1 プロローグ 生まれた世界で
新規連載です!
是非ともお楽しみくださいませ!
白い国 1 プロローグ
物語はいつも白紙のページから始まる。
まっさらな場所から始まりが告げられ、
そこに彩りが添えられていく。
元あった世界が、まるでなかったかのように。
ここが白い国の始まり…
噴水を中心としたこの公園のベンチには、
一人の青年が佇んでいた。
初夏の日差しが辺りを包み、子供達の賑やかな声と、流れ落ちる水の音。風にそよぐ木々の音が沁みてくるように心に流れてくる。
青年が目を閉じて空を見ると、ゆったりと雲が動き太陽を隠していく。そうして先程までの温もりは徐々に消えてゆく。
隣のベンチに座った紳士は一見すると、50代にはなろうかという見かけだが、伸びた背筋や立ち振る舞いからは、もっと若いようにも見えなくもない。
おそらく日頃の健康志向と若作りの賜物だろう。
そんな紳士は紺色のハットを外すと、古式ゆかしい雰囲気をそのままに、鋭く光る切長の目、シルバーの髪が印象的だ。紳士はステッキをクルリと回すと、唐突に隣の男に語りかける。
「君の望みは何かな?」
青年は横に座ったその紳士が誰であるか最初は判別できなかった。もっとも、青年にとっては唐突で、紳士にとっては必然的な質問に、思わず声の主の顔を確かめる。
それに対して紳士は、視線を真っ直ぐに噴き上げる水へと向け、こちらには視線をやる気配はない。
横顔だけしか見えない紳士に、青年はあえてその姿を正視するような事はなかった。こんなことをする人は限られた人、その人物が何者であるかに対してもっともな確からしさを持って推測出来ていたからだ。
「私の望みですか?」
「ああ。君の望みさ。」
「私は、ここにいる人、ここにいない人、全ての笑顔を願う人達が幸せでいることですかね。」
「ほぉ。そんな望みをお持ちか。」
「だったら先生は何を願うんですか?」
青年の「先生」との言葉に、シルクハットを深くし、自らの身元が明かされたことに薄い笑みを浮かべる。
その笑みには自らの偽りの姿を容易に見破らた事に対する恥じらいか、変わらぬ高弟の姿に喜びを見出したのか。この場で明瞭な事実としては、この少しの変化を見出せるのも青年と紳士の間柄だからこそなせるという事だ。
その感情を噛み締めた紳士は、すぐに身じろぎしなくなる。
「私か、私はこの偽りの世界を終わらせ、真の安寧がこの世にもたらされることだよ。」
「相変わらずですね。先生は。」
「そうかね?しかしね、最近はそうでもないさ。あそこにいる鳩がわかるかい?」
ステッキで指す方向に青年が目をやると、そこには鼠色の羽に白い羽が多く交じる鳩がいる。七割は白く、ほんの少し栗色の羽を持っている。そんなヘレティックは地面を突いて回って、周りの鳩との距離感が異なる。
都市にはどこにでもいる鳩だが、確かに色合いは普通とは異なる。普段見る鳩なら首元は紫や緑がかり、白や鼠色、黒が混じる。
近くを通れば翼を広げては飛んでいき、距離を取るのが彼らの定石だ。だのにその鳩は鳩好きのお婆さんが餌付けしている影響なのか、はたまた色合いと同じで集団と同化することを拒んだのか、ベンチに近づいてはこちらを見て首を捻っている。
「アルビノですか?」
「ああ。世界はあの鳩さ。白い世界と灰色が交じっている。しかし、白く美しい部分は突然変異にすぎないのだよ。本来は灰色が占める姿がこの世の、畢竟世界のリアルなんだ。しかしね、私は全てが白く美しい世界を見たくなってしまったんだよ。理想的な世界をね。」
「らしくないですね。先生がそんなことおっしゃるなんて。私は先生は現実主義だとばかり。」
「なぁに。私だって理想ぐらいあるさ、私達の先祖がそうしたようにね。」
「なら、白い鳩でも用意しますよ。この公園内だけなら何とかなりそうですから。」
その言葉に先刻よりははっきりとした笑みを浮かべる紳士はステッキを使って立ち上がる。少し伸びをしたかのようにも見えたが、それは気のせいだろう。紳士を根本規範とする先生に、俗世の人間行動は似つかわしくないと、青年は考えていた。
「それはいい。どうかマジシャン達が使う鳩がいなくならない程度にやりたまえ。」
「ええ。いつかこの世界の不実を、正しい世界へと導いてみせますよ。新たなる白い世界へと。」
鳩の群れが一斉に飛び立つと、その紳士の姿は霧に消えたかのように、見えなくなっていた。
残されたヘレティックは、一羽で公園のこの場を支配したようにも思えた。全てがいなくなったこの世界で残った一羽には太陽の光が降り注いでいた。
そうやってぼんやりその姿を見つめている青年に、東の風が吹き付ける。その場の空気を変えて始まりを告げる風が、青年に思わず空を見上げさせた。
そうして眩しそうに手をかざしては、掴めそうなあの光を心から求める姿が、そこにはあった。
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