12-1 街の踊り子
白い国 12-1 街の踊り子
天気は曇天。厚くかかった雲は陽光を阻み、初夏から本格的な夏へと近づいている割には気温は下がり、肌寒い今日このごろ。街はどんよりとした空気に包まれ、心なしか街行く人達の気持ちも落ち込んでいる。そんな気がする。天気というのは何分不思議なもので、お空が晴れていれば、その日は何だか良い日な気がするし、雨でも降ろうものなら、ああ、私の人生も雨続き…人生曇天どころか、土砂降り…ああ、詰んでいるなぁ…なんて憂鬱な気分にもなる。まあ、楽天家に言わせれば、天気なら布団が外に干せてラッキーだし、生憎の天気なら、水溜まりで遊べるし、何より相合傘の出番で、恋が始まる予感がする!なんて言い出すのだろうけど、そこはここまで読んでいてお察しのように、そこまでの楽天家である訳も無く…(そもそも雨が降ったからって相合傘で恋が始まるなんてのは妄想幻想の類であり、現実世界ではそんな事はありえないのである。駅で傘が無くて佇んでいると、突然紳士が話しかけてきて、「お嬢さん、お困りでしたら、ご一緒しませんか?」なんて聞いてくるシナリオなんてうさん臭過ぎて新手の勧誘か?とまずは狐疑する案件である。)
空を見上げると、今にも大粒の雨が降り出しそうな鼠色の雲は、ゆっくりと流れては、空気を澱ませている様だった。そんな空を見ては嘆息を漏らすテレスは、気がかりな事が多い。無論ローレンスの心身のバランス、健康状態についてだ。
どうせなら降るなら降るで、一雨くれば、この鬱屈とした心持ちも洗い流してくれれば、いいのに。なんて希望的かつオプティミスティックな絵図を描かずにはいられなかった。
そんな中、ローレンス達は一度訪れたあの、豪華絢爛の紺碧の建造物、有り体に言えばパレスと形容できるこの王立トリノヴァントゥム美術館へと再び足を運んでいた。
因縁浅からぬこの美術館の館長とローレンスは和解したが、何でも職員の何人かは、あのイン・ウィーノーの犯行を幇助したとの罪で逮捕されたらしい。まあ、当然の事だ。
しかし画家であるから自己の作品が展示された美術館で対面とはよほど自意識過剰というか、ローレンスに負けず劣らずの自己顕示欲の塊なのか?と思いきやそうゆう訳でもない。今日はここに展示されている「街の踊り子」が女王の戴冠式に合わせて移送される日なのだ。その護衛も兼ねての初対面の日なのである。
なんでも新女王たってのご希望で、この絵画を世界中に知ってほしいがため、戴冠式の儀式に際して、横に置く措置をするというのだ。
全く大胆な事を仕出かす女王だと、周囲のみならず、国民も怪訝な反応を見せていたが、反対に女性活動家からは熱烈な歓迎を受けているというのだから、世の中は複雑だ。
そんな複雑な世の中を、肩を切って歩く人間というのは、テレスがこの世で知っているのは、ローレンスをまず頭に思い浮かべるが、次からは彼女の事を想起されるであろう。
意匠の凝ったこの美術館を、絵の具にまみれたツナギ姿で、堂々と現れた時には呆気に取られた。
その凛とした存在感は百合のように肌は白いが、後ろで一つに結んだ艶やかな黒髪とのコントラストがとても印象的で、その意思の強さを際立たせていた。
時刻を見ると、13時過ぎ、予定時刻より1時間程遅れてやってきても臆面もなく歩いて来た彼女は、近くまで来る事はなく、展示場で待っていた我々に腰に手を当ててもう片方の手をこちらに伸ばすと、手首を曲げて、こちらに来い。とアピールというか、指示してくる。どうやらエントランスホームの方へと来て欲しいらしい。
その指示というか、指図にピキ!と、一筋、ローレンスの頭の血管が浮き出るのが、分かった。
眉を顰めるくらいならローレンスは可愛いものだが、また、あの船の上の様な事になれば、大事である。
先日のエヴァンズ女史との対面後は気分も落ちることも多く、仕事も手につかない日々も過ごしていたのが、やっと通常運転へと稼働し始めて、ここにきて、大噴火となれば、テレスの仕事が増えるばかりだ。(焼け木杭に火が付くと言うが、ローレンスの場合には焚き木に轟々と燃える業火でも、消火剤を散布されればあえなく鎮火する。いや、完全鎮火には至っていないが、ほぼ消火作業は終了している。といったところか。)
幸い、今日は黒のジャケットに白シャツにネクタイをしてカチッとした印象の強いジャックという存在もいるものの、何が起こるか分からない活火山の行方にテレスは目が離せない。
次回お楽しみに!
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