考古学者はなあ!アイツらは墓荒らしの無礼者の、ガメツイ銭ゲバ野郎の、不信仰者の奴を言うんだ!歴史学者とは違う!」


「す、すんません。でも‥」


「でもじゃない!歴史学者は文献を読み解き、真実を辿る学者達だ!一方奴らは墓を荒らして、古代の英霊達を愚弄する悪魔を信仰する不届者だ!

この違いが分かったか!」


 捲し立てるような口調はそのままに、顔に血管が浮き出るほど激昂したローレンスはその鉄拳で船長室の壁を破壊した。


 その姿に恐れ慄いた船長はすっかり気を落としては、船長室に閉じ籠るほどだった。


 その反応を見ては、さすがやり過ぎたと反省したのか、その後は急にプシューと空気でも抜けたかのように大人しくなるローレンス。


 それは傍から見ればもはや不気味な収縮現象と言えよう。


「あの、先生。さすがにあれはやり過ぎですよ。

鉄の壁に穴開ける人初めて見ましたよ。」


「‥」


「その、先生が歴史学者だって事は知って人はちゃんと知ってる訳ですから、そんなに怒らなくてもいいじゃないですか。」


「‥」


「先生、海は綺麗ですよ。幸い波も穏やかでよかったじゃないですか。」


「はぁ‥君に慰められるのはこんなにも屈辱なのか‥」


 ようやく返したその言葉にはだいぶ棘がある。抜いても、抜いても、生えてくるその棘は、バラの様な美しい女性であれば許すことも出来る人もいるかもしれない。


 しかし目の前の人は30歳を過ぎた立派な男なのだ。


 内心テレスがここまで我慢しているのにも関わらずこのローレンスという男は癇癪を起こしては船長、船員を遠ざけ、こうしてこの船の甲板もしくは船底近くの船倉で過ごすと言い出したのだから、たまらない。


 テレスはそれでもこの男のご機嫌を取る事がこれから始まる任務を考えれば、最優先事項にあたる事は、経験上知っていたのだ。


「先生‥思うにですよ、一般の方なら先生の功績だけを見れば、その例の学者(考古学者)と間違う人がいることはごく一般的な庶民の間ではある事ですよ。」


 ローレンスの様子を伺いながら慎重に言葉を選び取って話すのは想像以上に難易度が高い。


 一歩間違えれば、船体の先に身を乗り出して今にも身を投げるような気がしていたのだ。



「はぁ。君も私が墓場荒らしの功績で知遇を得たと言う口かね?」


 ローレンスが言う墓場荒らしの功績とは、


 ローレンスの歴史学者としての調査は文献だけでなく、実地の遺跡や墳墓の調査も並行して行っていた。その最中、古代都市の存在を発見し、一躍時の人となったローレンスは、その功績もあり教授になった。と世間では言われているが、

実のところ、本来の功績としては、その古代都市で使用されていた文字が、解読不能な文字とされていた、「聖刻文字」の解読に繋がる事を発見、実際に解読した事が大きな功績となり教授の座に就いたのだ。


 しかし、それは考古学者でもやっている事で、たまたまそれを歴史学者と名乗るローレンスが成し遂げただけのことなのだ。


 にも関わらずなぜ、その違いを明確に区別したがり、頑なに考古学者ではなく、歴史学者と名乗るのか。


 それには本人にとっては深く深く、深淵に届くほどの思いだが、どう考えても他人から見れば浅い訳がある。




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― 新着の感想 ―
[良い点] ローレンス教授良い味出していますね。 鉄の壁に鉄拳で穴をあけるとか、 怒りの沸点の場所がズレているとか、 なかなかに面白いです。 どんな珍道中になるやらですね!
2021/09/05 20:06 退会済み
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